1HOUR LOVER

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本文一部抜粋








「洛軍が風俗店?!」
信一は、思わず大声で聞き返してしまった。
陳洛軍といえば、そのような事象に、城塞一縁遠い存在だと思っているというのに。
思わず懐疑的になってしまうのも無理のない話だった。
仲間内の他の誰がそんな商売を始めたからといって、ありえないとまでは思わない。けれど、洛軍だけは別だ。
最も性的なことを金に直結させない男のはずだ。
「繁盛してるらしいぞ」
龍兄貴の言葉に、その場に一緒にいた十二少がくすくす笑っていた。
そういう反応を見れば、おそらくはこれは冗談のような話に違いない。
だけどまったく根拠のない話であれば、洛軍がなにかの店をやってるらしいなんて噂を耳にすることもなかったはずで。
その噂を聞かなければ、ボスの元にこうして事情を聞きにくるなんていう行動も起こしていない。
 全容と真実はまだわからないものの、洛軍がらみで何かがあるのは事実だろう。
「あいつにそんなのできるんですか?」
そもそも、ボスのこの表情といい、十二少のリアクションといい、どこまで本気かわからない話だとはわかってる。
 しかし、どのような形であれ、城塞内で店など始めようというのなら、洛軍に限らず、ボスを通さずしては実現はしないのは事実だ。
「男向けの性的なサービスがあるなら、女向けのそういう店があっても悪くないだろ?」
ボスはそういって理容店の片付けの手を止めない。
「だけど、なんで洛軍なんです?」
「あいつは金を稼ぎたいといっていたからな」
確かに洛軍が金をためているのは知っている。
だからといってそんなコンセプトで店をやらせるなんて。
なんでもよくわかっているボスが、あいつに適正があると本気で思うはずがない。
「それって洛軍が店長なだけで、あいつは商売の管理をしてるだけなんですか?」
「店にはあいつ一人だ」
「そんな!まさかあいつにそういうことできるわけ…」
「そんなに気になるなら、行ってみたらどうだ?」
ボスは簡単に言ってのけて、託した店の場所を教えてくれた。
確かにそこは長らく空きテナントになっている場所で、なにかを製造をするには階層が上層すぎて、資材搬入も、完成品の降ろしも大変なので、不適切で。
なにかを販売しようにも人が通らない場所だった。
それはほかでもない、ボスが城塞の管理事務所にと狙っていた場所だ。
「あそこを譲ったんですか?」
「水回りもあるしな。
風俗営業にはいい場所だろう?」
生々しいことを言って、口角を上げる。
 得体の知れないそわそわ感があって、誰がそんなことをしていようと、どうでもいいと思えるのに。この時ばかりは落ち着かなくて。
結局は、兄貴の『見に行ってこい』という促しに従い、というよりも、いてもたってもいられず、教えてもらったその店舗へと向かうことになった。

あいつ、いつからそんなこと始めてるんだよ。
おれに一言ぐらい言えよな。
本気で体を売ってるとかいうのか?
あいつピュアなとこあるから、大丈夫なのかよ。

心の中ではそういう思いがぐるぐるしながら。
向かう足も気付かぬうちに速足になってしまい、すれ違う顔見知りに、そんなに急いでどこにいくのか、そう問われて初めて自分が急いでしまっていることに気付く。
 洛軍という男は、登場したときからあらゆる意味で問題児だ。
接していくうちに、温厚な性格をしており、心根が優しいこともわかってきたけれど、なにかがぶっとんでいることだけは否めない男でもある。
まっすぐで、正直者な分、露呈する行動がいつも過激になる。
 魚蛋妹の母親が殺されたときにも、報復行為で一番のりだったのはほかでもない洛軍だ。
「あいつ、マジで強いからな」
城塞に登場したときからそうだった。
大立ち回りで、ど派手にやって。
ひどく乱暴なやつなのかと思えば、普段はおちついたもので。
一番怖いやつというのは、こういう男を言うのだろう。
 ボスに教えてもらった、そのテナントにたどり着くと、普段は人の寄り付かない場所だというのに、なんということだろう。そこには女性が長蛇の列をなしていたのだ。
 ピンクのネオン管が輝き、廊下側に面している窓には、どことなく妖艶なライトアップが施されている。
"オーキッドNO.9"という看板まで。
並んでいる女性たちは、長時間待つ覚悟で、暇つぶしのような本だったり、ラジオなんかを持っていて。中には、座り込んで将棋などをさしている女性の姿もあった。
 順番ぬかしをするわけにいかないので、最後尾に並ぶと。
店のドアが開き、一人の女性が中から出てくる。
彼女はなんともすがすがしい表情をしており、次の女性はうきうきした表情で中に入っていくじゃないか。
こうなれば、さっきの話もあながち嘘ではないというのか。
まさか本当に洛軍が中にいて、一人ずつ女性の相手をしているというのか。
 去っていく女性に事情を聞きたかったけれど、あまりに幸せそうな表情なので、本当に洛軍としてきたといわれたら、冷静でいられなさそうに感じて、なにも聞くことはできず。
その感情の正体が何なのかも、まだ把握できないでいた。
 人数確認をするように、洛軍が中から出てきて、視線がこちらに向くので、思わず隠れてしまう。
(なんでおれが隠れなくちゃいけないんだよ)
納得できないまま、店主に気付かれないように。並ぶこと一時間程度。
やっと順番がめぐってくれば、中から、「どうぞ」という洛軍の声が聞こえた。
 この店に踏み込んだところで、一体なんて言葉から始めればいいのだろうか。

『失望したぞ』
『こんなこと商売にするなんて』

そこまで言うのはどことなく干渉しすぎだ。
だからといって

『やるじゃないか、陳洛軍』

というほど、簡単な感情ではない。
 結局、第一声から何を言うのか決められないまま、静かに店内に入ると、部屋の中にはベッドが一台。それが生々しく感じて。
入った瞬間、その場所で足を止めてしまう。
 洛軍に対して、そっち関係の事情に、クリーンだと想像するのは一方的な妄想の域だ。
勝手な押し付けだということぐらい理解している。
 とある麻雀の夜に、みんなで過去の彼女の話や女性経験の話になって。
洛軍は『そういうのに費やす時間がなかった』とか、そんなことを言ってたんだ。
もちろん、体裁もあるだろう。
そもそも、あけすけにそういったことを話さないだろう洛軍の性格もわかっているので、まったくの鵜呑みにしているわけじゃない。
だけどさすがに自分の肉体を、性的な意味で売るなんていうことには、少なくともほど遠い男だと思っていた。
「なんだよ、これ」
結局、絡むような言い方しかできずに、洛軍は驚いた表情でこちらを振り返ったのだ。







「信一!」
「お前さ、まじでこんな商売してるの?」
店に入ってくる信一の姿に動揺ばかりが募っていく。
いつかばれるとは思っていたけれど、こんなにも唐突に乗り込んでくるとは思いもしなかった。
「ここで、毎晩誰かとやってんの?」
ベッドをまじまじと見つめる信一の行動に、これは慎重な弁明が必要だ。
そう感じた洛軍は、店のドアを開き、並んでいる人たちに、今日は閉店だと、そう告げた。
 ブーイングが起こってしまったので、割引券を配布すれば、喜んでうけとって。
次回に使えるその券によって、この場は事なきを得た。
「なんで閉店するんだ?
別におれは見学に来ただけだし」
どことなく怒った信一の言い方に、焦りは募っていく。
軽蔑されただろうか。
淡い恋心は、このような形で幻滅され終了することになるのだろうか。
「まあ、座れよ。
客には帰ってもらったから」
「帰らせる必要ないだろ?」
「いや、お前にはちゃんと説明したいんだ」
そう言って、店内の席を促すと、
「なに?これがお客さまの席ってわけ?
カウンセリングしてからセックス?
金はたまったのかよ」
「ちょっと待て。
そのあたりをちゃんと話そう」
「別に?おれに弁明する必要なんてないだろ」
「弁明というか」
龍兄貴の予言の通りにことが進んでいたので、さらに驚きを隠せないでいた。
 城塞に戻った信一に、まっさきにこの現状を自分で説明したほうがいいような気がして、当人を探し回っていたら、その行動をボスに止められることになった。
『むきになって探さなくても、信一は怒り心頭でお前の店にやってくるさ。
すぐにな』
龍兄貴はそんな風に言う。
どうして信一が怒ると断定できるのか。
もしかしたらあきれるかもしれないし、笑い話にするかもしれないのに。
怒りの一択であると予言めいて告げた龍兄貴の言葉は事実その通りとなった。
 四仔や十二少もあんなに笑いながらやってきたのだから。信一だってその可能性だって充分あったはずだ。
ボスの言葉は的中で、信一は入ってくるなり実際怒っている。
いらついた様子の信一は、ポケットから現金をとりだし、バンとベッドの上において。
「今日は客を帰らせたから。
おれがその分、補填してやる」
「補填?」
「明日からは、毎日居座るからな」
その言葉に、絶句してしまう。
こんな淡い感情を抱いている自分にとっては、願ってもないチャンスだ。
「毎日?ここに来るのか?」
「そうだ。
なんか文句あるのかよ」
ボスの予言はさらに的中していたので、思わず息をのんでしまう。
『信一の気を引きたいなら、全容を話さず耐えて黙ってろ』実はそんな注意があったのだった。
それを無視して、今しがた、自分の言葉ですべて信一に説明しようと思っていたけれど。
結果、まだなにも言えていない状況で、気づけばこの展開だ。
『心配するな。
おれの言う通りにしておけば、あいつはお前の店に毎日やってくるようになるさ』などという龍兄貴の言葉があったのだ。
聞いた瞬間はそんなわけがないと思ったのに。
「金を払うんだ。おれだって立派な客だろ?」
信一は怒った風に言って、だけど毎日来る宣言だけは譲らなかった。
「そうだけど」
「その間は、お前が誰とも、そういうこいとしなくていいんなら」
信一の言葉には、都合よく解釈してしまいそうな要素がふんだんにもりこまれている。
片想いの自分にとっては、甘い要素が満載の言い回しだ。

Afterword

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