ストックホルムシンドローム

45000文字
マーヴェリックがルースターの基地へ遊びにいくお話です。

※注意事項
・軍関係のあれこれは、知識不足です
うっすら目をつぶって読める方のみ先へ進んでください
・本編内に交通事故シーンが出てきます。ご注意ください
・全体的に薄暗い要素含んでいます
以上、なんでも大丈夫な方はどうぞお進みください



 オセアナにも一度来て欲しい。

ルースターが熱烈に言うので、本人は基地での勤務がある中、週末をはさむ数日間の日程でやってくれば、ルースターは想像以上に喜んだし。実際に到着した現地で得るのは、想像以上の収穫ばかりだった。
 まず恋人という関係となったルースターの家に招かれるというのは、史上もっとも甘い気持ちになる滞在だったし。
ルースターが気に入っている場所を紹介されるのも嬉しくて。どんな生活を送っていたのか知るのはとても素晴らしいことだった。
 到着初日は二人で基地に入って。
IDを持参すれば権限としては問題もなく入れ、面識のある人間もちらほらいたので驚かれたりハグされたり。そういうやりとりを見つめるルースターが妙に誇らしげな表情だったことが印象深い初日だった。
 翌日は基地の外にあるルースターの自宅に入り浸ろうと思っていたものの、朝からサイクロンととりとめないメールをしていれば、
〝ルースターの基地での仕事ぶりを見たいとは思わないのか?〟
と挑発的な文章が送られてきて。
確かに昨日は基地に出向いたけれど、飛んでいるところは見ていない。
〝もちろん見たいけど〟
と返せば、惜しげもなく基地に働きかけてくれたようだった。
気前よく基地内を案内してもらえるような手配をしてくれる。
親切なのか、ある意味では他の基地でのシビアさを目にして、何かを学んできてくれというサインなのか。
いずれにしても、
〝存分にオセアナ基地を探索してきてくれ〟
と、今日の予定をきっちり組んでくれたのだった。
 基地に到着して、時間を確認しようとスマートフォンを見ると。
〝ついでにルースターの訓練にも口を出せるようにしておいたぞ〟
と、サイクロンから追加メッセージが来ていたので、本気でだんだんとアイスに似てくるな、なんて笑いそうになる。
実際、この件だけでなく、サイクロンは今は亡き、大将の代理を果たすような動きを見せるのは顕著で。
アイスと同じ行動を取ることで、満たされる何かがあるのかもしれない、なんて勝手に解釈していた。
 基地に到着すれば、案内役がスタンバイをしてくれていて。
「オセアナ基地へようこそ。
ミッチェル大佐。
ご案内致します」
などと明るい声で言う。
あまり仕事の邪魔をしてはいけないことはわかっているので。
「ほどほどで大丈夫だから」
と、ルースターと年も変わらない広報の腕章をしている彼に告げると、何かを察したような表情を見せて。
「では、さっそくブラッドショー大尉の訓練を見られますか?」
なんて言うので、どうやらルースターの姿を早く見たいという意味だと解釈されてしまったようだ。
言葉にそういう意味はなかったものの、たしかにルースターが飛ぶところは早く見たいのは事実だ。
「ではさっそく管制塔に行きましょう」
と、基地内を案内しながら、早々に目的地に向かってくれる。
「今日のフライトの、全貌が見えますよ」
ニコニコしている若き広報官は『どうぞ、こちらへ』とそびえたつ管制塔のほうにずんずんと歩いて連れて行ってくれる。
 基地内を軽く説明しながら、所属ではないベースでは流石に入れない場所にもIDをかざし、すいすいと入っていってくれる。
こうもあっさり通されるのはサイクロンの威力にほかならない。
 単純に基地でのルースターの雄姿を見たいからなんて、あまりにも大人げない感情でやってきているともなると、多少のうしろめたさもあった。
離発着をコントロールするエリアに足を踏み入れば、当然のことながら皆が熱心に勤務中で、特にこのあたりにいる面々は軍人としても堅苦しい雰囲気をまとっていた。
そもそも、この管制塔というものは、挨拶のためかすめ飛んでゆくものだという認識があって、サイクロンに毎度怒られている。
だから見学に、この場所をあえて含めてくれたのかもしれない。
ぎりぎりを飛ばれる気持ちになれと、言いたいのだろうか。
とはいえ、もちろん足を踏み入れることはそれなりにはあるし。
年とともにそれが増えるのも、アヴィエイターという仕事から離れていくようで、少し寂しいものの。
タワーを登り、航空管制室に踏み入れば、やっぱり見晴らしのいい場所で。
広報官の言うとおりに、すべてのコントロールをおこなっているこの場所は、訓練を見学するには最高のポジションだった。
「シンプソン中将から聞いています」
といって、二階層になっているコントロール内の上段に座る、航空管制官が、
「よろしければ、飛行内容の指令をどうぞ」
と、笑顔で告げてくれるので、ルースターにだけ、無茶な指令を出しそうになって、やめておく。
好奇心が勝ちそうになったものの、それだってぎりぎり止めれたに過ぎなかった。
 レーダーと、目視で存分にルースターの機体を確認して。
案外真面目に通信しているルースターの声に、笑みが隠せない。
新人の通信士にも、余裕のフォローをしているし。
なにかとかっこいいので、自慢したくなっても我慢しておさえる。
 まだまだ見ていたい気分でも、訓練が終わってしまったので、管制塔で広報の彼と解散することとになった。
『もっとゆっくり基地内をご案内できればよかったのですが』ともらしていたものの。とんでもなく有意義な時間を過ごせたので、丁寧に礼を告げ、地上に降りて。
アヴィエイターたちが戻ってくる格納庫で、ルースターを迎えようとしていると。
「ブラッドショー!
いい加減にしないと、基地から追い出すぞ!」
誰よりも圧倒的に高い技術を見せていたルースターだけを捕まえて、大声で怒鳴っているのは、見覚えのある男だった。
よくもそう次から次へ、言葉が出るものだというほどに、くどくど、くどくど。
あまりに時代錯誤な言葉遣いと態度で。
アヴィエイター全員が格納庫に戻っても、一人、ルースターだけを捕まえて延々と駐機場で説教を続けている。
 男の顔に見覚えがあるといっても、直接関与したのははるか昔のことだ。
たった2ヶ月間だけ教えたトップガンで、彼はそのわずかの間に、担当した人物で、その後は、任務や演習やらで、複数回、顔をあわせてはいるものの、現場できちんと言葉を交わした記憶はない。
 トップガンに来るということは、精鋭ばかりに違いない。
そういう若かった先入観を打ち砕くような男だったことは記憶していた。
成績は下位グループだったのでよく覚えていたし、もっとほかに候補者がいたはずだと、当時は本気でそう思ったものだった。
 訓練後に、呼び出されて罵倒するような言葉で攻撃されているのは、アヴィエイターの中でルースターだけだという状況に、どうしても納得ができなかった。
管制塔から全機のフライトを見ていても、頭一つ出ている実力はルースターだけだというのに。
 指導する立場にあるのだろう彼は、終始ルースターに執着していて、他の面々に対してはまったく興味を示してはおらず、ただ嫌がらせのように怒鳴り散らすばかりだった。
 こんな理不尽なことにも平然としているルースターが、どうしてこうも耐えれるのか。
どうしてそうなったのかの理由が自分にありそうで。
自分のことは棚上げして、あともう少しで、その男との間に割って入りそうになった時、ようやく上官との会話を終え。
こちらに歩いてくるルースターの表情が、目があったとたんに明るくなる。
さっきまでは相当な苛立ちをにじませていたのに、もう全部ふっきれたように駆け寄ってくるので、可愛いとしか表現できなかった。
「マーヴ、どうしてここに?」
「飛んでる所を見たくて」
そう告げると、ルースターの表情が一段と明るくなり。
どうして、恋人という立場になったこの年下は、いつもこんなに愛しいのか、よくわからないぐらいだった。
 ただ、可愛ければこそなおさら、あまりに理不尽な上官からの扱いにはどうしても納得できなさが募ってしまう。
基地内での事について、あれこれ関与する気など、もちろんない。
干渉をしてはいけないということも、重々わかっている。
あの上官とのやりとりにしても、二人の関係性も知らないし。
あの男なりの方針があるのかもしれないが、あんまりに見過ごせない態度だったし。
なにより、言葉遣いがあまりにひどい。
 今日飛んでいたチームの中でも、突出して技術面ですぐれているルースターだけを捕まえてあの態度というのは、彼の私情にほかならないようにしか思えない。
 それでも彼が有能な男だというのなら、その限りではない。
そういう風に煽ることで伸ばそうとしているのかもしれないと、推測する余地はあるが、それだけはあり得なかった。
当時も、年齢は上だというのに大人げもない振る舞いで、しつこく講義の内容について詰め寄ってきて、あの頃から性格はなにも変わってないのだろう。
 あまりに自分本位な振る舞いだったので、遅かれ早かれ海軍を去るのではないかと思っていたのに。
今こうして、オセアナ基地においてアヴィエイターたちを指導をする立場にあることが、どうしても納得できない。

(まあ僕だって、どこかで言われてるかな)

現状では、困難な任務とあれば、まっさきに名前があがるような海軍屈指のアヴィエイターであるルースターに、このように高圧的な態度で迫れるようなポジションが彼に用意されていることが不思議でならなかった。
「今日も、いろんなところで、捕まらなかった?」
「え?」
「マーヴは有名人だからさ。
昨日も一緒に来たらすごかったよね」
そう言って笑ったルースターは、ここにやってくるまでの経緯をまるで見透かしているようでもあった。
実際、広報官に連れられて管制塔に向かう途中。
たまたますれ違ったのは、ボスニアで一緒に過ごした、今となってはもう偉くなっている仲間で。
『マーヴェリック!』と声をかけられたのがきっかけで。
最初は二人で話していたのに、気付いたら周囲を囲まれもしたけれど。
広報官が訓練が始まりますと促してくれたので、先に行けたという経緯もあった。
「例のミッションで、なおさら知名度があがったしね」
「別に有名になりたいわけじゃない」
「そうなの?」
「それに元来、僕のような人間は、海軍に歓迎されるようなアヴィエイターじゃない。
こんな様子を見たら、ケイン少将は苦々しい顔をするだろうな」
「中将は最近そうでもないね」
「そうだね、サイクロンとはわりと仲良くなった」
「だからって誑かさないようにね」
「どういう意味?」
「そのままだよ」
そんな会話をしていると、ふとどこから視線を感じて。
その元をたどると、さきほどのルースターを指導していた上官からだった。
妙に感情的な表情でこちらのやりとりを見つめている。
 やっぱり彼に一言、言っておかないといけない気がしてきてしまう。
もし変に逆恨みされていて、その思いが今はルースターに変な執着という形となって向いているなら問題だ。
「マーヴ、行こう」
ルースターがそう促すのは、彼の視線に気付いているのか。
文句を言いにいかないと気が済まないと、頭にきていることもわかってるのか。
 ルースター自身は、上官の行動をまるで視界にいれない態度だった。
まるで、そこにいることさえ認識していないような振る舞いで、意図してそうしているのか、自然にそうなのかわからないものの。
ルースターにはルースターの世界があるという結論だけは揺らがない。
ここで制止を振り切って、無理矢理、彼に歩み寄って『いい加減にしろ』と、切り出すのは間違いだ。
そう自分に言い聞かせてやりすごす。
 諦めようと、最後に彼のほうを一瞥すると。
ひどく挑発的な態度と目線で。
『言いたいことがあるなら言えよ、マーヴェリック』
そんな表情だった。
同時に、この先もまだまだルースターのことを追い詰めるつもりだという、強い意思が伝わってくる。
本当に30年も前の評価を今でも逆恨みしてるというのだろうか。
そのしわ寄せが、かわいいルースターに向かっていたらどうしたらいいのだろうか。
やっぱり、時間をとって、彼と二人だけで話をするべきか。
そう思案している時に、
「ブラッドショー大尉!」
大きな声でルースターを呼び止めて走って来る一人の青年の姿があり、すっかりそちらに視線を奪われてしまう。
 青年の手にはたくさんの資料が抱えられており、視線はルースターしか見えていないようだった。
ばたばたと慌てて走ってきたかと思うと、あのあの、と話したいことが山ほどあるのか、ルースターを見上げて必死になっている。
 あれこれ話しはじめて、しばらく一方的に報告しまくったあと、ルースターが一人でなかったことに気づくとはっとしたように。
慌ててこちらに向き直る。
すでに何らかの情報が入っているのか、顔を見るなりびっくりしたような表情を浮かべて、敬礼をしようとして手にかかえていた資料を落としそうになる。
せわしない若者の手から、資料がこぼれないにように、寸前でルースターが受けとめる。
 見た目の年齢にすれば、ボブと近いぐらいだろうか。
それでもよほどボブのほうが落ち着いて、大人びていると思わせるような、落ち着きのなさで。
まだ幼さも残しているものの、ネイビーのカレッジリングが兵学校卒を主張している。
階級章を見れば少尉だとわかる彼は、いつもこんな調子なのだろうか。
資料を散らかしそうになっても、ルースターが微塵も驚く様子もなかったので、そう思ってしまう。
「すいません、大尉」
とにかく慌てている若い彼に、笑顔を見せるルースターの表情は、初めて見る類のもので。
ちゃんとこうしていい上官をしているのかと、不思議な感覚にもなった。
「紹介します、大佐」
ルースターは、態度も言葉も軍人のそれで、若い少尉を紹介してくれる。
思えば昨日も一緒に基地を歩いて、たくさんのルースターの仲間に会ったものの、こんなにきちんと紹介されるのは初めてのことだった。
 見ればすぐにわかるのは、少尉がまっすぐに向けるルースターへの思いだった。
敬意なのか、親愛なのか、友情なのか。
それとも別の。
どういった種別かはさておいても、大きな感情を向けているのは見てすぐにわかる。
 対するルースターにしても、彼だけはどうやら特別なようだ。
懐かれれば、可愛く思うのは当然のことでも、誰に対してでもある程度の距離感があるルースターにしては、こうも懐深くにいれるように可愛がっているのは珍しいことで。
大事な後輩なのだろう少尉に、笑顔をみせれば、逆に緊張しきってしまう。
 笑顔に対する手段がわからずに、『どうしたらいいですか?』という風に、ルースターに助けを求めるように見上げる少尉のリアクションは、可愛らしいといえば確かにそうだった。
 ルースターは、落ちそうになって受け止めた資料を少尉に返して。
「マーヴェリックがきらきらしてるのは、これで普通なんだ」
「ですが、大尉、まぶしすぎます」
「怖い人じゃないから、安心して」
なんて、よくわからない説明をしている。
そのあともわいわいと。
『大尉はこんなきらきら、平気なんですか?』と騒いでて。
宥めるようなやりとりは、よく懐く年下と、かわいがる年上と言った風なので、もしルースターに弟がいるならこんな風だったのだろうか。
それとも、弟ではなく…。
 とにかく、こんな世話の焼き方もするのかと初めて知って。
だんだんとおかしな感情が頭をもたげてくる。
 そんなさなか、別の上官から少尉の名前が呼ばれると、
『はい!すぐ行きます!サー!』と返し。
こちらにはあわてて敬礼をして、ばたばたと去っていく。
嵐のようだった背中を見送ると。
「ねえ、マーヴ。
なんか食いにいかない?」
ルースターはなにごともなかったかのようにそう言ってこちらに向き直った。
「あれ?マーヴ、どうしたの?」
「え?」
「なんか……、その、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
滞在二日目にして、楽しいばかりじゃない感情が停滞してきてしまうなんて、想像もしていないことだった。
 ルースターと関係が始まるときは

〝グースの息子だから〟

とか。

〝願書の問題が〟

とか。
それだけではない。
あまりに大きすぎる年齢差や、軍内での立場とか。
議題が山ほどあったので、それ以外のことに気を回せていなかった。
思えばルースターに会っていない長い時間。
小さかったブラッドリーは大学を出て、アナポリスにも行き、トレーニングもこなし、立派なアヴィエイターになり、トップガンに名を連ね。この大きな基地の中から、特別なミッションに選出されるような男に成長した。
年数の分、数々の人間関係を築いてきたのだろう。
今になって、初めてそれらを認識しているだけで。
深い関係を続けるのなら、知らない人物が次々と出てくるのも当たり前だ。
知らない過去も山ほど。
むしろ知っている過去がほとんどないといっていい。
なので、こういうことにはもっと慣れなくちゃいけないとわかっていた。
「なんかやだった?」
こんな時ばかりは、なんでも気がつくルースターの性格を恨めしく思った。
「嫌じゃないよ」
「中佐は別に悪い人じゃないんだ。
ちゃんとよくしてくれてるよ」
ここで上官のことを引き合いに出してくるので、察しがいいのか、鈍感なのか。
ただ最後の一つの選択肢として、わざと少尉の話しを避けている可能性も否定できない。
 いずれにしても、あの男の階級が中佐ということだけ、はっきりとして。
彼の態度について、よく思っていなかったことは、黙っていてもちゃんと理解しているようだった。
さっきは、何事もなかったかのように平然として見せていたものの。
実際のところ、ちゃんと気にしてくれていたのかもしれない。
「そう?
あんまりにひどい言い方だったから。
ちょっと口出ししそうになった」
「やっぱり」
「だって、言い方もあるだろう?」
「普段からああいう人なんだ。
口は悪いけど、そこまで悪人じゃない」
「訓練では他の圧倒的な差をつけて、君が一番だったよ」
「見てたの?」
「管制塔で」
「先言ってくれよ。そんなところにいるなら」
ルースターのうあああ、というリアクションに思わず笑ってしまう。
マーヴが見てるって知ってるなら、もっとかっこつけて飛んだのに、と悶えている。
不安だった気持ちもだんだんましになって。
あの中佐に、ルースターが怒鳴られて、もやもやした気持ちになっていたけれど、それさえも少し晴れていくようだった。
「大丈夫。
中佐とのことは、自分でどうにかできるから。
だから……マーヴは絶対、あの人に話しかけないで」
「絶対?」
「絶対に」
強い言い方で主張して、まっすぐ目を見つめてくる。
ルースターは真剣に話しているのに、パイロットスーツ姿のルースターはやっぱりかっこよくて好きだな、なんて関係ないことを、ちらりと思ってしまったなんて言ったら怒られそうだ。
「ルースターが嫌なら、言わないよ」
そう返せばやっと納得したように、再び歩き出す。
並んで歩いていくと、ここでも声をかけてくれようとする面々がいて、先のミッションのことを聞かせて欲しいと、ルースターの知人なのだろう若いアヴィエイターがついてくる。
ルースターが、
『はいはい、また今度ね。マーヴェリックは忙しいから』
なんて言葉で遠ざけて。
ロッカールームまで辿りつくと、『みんなから見えないところに隠れてて』と。人気のなさそうな場所を探している。
「着替えたら、すぐに戻るから」
「ゆっくりしてきたらいいだろう?」
「だめだめ、すぐに基地から離脱するし」
そう言ったルースターは、まるで一秒を惜しむようだった。
休暇はまだあるし、それにルースターの家に滞在しているのだから、夜になれば時間なんていくらでもあるのに。
まるで今日を逃せば、もう長く会えないような勢いだ。
「それに、マーヴも疲れただろ?」
いたわるように言って、手を伸ばしかけて、まだ基地だったと、あわてて下ろす。
「僕はなにもしてないし」
「だけど…、なんか」
「なに?」
「そういう笑顔の時は、なんかいろいろ気持ちを隠してる時だから」
基地じゃなければ、とっくに頬にでも触れてくれているだろう。
触れないからといって、その表情は、こんな所で見せても大丈夫なのだろうか。
それぐらい、甘やかすように恋人を見つめるルースターに。
早く基地を離脱したがる気持ちが少しわかってくる。
あんまり長居したら、ばれないものもばれてしまいそうだ。
 なんでも見透かすようになったルースターは、関係を始めて以降、あらゆる意味で成長しているから怖かった。
これ以上なんでも見透かされるわけにいかない。
全部理解されてしまっては、困ることもたくさんある。
例えば、どんな風にルースターを好きで、どんなに執着してるのか。
時にひどい人間にさえなれそうな程なのだから。
そんな気持ちを全部暴かれてしまうわけには、絶対にいかないのだから。




「ねえ、どうして全部脱がしちゃ駄目なの?マーヴ」
ルースターからの問いかけに的確な答えを返せなかった。
「必要な部分だけで…、いいだろう?」
「別に、カメラとか隠してないけど?」
ルースターの発想に、思わず笑ってしまう。
ルースターがベッドの上で、覆いかぶさるようにしているし、いわゆる前戯の最中だから笑っては駄目だとわかってるのに。
そうしないように注意しているのに、今のはルースターが悪い。
「そんな発想……あるのか?」
甘い声が漏れそうな間に、そう問いかける。
抑えても、どうしても声色は欲望をはらむトーンになって。
それも当たり前のことだった。
必要な場所だけ、肌を晒した状態で、ルースターからの提供される準備はまさに進行形なのだから。
「ないわけないだろ?
マーヴの可愛い姿は、全部撮影したい。
でも、約束するよ。
撮るときはちゃんと言う」
なんでも許可をとるルースターらしい宣言だった。
 笑ってしまって空気を壊してしまうかも、なんていう心配にはまったくおよばなかった。
続きが待ちきれない様子のルースターの熱は着衣の上からでもわかるほどに主張したままだし、準備の一環として、性器を握りこんで動かしてくる手の動きは、依然として止まっていない。
自分の体もまるでルースターの準備に応じるように。
この後にどうなるか、よくわかっているように内側から疼き始めていて。
すっかりルースターの形を覚えたそこが、早く欲しいと主張していた。
 太もものあたりまで、おろしただけの着衣のままで。
ルースターは脱がせてほしくないという、意味不明の要望も、素直に受け入れて準備を続けている。
Tシャツも、前を胸元のあたりまでめくりあげている状態で、それ以上、剥ぎ取ろうとはしない。
こちらが脱ぎたくないと望めば『嫌だ全部脱がす』と、強引に押し切ることはない。
 ルースターの本当の願望は知っていた。
互いに裸になって、肌を可能な限り密着させて進めたい。
それでも接地面積が足りないような表情をするのだから。
だから少しさみしそうでもあっても、相手の意思を尊重することが、最優先のようだし、
それにつけこむのもかわいそうでも。
今日ばかりは、変なコンプレックスに似た気持ちもあって。
「じゃあ、おれも脱がない?」
「ルースターはいいよ」
「なんで?」
「僕が見たいから」
熱心に快楽を導くルースターの胸板に、服の上から触れてそう告げる。
この瞬間に、わきおこる小さな罪悪感はいつまでも払拭できないでいた。
鍛えられている若い体に触れていくと、毎回、悪いことをしている気持ちになるのは、いつかなくなる日がくるのだろうか。
右手で性器への摩擦を続けながら、左手で器用に脱いでいくルースターの手伝いをする前に、はだけた着衣から見える肌に、唇を近づけて。
鎖骨のあたりに甘く噛みつくと、ルースターは脱ぐ手を中断して髪を撫でてくる。
「マーヴはおれの体好き?」
「好きだよ」
好きすぎて、やばいんだ。
続きは言葉にはできないまま、背中に腕を回すと、肌が密着して。
狭くなった二人の体の間でも、ルースターはちゃんと快楽を煽るべく手を動かしている。
「多分、おれのほうがずっとマーヴの体、好きだよ」
「どうして張り合ってくるんだ?」
「張り合ってるんじゃない。
明らかなことだから」
「そんなのわからないじゃないか」
「どういう風に好きか、マーヴは気付いてないし」
そう言って、人を甘く見るような言い方で。
ローションの袋を手にとって、ちゃんと次の準備に移行する前に、そこに触れていいか聞いてくる。
ちょっとした探究心があって、いつも通りの当たり前のやりとりに波風を立てるように、今日は初めて首を横に振ると、
「え?」
と、ルースターが困惑した表情を浮かべた。
こんな質問は、本来は予定調和のようなもので、ルースターが『いい?』と聞いて、こちらが『いいよ』と答える。
当然のシナリオを乱すと、ルースターは少し困ってしまったように。
「したくない?」
心配げにそう聞いてくる。
「違うよ」
「気分のらないってこと?」
「のらないわけない」
「じゃあ、何で?」
「否定したら、どうするのかなって」
駄目と言えばしないのか、全部を確認して承認しなくちゃ進めないつもりなのか。
今日はどこか反抗に近いもので困らせてしまう。
ルースターは脱力したあとに、
「マーヴ、お願い。触らせて」
そう言ってキスをして、なるほどこういう態度に出るのか、と。
ルースターの講じる手段への興味は更に募るばかりだった。
「一つ教えてくれないか?」
「一つでも、二つでも」
「もし本当に嫌だって言ったら、やめるのか?」
「厳しい質問だね」
「答えは?」
「もう、おれのも、こんなになってるのに?」
視線を下に落として、着衣の上からでもよくわかる性欲を披露して。
安直な答えは返さずに交渉するルースターが、愛しくもあったし、簡単な相手ではないと示される。
嫌がることはしないだろうが、嫌がらない状況に持っていく手腕もまたすぐれていることが、今日はまた新たに一つ判明する。
「かなわないな、ルースター」
「こんなぐらいでテスト終わり?」
そんな愛しい顔で懇願させれたら、誰だって。
ルースターはローションの袋を、一旦枕元に置いて。
「本気で言うなら、やめるよ。
マーヴが嫌なことは絶対しない」
「知ってる」
「でも、今日は本気じゃないから、どこまでも食らいついて懇願するけど」
「本気じゃないってわかるのか?」
「見極めるのはけっこう難しいけどね。
だってさ、マーヴは、したくない日でも『したい』とか言って誘ってくるし」
「言わないよ」
「言った」
「言ってない」
二度そう主張すれば、ルースターは笑って。
「じゃあ、それでいいよ」
最後まで押し切らないルースターとはいつも言い争いにならない。
むしろ、〝むきになるところも可愛い〟とでも言いたげに軽いキスをしてくるから、どっちが年上なのかわからなくなる。
「相手に合わせるのは、よっぽど君のほうじゃないか。ルースター」
ずっとずっと年下なのに、そうやっていつも年上を甘やかして。
強めに言えば、そうだね、といつも受け入れてしまう。
「だって、そういうのはおれがちゃんと気づけばいいだけだし」
「……」
「でも、今日はちゃんとしてくれるつもりあるって知ってるから、許してもらえるまで粘るよ」
「じゃあもし、僕がだめだっていったら。
強引に…、する気はないってこと?」
「そういうの、して欲しい?」
「そういうルースターも、見てみたい気も」
「ほんと、年下にも容赦ないね。マーヴ」
「え?」
「人がどんな気持ちでセーブしてるか知ってる?」
「セーブ………?」
「まあ、そういうところが、マーヴらしいけど」
「なんか納得できない」
ルースターが枕元に置いたローションのパッケージをとりあげて。
再び本人の手に返すようにルースターに持たせる。
「君の気分が、本格的にそれる前に始めよう」
ルースターの盛り上がりに懸念してそう提案すると、
「ほら、やっぱりなにもわかってない」
呆れたようにそう返してくる。
覆いかぶさる中で、下腹部の熱を近づけるルースターのそれは、気分がそれるどころか、むしろもっと、という雰囲気だった。
「若いから、とか、マーヴはそう思ってるんだろうけど。
そんな簡単な理屈じゃないから。
マーヴがこういうの手渡してくる姿にも興奮してるし…」
躊躇なくパッケージを開けて、左の手の平に中の液体を取って、右手の指のうち、人差し指と中指に、絡めるように透明の液体を馴染ませて。
「もう何回もしてるのに、まだマーヴが緊張してるっていうのも。
いつもは黙ってるけど、なんかすごく。
えろいことしてる気分になる」
「緊張なんかしてない。
もう慣れたし」
「目を見ればわかるよ。
このあとどうなるか、少し不安がってる」
ルースターはなんでもわかってるように言った。
あまりに言い当ててくる言葉に、いつもなら不安がってないと、強がって主張するものの。
どうせそんな風に強くいえば、ルースターが『そうだね』と、『それでいいよ』と返すのはいつものことなので。
もう隠さずに不安なまま見上げると。
「大丈夫、いつも怖いことなんてしないだろう?」
素直に怖がればこういう言葉が出るのかと、また学びがあった。
「ただ、ちょっと、ちゃんとできるか」
「いつも、ちゃんとできてるじゃん」
ルースターはそう評するものの、たまに快楽が強すぎて、なにもかもよくわからなくなって。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、あるまじき言葉を口走っているような気もする。
「ねえ、この、奥のほう、触っていい?」
こくりとうなずくと。
「ほんとに?」
念を押すようにそう聞いてくる。
「もう一回、そのやりとり始める?」
「何回でも」
「わかった。触っていい」
「いいの?」
「うん」
「触るよ?」
「何回も言われるほうが」
と言ったときに、ルースターの口角があがるので、本人なりになにかを楽しんでるようなので、仕返しのようにキスをすると。
『ほんとにマーヴはかわいいな』なんて。
唇の近くでルースターが小さくつぶやいた。
 目を閉じて、ルースターの『触る』宣言の実行を待つ。
その数秒間には、結局ルースターが推測したとおりに緊張してしまう。
始まってしまえば、いろいろわからなくなって、考えるだけの余地もなくなるのに。
このときばかりは、まだ冷静な思考が残っているから。
 ゆっくりと伸ばされた手が、そこに触れると、あまり過剰な反応はしたくないのに、体が動いてしまって、キスをしながら触れてくるのは、羞恥にさいなまれすぎないようにする、ルースターの手段だとは知っていた。
時に、集中できなくなるぐらいに、恥ずかしくなってきて。
甘い声が出ることにも、体が情けないぐらいに反応してしまうことにも。
なにもかもに耐えられなくなって、一度中断したこともあったぐらいだった。
『恥ずかしいからやめたい』なんて、ルースターに対しては地獄めいたことを言って、結局はインターバルをおいて、最後までしたものの。
思い返せば我ながら残酷な男だとも思う。
「こうしてるだけで、おれやばいから」
それ以来、こうして先に自分のほうがこうなってるとか、もっと興奮してるとか。口頭で伝えてくる。
「ルースター……」
「早く、ここに、入れたい」
ゆっくりと指を抜き差ししながら、耳元で囁く。
ルースターは関係が始まったときから、必要に応じて人物像を演じ分けるところがあった。
場面ごとに最適な態度を熱心に模索していて。
もちろん年の離れた相手と、深い仲になるのだ。
30半ばのルースターに、まだ解明できない部分もあるのかもしれないが、ときには、余裕がある、大人の雰囲気でいかないといけない場面だと努めて振る舞うし。
きっと今は、未熟な年下を望んでいると、判断しているのだろう。
かなりの手腕で、甘えてくれたりもする。
「もっと、好きなように、していいのに」
あまりに慎重に、丁寧に。
何一つ情報を見逃さないように、適切な応じ方を返すルースターに思わずそういってしまう。
しっかりと快楽を拾いながら、学習もしながら。
「マーヴ?」
「もっと、わがままでいいよ、ルースター」
半ば懇願するような言葉だった。
「だから、そうしたら……」
まずいんだって。
小さく耳元で、泣き言のように言った声こそ、等身大のルースターがわずかに見れる瞬間だった。
「なんかおれだけが裸って変じゃない?」
「変じゃない」
「まあ、いいけど。」
そういって、硬さを保ったままの性器を、もう入れろと言いたくなるほど準備された入り口にあてがうと、入れるね、という確認には、もう頷くことしかできなかった。
「マーヴ、やばい、きもちいい」
押し込んでいく中で、まだ入れてる最中なのに、そんな感想があって。
圧迫感を伴って、中に入ってくる感触に、瞳を閉じる。
「痛くない?」
もしも余裕があるのなら、この質問も確認したかった。
もし痛かったらやめるのか。
それともさっきみたいに交渉するのか。
 ルースターが性的な事情のために、一生懸命交渉する姿は、愛しくてたまらない光景なので、今度改めて試したいと思ってるなんて。
ばれてしまっては怒られそうだ。
 入念に準備されてるだけに、痛みと違う感触しかなくて。
痛くないよ、と答えたいのに。
代わりに甘い声で、『僕も気持ちいい』なんて、質問の答えになってるのかわからない。
「マーヴの中、ぴったりすぎて、」
やばい、とルースターが弱音のようにこぼす。
数日間、あいてしまったことで、どんなに求めてたかが、全部ばれてしまうので。
うけとめるほうは、全部さらさないといけないから、ずるいような気がしてならなかった。
 唯一の救いといえば、中に入ったルースターのものも、びくりと動いて、挿入してからも一段と大きさを増していることに、もしかしたら同じように興奮してくれているのかもしれないと、少しの安心があることだった。
こちらばかりが快楽に追いやられるばかりじゃないのだと。
どうにか思えることができた。
 ゆっくりと中に入ってきたルースターの熱は、そう乱暴に動かしたりはしない。
ゆっくりとした動かし方や、時には中で動かないままなんて、ちょっと理解ができなかったのに。
ルースターとこういう関係を始めてから、初めて知ったことも多かった。
この質量を抱え込んだ内部は、ゆっくりでも止まっていても、どんどん快楽においやられていって。
手をとって、指にキスならまだわかるのに、分厚い舌で指を撫でて、濡れた感触で指の間を舐められる。
性感帯を舌で刺激するならわかっても、全部を食べ尽くすんじゃないかと思うほど、順に辿っていって、あまりにもゆっくりした挿入をくりかえしながら、肌を舐めあげていって。
「ちょっと、ルースター…、まっ……て」
捕まえるように、さきほど味わった指も全部包み込むようにして大きな手で捕まえてくる。
唇は腕を辿って、首のあたりにたどり着くと。
キスではなく、味わうように首のあたりを舐め取られて、その感触に腰が揺れてしまう。
舌が肌に這う感覚に強烈に快楽が煽られるので、なにか新しいものに目覚めさせられてしまうかのようだった。
 どうしてこんなにも動かさずに、硬さを保てるのかそれも不思議だった。
もう長くそうしてるような気がするのに、中の熱は一向に質量を変えない。
「ルースター」
あまりに静かな室内で、自分の呼吸の荒さと、聞かせたくないほど甘ったるい声と。
なにより接合部の、ぐちぐち、という、水分を含む音が耳に毒で。
きゅうと締め付けるように迎え入れてしまう体が、ルースターの舌での愛撫によって余計にそうなってしまう。
欲しがるように吸い付いてしまう内部は、少しだけでも動けば、その刺激でまるで達してしまっているかのような感覚があって。
動かすごとに強まるそれに、思考が溶かされていくようだった。
「マーヴ、中、すごいね」
「ん、ああ!あ!ル…ス…ター、それ、もう」
「こんな音してるけど、ねえ、なんかいけっていわれてるみたいに感じちゃうんだけど」
「そんなこと」
「だって、こんなにきゅうきゅう締め付けて。
どうして?
中に欲しい?」
「やだ」
「ゴム、外す?
マーヴの体、中に欲しがってるみたいな感触する」
首を横に振っても、体は正直で、確かにルースターの表現するように、まるで懇願するかのような感触だった。
「すごい、こんなに入るようになったんだね」
ゆっくりと、奥にまで入れていた性器を引き抜いて、もう外れるというところまで引き抜く。
やめてしまうのかと不安で見上げると。
一番長さを感じるように、ぎりぎりまで引き抜いてから最奥にまで突き刺して。
全部の感触を味わうような、緩慢な動きで、一番奥から手前まで引き抜く動作を繰り返す。
ゆっくりとしていたスピードが、少し早くなって。
刺激が強すぎて目を閉じると、やり方を変えて、ある程度の場所で体を揺さぶるように動く。
一番快楽が煽られる場所をよく知っているように。
だんだんとおかしくなる接合部が怖いから、一度止まってほしくて胸板に手の平を押し当てても、抵抗にもなっていなかった。
器用に続けるルースターが、快楽に溺れる表情だったのでちょっとだけほっとして、精神的にも満たされてしまう。
それから、ルースターの言葉の種類が極端に減っていって。
気持ちいいと、愛してる、と2種ぐらいしかなくなってしまう。
普段は優秀な男の語彙力がなくなる様が愛しかった。
「マーヴも気持ちいい?」
声を出せば、それは甘いものにしかならないので、うなずくしかできないのに。
「言って、マーヴ。
どんな風に気持ちいい?」
普段は甘えないのに、こういう時だけ、言って言って、お願い、聞きたい。なんて。
ずるすぎる。
「ルースターの、太くて、大きくて」
「うん、もう抜けないぐらい、ずっぽり入ってるよね、マーヴのこんな狭いとこに」
「中が、ぐちゃぐちゃになってて、とけそうで……」
「待って、やばい。
ちょっとストップ」
そういって動きを止めて、まだいかないように耐えてる仕草が愛しいものだった。
明確な絶頂がわからないぐらいに、中でずっと達しているような感触があった。
ちゃんと、『もういきそう』とか宣言したいし、射精でもすれば明確でも。
そうじゃなくて、体の内側が麻痺してくる快楽に苛まれている。
『もう、いってるから』ぐらいしか言えないのがさみしくても実際そうで。
動かすたびに、達している内部をもっとこすられるようで、締め付けがきつくなってしまう。
「マーヴ、ちょっとゆるめて。
もう、いきそう」
そう宣言されると、体に力が入ってしまうのは、ちょっと前からのことだった。
『いきそう』といって、射精するまでのルースターの動きは、やはりそのときばかりは、激しく打ち付けるように。
思考がとんでしまうような快楽に、溺れることになるとわかっているから、反射的にこわばってしまう。
「ひどくしないから」
「ひどい…とは、おもって…、ん、っない」
「うん」
少し動く速度が早くなって、つながる部分から立つ水音が、かき混ぜるかのようにぐちゃぐちゃと大きくなる。
だけど、本気を出して突いていないのは、怖がると知っているからそうしてるのだろう。
「もっと、していいよ、大丈夫」
本当は大丈夫じゃなくても、結局また今日も挑発的に言ってしまう。
だけど学習してるルースターは、大丈夫、充分気持ちいいからと。
強さの代わりに、キスを要求して。
深く重ねたまま果てるルースターの、内部で痙攣する性器の感触を味わうと。
体の全部を占有されているみたいで、とにかく嬉しかった。
快楽よりも強い精神的な満足感に、ただ愛しい背中に腕を回すことしかできなかった。







 事後の時間は、静かな声で何かを話すこともあれば、体力が尽きて、ほとんど意識を失うように眠ってしまうこともある。
今日は、少しだけルースターと会話を交わしたあとには、眠気にひきずられて。
瞳を閉じたら、『おやすみ、マーヴェリック』と。
甘い声が聞こえた。
額にキスをうけて、安心感なんて得てる場合じゃないと思った。
本当はルースターを寝かしつけてやりたいのに、いつもそうはいかなかった。
 限られた日数だから、せめてもう少し、ルースターの声を聞いていたくても、髪を撫でる手の心地よさに泥のような眠りに落ちてしまう。
そこから少し時間が経過して。
おそらくはそれなりに眠ったのに、目をあけたらまだルースターは眠っていなくて。
まるで目に焼き付けるように、寝顔を見つめている瞬間に、ルースターの執着度合いを知る。
一緒にいられる時間がまるでもうわずかのように。
もう永遠に会えないのだろうか。
ルースターの不安が乗り移るようだった。
「ごめん、マーヴ。
起こした?」
目を開ければ第一声から反省の言葉があった。
「寝ないのか?」
そう問いかけると、寝る、と目を閉じる。
どうせのことまたしばらくしたら目を開けて、興味深そうに髪を撫でるに違いない。
もう何回もこうしているのに。
どうして飽きもしないのか不思議だった。
「僕がいる滞在している間は一睡もしないつもりか?」
「それ、ちょっと怖いよね。寝るよ」
ルースターは自分に言い聞かせるようでもあった。
「少し話す?」
と聞くと。
「いい」
と言って。
だけど、ぽつぽつと、ルースターの腕の中に包まれながら、オセアナ基地のことなどを話しはじめると。
もっと聞きたそうなルースターの相槌が、単純に可愛かった。
今日の訓練の感想を、上官の件には触れずに話すと。
とても楽しそうに聞いていた。
「ルースターの基地での雰囲気が見れて、なんか嬉しかったな」
ふと思い出した、あの少尉のことも。
ちゃんと大人として、言葉にできるかわからないまま。
だけど、かわいい後輩だな、と口にしようとしたときに。
「あいつ、明日、結婚するんですよ」
ルースターからのいきなりの報告に、びっくりしてしまう。
「え?」
「今日、紹介した少尉のことです」
会ったときに言ってくれれば、お祝いも伝えたのに。
「基地での宣誓のみの、簡素なものですけどね。
海外赴任の、出発直前なので」
ルースターからの告白に、変なコンプレックスがあんまりに恥ずかしくなってきて。
心の狭い感情に流されていたことを反省するしかなかった。
後輩がルースターのことを好きなんじゃないかと疑っていたなんて。それに、ルースターはおそらく、全部わかってるようだった。
だからあえて、こういう話を、こんなタイミングで切り出すのだろう。
「だから、明日、少しだけ基地へ行く時間を下さい」
明日はオフで1日中、一緒に過ごそうと言っていたので、申し訳なさそうに言う。
「なんで敬語に?」
「なんか、調子狂うな。軍での話すると」
ルースターが軍人の自分との境界線に混乱している中、
「いいよ、もちろん。
参加してやってくれ」
そう答えると、ルースターは息を吸って、なにか大それたことでも言うように。
「一緒に行きませんか?」
そう誘ってくる。
これは単純なお誘いではなく、何かを試しているようでもあった。
なので、普段であれば、『僕はいいよ』というところを、そうは言わず。
「いいよ、一緒にいこう。
邪魔にならないように、遠くで見守ってるよ」
笑って返すと、ルースターが、永遠に手に入らないものにでも触れるように、シーツの中で薬指に触れた。
「少尉は子供のころに、父親を亡してるんです。
アフガニスタンですよ?
そんな世代の子が、もうあんな立派に。
感慨深いでしょ?」
笑うルースターが、この話題に、細心の注意を払っていて。
『少尉も』と表現しないところもその一つだった。
一生懸命、傷つけないように言葉を絞り出している。
「ルースター」
思わず名前を呼んで、頬に触れる。
こんなのは、立場的にいえばおかしなことだ。
こちらが気遣うことがあっても、ルースターがこんなにも慎重になる必要なんてない。
 
こんなことを言えば、マーヴェリックを傷つけてしまわないだろうか。

すっかり大人になったルースターは、終始そんな心配をしている様子だった。
そんなのあまりに優しすぎる。
甘ったるい行動ばかりをとるルースターの唇にキスをすると。
少し安心したように笑顔になった。
 どうしていつも、この年下の恋人を追い込んでしまうのだろう。

マーヴェリックを、守らなくちゃいけない。

ルースターがいつも思ってくれているのは知っていた。
だけどその使命感で、疲弊させているような気もしてくる。
もっとしっかりしなくちゃいけないと、反省しながら。
ルースターの体を、抱きしめきれないけど、精一杯で背中に腕を回した。
「あんなに若いのに、いい決断ですよね」
抱きしめ返してくれる、ルースターの腕の強さが、いつものように手加減できていないので。
少尉が明日に迎える〝永遠の誓い〟についても、感情的になっていることは、よくわかっていた。
本人の結婚観は聞いたことがない。
ただ両親に対する夫婦のイメージは、付き合いだしてから一度だけ、かなり酔った時に聞いたことがあった。

たとえ永遠じゃなくても。
結果として短い時間になってしまったとしても。
互いに唯一の存在として、一緒に過ごせるのは幸せなことですよね、

なんて言うから泣き出してしまいそうで、我慢するのに必死だった。
「じゃあ、明日は少尉にとってすごく大事な日だな」
「ええ。
おれがいろいろアドバイスしてやったんですよ。
どういう風に言えばいいかとか。偉そうですね。
おれ自身、愛してる人との関係に、こんなに苦戦してるのに」
「そうなのか?」
「どうやって、この気持を、全部伝えれるのか、まだわからないでいます」
「ちゃんと伝わってるよ、ルースター」
「全部は伝えられてません」
「そうなのか?」
本当は、こんなもんじゃないから、と。
ルースターは、まるで模範的な部分しか見せてないと言いたげだった。
「だったらなおさら、もう眠らないとな」
「そうですね、寝ます」
「君が寝るまで、監視する」
「できるかな?ミッチェル大佐」
「僕だってちゃんと起きてられる」
「本当に?」
やっぱり髪を撫でてくるので、これはルースターの言う通り、起きてられるか不安になるぐらい。
大きな手で、優しく触れられる感触は、最大の敵と評してもいいものだった。






 翌日、基地を訪れると、向かう先が基地内にあるチャペルだったので、大好きな相手と横に並んで建物を見上げると、胸が締め付けられる思いがあった。
正装があまりに映える長身の恋人を、朝から直視しないようにしていた。
あんまり見ると、毒されてしまいそうだったから。
 海軍式の結婚の宣誓は、以前に部下のそれに参加したときに、一連で見たことがあったものの。
その時はもっと簡易な場所で、基地内の事務棟の中に用意された一部屋に祭壇が用意されているような形だった。
ここでもそれに準ずるようなものだと、思っていただけに少し油断していて。
オセアナ基地の規模から考えても当然かと思っても。
きちんと教会として存在している手入れの行き届いた建物の前で、真っ白い正装に身を包むルースターの真横に立つと、だんだんと心の余裕がなくなる。
「僕は外にいるよ」
少し強めの口調でそういって距離を取る。
「なんで?」
「泣いちゃうから」
「え?」
「年をとるとね、涙もろくなるんだよ」
そう伝えると、さっきまで、人を緊張させるに十分の雰囲気をまとっていたルースターが、爆笑して。
「マーヴはほんと、最高だね」
苦しそうに笑ってる。
「君だってわかるさ、この年になると。
あんな若い少尉の…」
「いいから、行くよ」
ルースターが腕をつかんで、引っ張るようにして強引に、中につれて入るから、ちょっと待ってと。
こんなきっちりした場所なら、せめてライダーズジャケットなんかやめておいたらよかったなんて、小さな後悔があった。
 エントランスをくぐると、軍隊風の空気感が漂っていたので、そんなことに安心してしまう。
順番に名前を呼ぶのは海軍らしい声色だった。
 教会内は、この日に宣誓をしたいカップルが列を作って待つような、そんな状況だった。
大規模での派兵が、この基地から来週にあるらしく、出発前に駆け込みでの手続きがラッシュになっていると、ルースターから来る途中に説明があった。
まるで捌いていくかのような雰囲気で、順番に宣誓が行われる状況に。
「少尉は、帰国後にパーティーをする予定で」
そう補足説明をつけてくれる。
「海軍の書類上でこうしておけば、負傷したときにも、彼女に一番に連絡が入りますし。
社会保障の面でも……」
昨日ベッドの中で聞いた、少尉の父親の話しを考えれば、このような形で、出発前には契約を残していく考えも正しく聞こえる。
社会の仕組みはシビアで、どんなに深い仲であっても法的な効力がない相手には、尽くせる手段も少ない。
「ブラッドショー大尉!」
少尉の声がして二人で振り返る。
少尉でも若いと思うのに、更にもうふたつ、みっつ、若いような彼女を連れている。
「大佐!無理言ってすみません」
少尉の言葉に、一瞬戸惑ってしまう。
ルースターからは、本人が来て欲しがってるなんて、ひとことも聞いていない。
少尉から、こんな要望があれば、もっとちゃんとしてきたのに。
 ルースターにしてみれば、ここまで引っ張って来れる確信があったのだろう。
なんでもよくわかっている恋人に参りながら。
あまりに簡易すぎた格好に申し訳なさを伝えると、若い二人が慌てて、そんなの全然、と言った。
「とにかく、二人とも、おめでとう」
年長者らしくそう告げると、幸せそうな二人が満面の笑みで。
誓いのキスが待ちきれないように、唇を重ねた。
 もうすでに泣きそうなんだけど。
ルースターを見上げると、そんな様子に笑いをこらえながら見つめ返してくれた。
ルースターは、宣誓式を控えた少尉の前に立ち、襟元に触れ、
「緊張する?」
と問いかけている。
しっかりな、という表情のルースターの姿に、古い記憶が蘇る。
グースが大事なときに、こうしてくれたことが、まるでついさっきの出来事のように感じるから不思議だった。
激励もこめて、肝心なときにはこうしてくれて。
そんなこと教えたわけじゃないのに、これはもはや遺伝みたいなものなのだろうか。
 この場面以外にも、ルースターをグースに見間違えそうな瞬間は何度もあって。
その度にこの関係に対して、一抹の罪悪感も感じていた。
「緊張します」
「指輪は?忘れてない?」
「はい」
「言われた通りに復唱すればいいから」
ちゃんと世話を焼いている姿を見て、すっかり成長したな、なんて。
こんな時に、ブラッドリーの昔の姿を思い出すのも、本人に失礼かもしれなくても。
世話をしてやらなくちゃいけなかった頃が懐かしくなってしまう。
 断絶していた期間に、ここまでの変化を遂げたという事実に。
ルースターが、どう変化していたったのか、見逃していることは、あまりに辛く思えた。
全部を記憶に刻みつけるように、見ていたかった。
 若いカップルが、こんな幸せそうな空気をまとう中で。
頭の中に響くのは、訓練中にルースターが伝えた、『妻もいない、子供もいない。誰も死を悼まない』そんな声だった。
辛くなってしまうのは、言われた自分が可哀そうなんじゃなくて、ルースターが放った言葉が呪いのように、本人に返るかもしれない事実に耐えられないからだった。
このまま、ルースターを独占して、なにもかも捧げさせて。
それが本当に正しいことなのだろうか。
いつだって、ルースターの人生から何かを奪うことしかできない自分の存在が呪わしかった。
愛してるなら、手を離してやるのが、一番正しい道なんじゃないかと、痛烈に思えてしまう。
「どうして大尉は僕にそんなによくしてくれるんですか?」
少尉がルースターを見上げ、本当に素朴な疑問と言った風に問いかける。
ルースターの答えが気になって、二人のやりとりを見つめていると。
「おれも、よくしてもらったからだよ」
笑顔で彼に返した言葉に、単純に喜べばいいのに。
そんなことはできなかった。
なにもかもを強いているような気持ちになってしまうからだった。
ルースターは、訓練期間中に、あまりにも率直な怒りを露わにしたことを最後に、恨み言の一つも言わなかった。
一人でなにもかもを決断し、生き抜いてゆくことは大変だっただろうし。
4年の遅れは、海軍という組織において恐ろしいほどのハンディだ。
なのに、あれ以来、どうして願書のことも、父親のことも、絶対に口にしないのだろう。
そう簡単ではないはずの許容を、ルースターに強引に飲ませているような感覚は、おそらく死ぬまで払拭はできないのだろう。
「じゃあ、その人に感謝ですね」
少尉がちらりとこちらに視線を投げて、穏やかな笑顔を見せてくれる。
そんなタイミングで二人の名が軍隊式の声色で呼ばれた。
 さあ、行こう。
ルースターが若い二人の背中を押して。
4人でチャペル内に向かう。
ちょうど先程、宣誓終えたばかりの、あまりに幸せな空気をまとう新しい夫婦とすれ違う。
 緊張する少尉と彼女が、祭壇に向かう直前、一度立ち止まり。
互いの見た目をチェックして、OKを出し合っている光景は、あまりに微笑ましかった。
 教会の中にはすでに、少尉の親友だろう同じく正装に身を包む軍人が一人。
少尉と言葉を交わす前に、こちらに敬礼をさせてしまったので、申し訳ない気分になる。
 祭壇に立っている、優しげな聖職者は、軍所属の者で。
軍服の上に白いケープをかけている。
宣誓の言葉を復唱する最中に、泣いてしまう彼女の姿に胸がしめつけられる。
少尉がその頬に触れて、涙を拭う光景に、これはルースターにも当たり前にある幸せのような気がしてならなかった。
誓いのキスを交わし、互いに指輪をはめ合う二人は、幸せの絶頂にあって。
そんな二人を見つめるルースターの横顔をちらりと見たときに、まるで永遠に手にはいらないものを見つめるようだった。
自分が追い込んでそうなっていることを知っていた。
ルースターは人生を下さいなんて、絶対に言わないだろう。
言わせないようにしているし、それよりもっと浅いところで、もう引き返そうとしている。
自分のすべてを捧げることは、何も怖くない。
ルースターにそうさせることには、どうしても抵抗があった。
 もしルースターが未来の約束を口にすれば、今の距離さえ、もう終わりにしようと決断してしまうだろう。
ルースターにもそれがわかるから、言い出すことができないし、永遠に手にはいらないとでも、おもっているのだろう。
 結婚の誓いなんて見たら、泣いてしまいそうだと、先に言っておいてよかったと、安堵してしまう。
もし涙腺にきたって、それは若い二人に感動しているだけだから、ちゃんと言い訳もできる。
 宣誓は本当に数分の出来事で。
その後には、軍部での婚姻に関する書類作業あって。
全部終えた帰り際。
ルースターが、ついに妻となった彼女と、少尉の友人と話している間に、誓いを交わしたばかりの少尉がこちらに近づいてくる。
立ち会ってくれたことに礼を言ったあとは、まるで本題のように。
「あの、ちょっと大尉が聞いてない間に言いたいんですけど」
「大尉に秘密の話し?」
「いえ、大尉は隠したがってると思うので。
中佐がブラッドショー大尉に絡むのは、わざとですから」
いきなりこの場面になんの関与もしていない階級が出てきたので、一瞬混乱して。
中佐って誰だっけ?と記憶を手繰ると、オセアナ基地に来てから登場した中佐の階級は一人だけで。
訓練時にルースターを怒鳴り散らしていた上官だと合致すると。
こんなわずかの間でも話さないといけないことなのかと思ってしまう。
でも少尉はしっかりルースターのことを心配している様子で。
「あの人には、近づかないでくださいね。
例えば、大尉への接し方を変えるようにとか、交渉とか行かないでください」
ルースターも『絶対に話すな』と言ってたし、どうしてだろうかと疑問に思ってしまう。
若い彼らにそう思わせるような、やばい男にでもなっているというのだろうか。
「どうして?」
「それがたぶんあの人の目論見なんで」
「目論見?なんだか仰々しいね」
「あなたに興味があるんですよ。
だから大尉も、どうにか接触させないようにしてる」
「そんな、僕は彼とそう面識は……」
「まったくなくはありませんよね」
「まあね」
「普段から、あなたの話しをしてるんですよ、あの人」
そこまで話したところで、新婦と少尉の友人と、ルースターがこちらにやってくる。
約束ですよ、そう言いたげにウィンクして見せる。
ルースターはそんな風には一言も言わなかったのに。
ただ、『絶対に』と強調したときの口調を思い出せば、辻褄だけはすごくあって。
彼からの粘着性の視線だって、それで説明がつくものだった。
ならどうしてルースターは、そうはっきりと言わないのだろう。
恋人同士なのだから、そんな風に言って、警戒している思いを聞かせてくれたって、決して悪いことではないのに。





 ルースターのオフの二日目は、今日こそ、なにも予定はなく。
ゆっくりランチして、適当にドライブでも、なんて。
朝から気軽に言っていたくせに、置きっぱなしのスマートフォンの画面が、チェサピークのそれなりにきちんとした店を検索しているので。
ちゃんとしたところに行こうとしているのが、いつもは自然体でいるルースターらしくない気もした。
 黙っているけど、滞在中のスケジュールについては、あれこれ気にしているようだ。
「ここに来た理由は、普段のルースターが見たかったからなんだけど」
リビングに戻ってきたルースターにそう告げると、一瞬黙って。
ああ、これかと、すこし恥ずかしげにスマートフォンをとりあげる。
「ルースターが普段行くところに行きたい」
と告げると、少し嬉しそうな表情を、一瞬だけ浮かべる。
でも、すぐにそういうのを見られないように隠してしまう。
これも、付き合い始めてからよく見られる行動だった。
 子供じみたリアクションは、もうやめると心に決めているルースターは、こういうあけすけな反応を、さっと隠してしまうところがあった。
本人がそうしたいなら、口を出す気はなくても。
屈託なく笑いそうになってやめられると、少しもったいない気がするのは恋人なら当然の感情だろうと思う。
「でも普段行ってるところって、ダイナーとか。
チェーン店とか、テイクアウトとか」
「いいと思うけど」
要望に対して、どうしようかと思案している様子もあって、そんなルースターの横顔に一瞬、はっとして
「ルースターが、嫌じゃなければ、だけど」
そう慌ててつけたした。
考えようによっては、自分のテリトリーを晒すことに抵抗がある可能性だってある。
普段から顔見知りの誰かもいるかもしれないし。
基地内であれば二人でいても、先のミッションで一緒だったという関係性を理解している人間も多かったし、もしそうじゃなくても、上官と一緒の行動をしていたってなんの不自然もない。
ただ一歩外に出ればそうもいかない。
ごく自然と仲良くなっている、にしては年齢が違いすぎている。
「嫌じゃないよ。
ただ、少し緊張するだけで」
「緊張?なんで」
「一応、マーヴの前では、かっこつけてるつもりだから。
ついてないかもしれないけど」
「部屋を片付けておいたり?」
「まあ、それはね。
普通にするだろ?」
「ふうん。
じゃあ、いつも行く店なら、普段の生活態度がばれる?」
「ばれるっていうか。
リラックスしすぎないかなって」
「僕のそばが、一番、リラックスできる場所にならないといけないのに」
「そういう意味じゃないよ。
マーヴの側が一番、安心できるよ」
慌てていうルースターに少し笑ってしまう。
そんなに必死に訂正しなくていいのに。
「嘘ついてる?」
「だって、しょうがないだろ?
ミスるわけにいかないんだし」
「早く気を許してほしいものだな」
「変化しようとしてるんだよ。ちゃんとした人間にさ。
ほら、自分ひとりならどうでもよくても。
一緒だったら模範的にできるみたいな。
誰かがずっと側にいるマーヴにはわからないかな」
「僕は一人だよ」
「本当にそうかな?」
「見てわかるだろう?」
「そういうことにしておくよ」
 そんな会話を交わしてから、車に乗り込んで、ルースターが向かった先は、それこそ生々しく生活感を見せてくれるような距離感の。
住まいから本当に近い、スーパーやドラッグストアなどの集合体のような場所だ。
その中の一番道路に近い場所に面しているダイナーが目的地のようだ。
慣れたように駐車場に車を停める。
いつもの番号に先に誰かが停めていることに文句を零しながら、車から降りた。
昔ながらの店に足を踏み入れると、ルースターの姿を見つけたウェイトレスの表情が露骨に明るくなる。
それはまるで、洗礼のようでもあった。
 オセアナに来る前に覚悟はしていたし、ルースターはもてるってわかっていたものの、彼のテリトリーに入ればいつかは出くわすとおもっていた。
感情を隠さない若い女性は、耳の横に落ちる髪に触れて直して、制服のワンピースの裾を正す。
好意的な会釈がこちらにもあって、ルースターが連れてくる相手に嫌われたくないという笑顔だった。
対称的に何一つわかってないルースターは、店に入っても自分の席が今日はすでにとられていると文句を言ってから。
「だけど、おすすめの席はここだよ」
と、国道がよく見える席に案内してくれる。
『選んでて』とメニューを出したあとは、『おれが好きなのはこれ』
と、いって『これはけっこう辛いよ』とか。
店員より先になんでも教えてくれる。
 ルースターは席にはつかずに、そのままカウンターに歩みよっていって、迎えるように彼女が応じる。
どうせ話しているのは、今日連れてきた相手の説明に決まっている。
彼女に下手なことを言って傷つけたりしないだろうか、なんておかしな心配をしてしまう。
一体、誰の味方をしてしまっているのか。
「ポイントカードは?」
「忘れた」
「持って来る気ないよね」
「なのになんで聞くわけ?」
「安くなるのに」
「じゃあ、次は持ってくる」
思いのほか平和な話をしている二人の視線が同時にこちらに向いて。
気になって見ていてしまったことに反省して、こういう時は笑顔だと、笑ってみせると。
彼女もあわてて笑顔を浮かべる。
その後、彼女がルースターの腕を乱暴につかむと、なにか耳打ちをしていて。
聞こえない音量になったあとのことにはらはらしてしまう。
あの人誰なの?という質問に。
おれの恋人、とか平気で答えそうで。
どうしよう、とおもっているのに。
ルースターは彼女との会話に、満足そうな笑顔を浮かべているし、彼女も楽しそうに笑っているので、どうやら深刻なムードにはなっていないようだ。
 年齢的にも、雰囲気も、どうしてもよくお似合いのように見えてしまう。
昨日の少尉の幸せそうな姿と、今日のダイナーの彼女と。
当たり前のようにつかめるルースターの幸せが見えているのに。
自分の側に縛り付けることが果たして本当に正しいのか。
これまでにも何度となく問いかけてきた感情が浮上してきてしまう。
 席に戻ってきたルースターは、楽しそうだった。
窓から見える景色についても、この店についても、あれこれ弾む声で話しをしている。
ちゃんと笑顔は浮かべられているものの、どうしても声が遠くになってしまう。
愛しい恋人の嬉しそうな姿を見ているのに、どうして泣きたくなるのだろう。
いつも、まるで今しか一緒にいられないかのように過ごすルースターの気持ちが、少しだけわかるような気がしてくる。
僕らはずっと『愛してる』としか互いに言い合ってないのに。
あんまりにも不安定な上に関係が成り立っていて。
ちょっとしたことで、すぐにでもバランスを崩してしまいそうだった。
「マーヴ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
なにもかも聞き逃したくないのに、どうしてかちゃんと頭に入ってこない。
昨日の夜のベッドでのやりとりと、目の前の愛しい笑顔と。
コーヒーを注ぎにくる彼女と、軽口で冗談を言い合うやりとりを見て。
「ルースター」
口にしたらいけないとわかっていて、何度も胸をかすめる思いを言葉にしそうになる。
簡単には言ってはいけないことはわかっていた。
中途半端な思いなら、絶対によくない。
 ルースターからは繰り返し。
『なんでも最終決断してしまう前に、相談してほしい』と、常々から熱心に頼み込まれていた。
というのも、性格上の問題で、何事も突き詰めて考えて、もう揺らがない決心をもってから言葉にしてしまうところがあるから。
言葉にしたときには、もうなにもかも手遅れの場合が大半で。
そうなる前に、ちゃんと小出しにするように強く言われていた。
だから弱音のように言ってしまいそうになる。
またひどく傷つけてしまうことを。
「わかってるよ」
「なにが」
「マーヴが思ってること」
「わかるはずない」
こんな楽しそうにしているのに。
相手がこんなことを考えているなんて知ったら、きっと傷つけてしまうだろう。
 テーブルの上で手を重ねてくるルースターに、昼間のダイナーだからじゃなくて。
彼女のことが気になって手を引こうとすると、がっちりと握られていて、簡単に離せない。
とはいえ、普段ならベッドの上では、おさえるようにしてくる手も、簡単に振り解ける。
だから油断していたら、どんなに力を入れても、びくともしない。
「ルースター、ちょっと」
「なに?」
「そういうの、家帰ってからにしよう」
「それってお誘い?」
「だって、ここはいつもくるところなんだろ?」
「基地のやつもくるから。見られるかも」
ルースターの普段言わないような脅しめいた口調に、立派に怒ってるのだと理解できる。
そういうやり方じゃないと、怒りを見せない相手は、いつだってごめんと言うタイミングは与えない。
言葉で怒りを露わにされれば、悪かったと言えるチャンスもあるのに。
「ルースター…」
ここでキスすることだって辞さない雰囲気もはらんでいる。
でも、最後までやりきらないのは、結局拭い去れない甘さだった。
自分のことはどうでもよくても、どうせのこと。
『マーヴが嫌がるからできない』それが答えなのだから。







 帰りに寄ったコーヒーショップも、ルースターがよく立ち寄るところのようだった。
コーヒーのいい香りが充満していて、混雑している店内は、どうやらこのあたりでは人気店のようだ。
 会計をしているルースターが先へ促すので、受け渡しの場所へ行くと、見るからにネイバルベースの人間だとわかる男と隣同士になる。
体格といい、身につけているものといい、軍服こそ着ていないものの、明白で。
どことなく相手も察するようで、アイコンタクトと笑顔をかわしあう。
なんともいえない沈黙が流れるので、何か世間話でも互いに話そうかとしたときに、商品を呼び出す声があった。
順番が前後したために、彼と二人で取り違えそうなやりとりをしていると。
「マーヴ、先に席に座ってて」
と、割って入ってきたのはルースターで、すでに怒ってる様子だった。
何をしたわけでもないのに、彼との間に壁になるようにしている。
 そういえば、大昔に似たようなことでアイスと喧嘩した記憶があって、そんな記憶を今に思い出すなんて、なんだか可笑しくもおもえた。
 あの日も、そうだった。
別にやましいことなんかなにもしてないのに、勝手に周囲に攻撃的になるアイスに、
『グースだったら、絶対にこんなことしなかった』
と言って、火に油を注いだことがあった。
かなりの大喧嘩になったことも懐かしい記憶で、こうなると両者一歩もひかないし、グースがいないと仲直りもできない。
つまらないことで長引いたそれを思い出してしまう。
今の年齢だからこそ、
「じゃあ、頼むよ」
と、ルースターに笑顔を向けれるし。
さきほどの彼には、視線も向けずにテラス席に歩いていくこともできる。
それは、ルースターの感情を、かわいいと思えるぐらいの余裕があるからだった。
 ルースターはグースにばかり似てると思っていても、もしかすればハイブリッド型なのかもしれないと、一度振り返って、恋人の様子確認する。
あんな敵意むき出しなのは、アイスの要素も含んでいる。
 見つめた先のルースターは、もう先程の男性と、談笑しているからたいしたものだった。
「三種類か」
思わずつぶやいてしまう。
どこから混入してきたのかわからない要素も含んでいて。
先に芽を摘むという行為には変わりなくても。
徹底的に危険因子は排除るすのはいつものことで、ありとあらゆる手段もちゃんと持っているのだろう。
そんな才能あふれる年下が可愛くも思えてしまうのだった。
 舗道に面したテラス席の、あいている一つに座ると、穏やかな午後の時間が流れていた。
2つのカップを持ってやってきたルースターが
「怒ってる?」
そう聞いてくるのでちゃんと自分のしたことがどういう意味か、明確な意思をもっていたということだろう。
「別に。
でも、今の人、知らない人だけど?」
「そうだろうけど、マーヴは警戒心なさすぎだし」
ちゃんと指に結婚指輪がついていたと、言ったら、そんなの確認したの?と怒るだろうし。
結婚してるからって、油断できる?とまで言われそうだ。
「そういう言い方には……怒る」
「だって、本当のことだから」
言葉を返さないと、ごめん、と小さく言ってルースターは小さくため息を吐いた。
少しはちゃんと反省しているようで、
「いいよ、かわいいから」
「え?」
「かわいいブラッドリーは好きだ」
「意味わかんないな、それ」
「でも、僕だってちゃんとしてるつもりだから」
そう告げると、ルースターが重い口を開くように。
「前にさ、モハーヴェに遊びにいった時。
マーヴがいない間に来客があったんだ」
こんなときに引っ張り出してくる話に、動揺した顔なんて見せたらよくない気がして。
別に浮気なんかしてないし、やましいこともなくても。
それが誰だったのかが気になってしまう。
 その主な心配は、ルースターが傷つけられたりしなかったか、それが主体だ。
何かを聞いて悲しい思いや、辛い思いをしなかったか。
子ども扱いをしたら怒るけど、やっぱりルースターに過保護な感情を向けていることは認めざるを得ない。
もう立派に大人の男なんだ。
誰が来ようと、何を言われようと、心配なんて無用のはずだ。
だけど、ルースターもまるで辛いことでも告げるよう顔して言うから。心配になってしまう。
 もう少しで平然とした表情が保てなくなるところだった。
だけどぎりぎり、普通の振る舞いで、カップを口元につけて、話しの続きを促すことができたので、今のところはつまらないエラーはないはずだ。
ルースターも、しっかりこちらを見ていて、リアクションを観察している様子もあった。
「ごめん、いまさら」
「本当に用があるなら、連絡してくるし」
「きたのは、たまにマーヴが食事にいってる人。
あのやたら背の高い」
ルースターがそう評する相手なんて思い当たるのは一人だけで。
一応はほっとしたものの、そういう顔もやめて、ただ平然と見つめ返す。
彼は安全だという反応を提示したら、それと違った反応を見せた時に何かを読み取るだろうから。
表情を変えないままでいると、ルースターは視線をそらしてしまって。
車道を行く車を見つめていた。
目の前の道は、それなりに交通量が多いと言えばそうだった。
「よくおれたちの事情を知ってる人なんだね」
少し寂しそうな表情をうかべる。
ダイナーでは、重ねられた手を振りほどこうとしたのに。
今は、ルースターの手をつないでやりたくて。
テーブルに乗せられた大きな手まで、あと数センチ伸ばせば触れられるのに、やっぱりそうはできなかった。
「マーヴのこと、許す気がないんなら、もう離れてやって欲しいって言われた」
そんなことを言ってるとは思わないし、まさかのノーマークの彼が、ルースターに爪痕をのこしているなんて。
だけど驚くことでもなかった。
彼は純粋に心配してくれているのだろう。
「ルースター、それは……」
「あの人、医師免許まで見せてきたけど。
軍医なの?」
彼がそこまでしているということは、かなり真剣にルースターに話していたのだろう。
普段は明るい男で、そう真面目な話をいつもしているわけでもない。
「元…軍医、だけど。
あいつは、ただの心配症だからほっておいてやってくれ」
そう告げても、ルースターが納得するはずもなく。
「そう思えない」
そう小さく呟く。
「マーヴのこと苦しめるなら、距離をとってやってほしいなんて。
ただの医師ってだけで、そこまで初対面のおれに言う?」
友情以上の何かじゃないかと、不安を含む声色だった。
「友達だよ。
なにもない」
いつもなら、こんなにも慌てて言わないのに。
内容が内容だったし、ルースターは実際傷ついているし。
あれこれ遠回りをしての説明はしていられなかった。
「本当に?」
「嘘なんかつかない」
「でも、相手はどうかな。
マーヴだけかもよ。
友達って思ってるの」
ルースターの言葉に、必要な答えが瞬時に出なければいけないような気持ちになってしまう。
「こんな風に言うつもりもないけど、過去にはそれなりに、誰かから好意を寄せてもらうことはあったから、そういうのは敏感なつもりだよ」
「本当に?」
「彼は全然そんなんじゃない。
そんなだったら、とっくに」
「とっくに何?」
「行動に出てる」
「そんなぐらい、一緒にいるわけ?」
ルースターはめずらしく感情的になっていた。
 穏やかなルースターと恋人関係になってから、ただ一度だけ、今日みたいに感情的になっている日があって。
思えばあの日も、言葉にしてしまった。

もう終わりにすべきじゃないかと思う。
君の未来のために。

あの日のルースターは、
『マーヴはおれに対して責任をとるべきだ』と怖い顔して言って。
そのあとに自分自身が傷ついてしまった。
 思えば、あの喧嘩にもならなかった言い争いがあった日から、なにがあってもブラッドリーを守ってやらなくちゃいけない使命感を持っていた。
同時にもっとも残酷な感情も。
どんなに苦しんでもこの関係をやめないルースターのことが、愛しくてしょうがなかった。
どうにか引き留めようと、悪いことまで言う、ブラッドリーは、きっとぼろぼろになったって、この関係を続けたいと言うに違いないと知ってるのに、だから甘い思いで溺れそうになるなんて。
どんな残酷な思考回路なんだろう。
「彼は外科的な処置も技術が高いけど、退役して今の本業は精神科医なんだ。
仕事量がコントロールできるから、そういう仕事を選んでる。
知り合ったのは、僕とアイスが、ほんとにつまらないことで流血騒ぎになった時で」
「なんでつまらないことで流血するわけ?けんか?」
「バーでね。まあ、いろいろあって」
「まあいいよ、詳細は。
勝手に補完しとくから」
「普通に救急になんていけば、軍に連絡が入るから、アイスが直接彼に頼んだんだ。
もともと知り合いだったみたいで、だから血まみれで会ったのが初対面で」
「ほんと、若い頃のマーヴって…」
「アイスが悪い」
「はいはい」
「その時に、専門外だってぐちりながらもちゃんと処置してくれたんだ。
それ以来、アイスと3人で食事に行ったり。
アイスが忙しくなりすぎてからは、二人の時も」
余計なほどに鮮明になるまで、彼の人物像の説明をしていると、その最中にルースターの表情が和らいでくる。
ただ、自分が彼のことをどう思っているのかを、淡々と説明するしか今は手段がなかった。
実際、ルースターが言うように、相手がどう思っているかなんて、絶対違うといったところで、証明する手段などはないのだから。
「数少ない友人の一人だから、もしルースターが言うように思われてたら、少なくとも僕自身はショックだ」
そこまで言えば、ルースターは降参したように、ありがとう、と。笑った。
「だけど、ルースターの気持ちはよくわかったよ。
警戒心は、ちゃんと持つようにするよ」
中佐のこといい、ドクターもそんなことを言っていたなんて知らなかったから。
「それに、ドクターにもちゃんと話すよ。
ルースターとつきあってることも。
こんなに、大事にされてることも」
それがいかに純粋な心配であっても、逆の立場なら、同じような感情に陥ったに違いないから。
「じゃあさ、このあと、マーヴにプレゼントを買うからつきあってよ」
「今の流れから、それはおかしくないか?
僕が君になにか埋め合わせをするのが、自然じゃないか?」
「いいや、おれがマーヴに買う」
「何を?」
「がんじがらめにできるもの」
その答えになにか納得できる気持ちもあって。
「なんかあやあしいものでも?」
わざとそう問いかければ、違うよ、と楽しそうに笑って。
「それはまた今度ゆっくりと、ね?」
と笑うので、まったくない選択肢というわけでもなさそうだった。
「まあ、プレゼントの中でも、ベルトとか、ネクタイって束縛とか、そういう意味があるとか言うじゃん?」
「そうなのか?」
「送られたことは?」
「これ、尋問、続いてる?」
「単なる好奇心」
「腕時計をもらったことはあるよ」
「それも束縛だよ。
時間を支配するって意味」
「その調子でいうと、あらゆるギフトに理由をつけれそうだ」
「だから、おれからのしか貰わないで」
「この先ずっと?」
「ごめん、冗談」
「いいよ」
「嘘だから。大丈夫」
「じゃあ、少なくともルースターが嫌だと思う相手のは、受け取らない」
そう告げるとルースターは柔らかく微笑んで、優しく見つめ返してくる。
「マーヴの考えてることは、ダイナーでもわかってたよ。
昨日の宣誓を見て、なんかいろいろ考えてたんだろうけど」
あんな楽しそうにしていたくせに、わかってるなんて、想像もつかなかっただけに。
「絶対に、別れる気なんてないから」
その一言があまりに衝撃的で。
別れというキーワードについて、以前にルースターが言っていたのは。
そういう言葉を口にすると現実として呼び寄せるからなんていって。
だから忌避しているなんて事実だった。
スピリチュアルなことも言うのかと、ちょっと笑いそうになってしまったのだけど。
事実、そのキーワードは、決して口にしなかった。
ずっと。
 少し睨むような眼差しは、初日の講義でルースターが見せたものに少し似ていた。
別れる気がない、というよりは。
別れるなんて許さない、そう言うかのような表情だった。
その眼光になにも言えなくなった瞬間に、車道の方から大きな音が聞こえて。
ほんの数メートル向こうで、車と車がぶつかって。
破片なんかが飛んできてもおかしくない近距離だった。
もし、この職業で、激突音や、衝撃音に慣れていなかったら、かなり動揺してもおかしくない種類のものだった。
 事実、周囲は一瞬にして悲鳴に包まれ。
午後の穏やかだったテラス席は、一気に様相を変えた。
客は慌てて席を立って、現場から走って離れていく。
気づいたときには、向かいに座っていたはずのルースターの姿はなく、もう現場へと駆け出していた。
ガソリンの漏れ出している車に駆け寄って。
運転席で血を流しているドライバーの男性を引きずり出そうとしていた。
 同じく現場に走ってきたのは、さっきのカフェのカウンターで目があった、オセアナ所属の軍人だろう男性で。
ルースターと二人で間髪いれないほどの機敏さで救出にあたっていた。
 事故の衝撃というよりも、ルースターからの一撃に呆然としていて出遅れて。
運転席で身動きのとれない男性を助け出そうとしている二人の横を通り過ぎ。
車道側から後部座席のドアを開き、バックシートで、泣いている少年のシートベルトを外して抱き上げる。
しゃっくりをあげながらしがみついてきて、まるで幼い日のルースターを見るようだった。
「おいで、もう大丈夫だよ」
抱き上げると、小さな体が必死に抱きついてくる。
見たところ、怪我はないようだった。
宥めるようにとんとんとして、運転席を見せないように現場から遠ざける。
何度も耳元でダディ、ダディと呼ぶ声が聞こえた。
 十分に安全が保てる距離まで遠ざけて、預かると申し出たカフェの客の女性に子供を渡したタイミングで爆発音が聞こえる。
心臓が止まるような思いで振り返ると、ルースターが救助にあたっていた車と別のもう一台、衝突した車のほうが炎上したようだった。
 対向車線の、数メートル先の舗道に乗り上げていた車の運転手は、どうやら自力で脱出していたようだ。
ルースターが救助にあたっている、こちらの車もガソリンが流れていたので時間の問題だろう。
 救助中の車両からは、二人がかりでどうにか運転手をひきずり出すことができたようで、けが人の体を車から遠ざけて。
舗道に寝かせて、息をきらしながら心臓マッサージを始めているルースターの横から代わるよ、といって始めると。
数分しないうちに、ルースターと一緒に救助にあたっていた男性が。
「代わるから、彼についててやってくれ」
そう言って、ルースターの方を視線で示してきたのだった。
事故の衝撃が何かを誘発するように、ルースターは動揺していて。
舗道に座り込んでいる姿は、顔色が悪く、その手は震えていた。
周囲から見れば、単なる事故のショックに見えるだろう。
しかしそうじゃないとわかっていた。
「ルースター」
声をかけると顔を上げて、目が合えば、ほっとしたように。
血まみれの手で衝動的に抱きついてくる。
首元に顔を埋めるルースターに、人生で経験したこともない感情を覚えた。
あまりに胸が苦しくなって。
体が壊れてしまって、ばらばらになってしまいそうだった。
ルースターが加減もできず強く抱き締めてくることで、壊れないで保てていらるような感覚に陥っていた。
「大丈夫だよ、ブラッドリー。
もう、大丈夫」
痛いぐらいに抱きしめてくる背中をぽんぽんとしてやると、その頃には救急車のサイレンが聞こえた。






「ブラッ…ド…も、ぅ、っ無理」
後ろから何度も自身の熱を押し込めるルースターに、そう訴えたのは初めてのことだった。
バックですると、奥まで入りすぎて苦しくて。
いつか、そのままの気持ちを正直に告げると、『ごめんね』、といたわって。
それ以降はもし仮に、この体勢で始めたとしてもいつもちゃんと手加減していた。
「だけど、マーヴのここ、ほら」
大きな両方の手の平が、臀部に触れて、結合部を確かめるように割り開く。
普段は何事も、する前にいいかどうか確認するように聞いてくれるのに、今日は遠慮もなくつながった場所にローションを追加する形で垂らして。
シーツが濡れることも気にせずに、つながる部分をぬるぬるにして、まだ出し入れを続けるつもりのようだった。
温感のそれが接合部に落ちると、一度引き抜いて、追加した水分を中に押し込むように、先端で拭うようにしてからもう一度押し込める。
 肌が密着するほど奥まで入れられると、ルースターの性器が入ってはいけない場所にまで来ているような気がして。
体の中を全部埋められてしまうような感触に、シーツを握りしめることしかできなかった。
経験したことのない感覚に、ただ体の力がぬけていく。
 膝で支えて、腰を突き上げるように、努力して保っていたのに。
もう力が入らなくなって、ぺたりとシーツに体が沈んでしまっても追いかけるようにして挿入を続けて、ベッドと自身の体で閉じ込める形で出し入れを続ける。
シーツを掴んでいた手さえも、上から被さるように抑え込まれて。
肌の密着度が高まると、こんなことをされているのに、ルースターの体温に欲情してしまう体が恥ずかしかった。
「ん…っ、んんっ!
る……すた……っ」
ぐちゅぐちゅと、摩擦する際に立つ音が、快楽の強いときほど耳に触るように大きい。
「こんなに、奥」
むり、と小さく漏らしても、大丈夫、ちゃんと入ってるよ、マーヴ。
今日だけは逃がす気のないルースターが、立て続けに突いてくる。
「マーヴのここ、ぴったりひっついてくるのに、なんで無理とかいうの?」
「る……す……た、ちょっと、
待って」
「ごめん、まてない」
ごめんね、マーヴ。と謝ってはくれても。一度、中の奥深くまで埋め込んだものを、引き抜いて。
それでも、一気に引き抜かずにゆっくりとずるずる引き抜くところは、最後まで好き勝手にできない一線なのだろうし、体をもっと乱暴につかめばいいのに。
丁寧に、ベッドとの間に手を差し入れて、体を横向きに寝かせてきて。足が交差する形で再度挿入されると。
当たる角度が変わって、後背位よりも奥に来ることを知ってしまう。
ゆっくりと、再度押し込まれる熱に、首を横に振って
「ちょっと、まだ、む……りっ」
と訴えても、挿入は止まることはなく。
ただ一気に突き入れるようなことはしなくて、じりじりと。
ちゃんと本当に無理かは確認しているようでも、言葉による制止は聞いてくれない。
しっかりと、ルースターの形を覚えている中も、初めての角度に別のものが入っているような感覚に陥って、だけど目の前の体が彼のものなので、混乱したまま。
「ちょっと、狭すぎる」
無理かも、と一度動きを止めるルースターから、やっと与えられるインターバルに。
いつもなら途中で、動きを止めて快楽を待ってくれたり。
スローな動きで、疼くような快感を煽ったりするのに。
今日ばかりは連続だったから、ようやく少しだけ与えられたこの空白にはほっとしてしまう。
 こんな風に、制止も無視して強引にされたら、きっと気持ちよくなんてならないと思っていた。
思考と体が全く別物のように、止めて欲しいのに、止めてくれないこ状況にも体は勝手に反応して。
言葉を無視して、突きまくられても、ちゃんと熱くなる自分の内側が知らないなにかのようで少し怖かった。
 中に入ったまま動きを止めているルースターの性器を、欲しがるように密着してしまう自分の体が、あまりに意思に反してみだらで。
耳が赤くなるのを自覚していた。
こんな風にされても、言葉で止めてといっても、体が貪欲に突き上げて欲しがっていて。
体の要望に応じるようにルースターがゆっくりと動きはじめると、甘い声というよりも、恥ずかしくなるほどの声が漏れてしまって。
口を塞いで体を小さくするしか逃れる方法がなかった。
「すごい、聞こえる?」
動かすたびに、行き場のないローションと体液が混ぜられる音が部屋に響く。
「マーヴのここ、こんな」
わざと聞かせるように、腰を動かして、つながった部分に視線を落としてちゃんといいところを狙うように動かして。
「ここ?」
そんな質問に、冷静に応えられるはずもなくて、
「抜いて、ルースター」
「無理だよ、こんなに、マーヴが飲み込んでるんだろ?」
「る………すた」
お願いだから、といったところで、根負けしたようにルースターがゆっくりと引き抜いていって。
足ががくがくと震えてしまうのは、止めようとしてもどうにもならなかった。
「上でもいい?」
ルースターへの提案として絞り出した言葉さえ、一旦は引き抜いているのに、中にはいっているときと同じ声色になってしまう。
はずかしくても、そう進言するしかなかった。
この調子でルースターに主導権を奪われたまま続けられたら、どうなってしまうかわからない。
 ルースターは、今日はもうこれ以上できないと思っていたようだったので、驚いた表情を浮かべて。
やめるという選択肢が、ちゃんとあったのかと、逆に驚かされる。
さっきまであれほど強引に進めていたのに。
「まだ、していいの?」
ルースターの甘える声と表情は、もう才能の領域ともいえるものだった。
誰がこんな態度に抗えるというのだろうか。
 上に乗れば、ある程度深さも、ペースもコントロールできると思っての提案だった。
「マーヴ……」
甘えるように抱きついてくるルースターが、今日の一連の出来事で、完全に参っていることはよくわかっていた。
本当は、こんな風に感情をぶつけるように行為を進めることも、初めて見せる依存のようで、嬉しいなんていったら、ひかれてしまいそうだ。
「強引なの、やっと見れたけど」
そういいながら、ルースターの体を押してベッドに寝転ばせて。
体格のいい体にまたがると、体勢としては有利で、体重をかけて乗っているはずなのに。
いつでも下にいるルースターにひっくり返されるような予感がするほど。みっちりと詰まった体が、最初から愛しかった。
 硬さを保ったままの、ルースターの熱に指で触れて、さっきまで入っていた場所に先端をあてがうと、まだローションの感触があって、受け入れやすくはなっていても。
始めて体をつなげた時には、受け入れることさえ大変だったサイズでもあるので。
いくら入れ直す作業だからといってそう簡単ではなかった。
 先端を入り口にこすりつけて、挿入しようとして自重をかけていくものの。圧迫感が強くて、一度断念してしまう。
「ちょっと、待って」
一度深呼吸してから、再トライして、それなりの時間をかけてとりあえず先端まで入れると。
さっきまでは入っていたのだから、中も待ち構えているはずなのに、散々出し入れをされた場所が敏感になりすぎて。一気にはできなかった。
「じれったい?」
なかなか、入れきれないことを謝る代わりにそうルースターに問いかけると、さっきまでは感情的だった相手が、少し落ち着きを取り戻したように、挿入の様子を見守っていて。
「可愛いすぎて、死にそう」
と答えにならない答えを返してくる。
「こっちは……っ必死……なのに」
観察状態に入っているルースターの気分が、いよいよそれないように。
どうにか頑張って身を沈めていくと、奥に奥にと入ってくる質量に、体がぐらついて。
支えるように腰を持つルースターの手が、深く入りすぎて、苦しくならないように、まるでコントロールする形で持ち上げてくれている。
さっきは、いくら『やめてくれ』といってもやめなかった、あの強引な時間はどうやらもう終わりのようだった。
少し怖かったような。
だけど、まだ未経験の興奮もそこにあった。
 なにも見えなくなるぐらいに求めるルースターの感情的な時間が終わるのは、少しさみしいような気もした。
止めてほしいのに、やめずに続けて動かされることで得れる快感も、すっかり開眼させられてしまった。
「マーヴ、ちょっと、大丈夫?」
ベッドで自重をささえる膝に力が入らなくて、震えている太ももに。
自分でコントロールするなんて無理だったのかと、ぺたりと手をルースターの腹部につけると、漏れた声は、ううう、と苦しむようなものになってしまう。
「待って待って、ちょっと無理なら…」
今度はルースターの制止があって、少し焦るような声が、いつもの優しい彼すぎて、安心もあった。
最後まで無理して入れきると、さきほどまでの快楽からは遠ざかって、苦痛のほうが上回ってきてしまう。
「全部、入った」
そう報告するのが精一杯だった。
「マーヴ、やっぱりこれ、どうなの?
やめない?」
首を横に振って、拒絶する。
全部を受け止めた体で、どうにか耐えていた。
「悪かったよ、謝るから、マーヴ」
「自分でするから、いい」
「ねえ、ちょっと」
少しだけ動かすと、気持ちよくなくて、ただ内側が圧迫されるだけだった。
どうせ物理的なものだろうから、動かせばルースターはそれなりの快感は得れるはずで、耐えるように動くと、
「駄目だって、マーヴ」
そういって半身を上げて、腰を掴んだ手が、まるで子供でも持ち上げるように体を重力から浮かせてくる。
ルースターの体を押し戻して、ベッドに再び強引に寝かせると。
簡単に抵抗できるはずなのに、ちゃんと言いなりになる大きな体がかわいいし。
だけど、守るという意思表示のように、手だけは腰に据えられていて。
入りすぎないようにコントロールしている。
「よくないだろ?マーヴ」
「よくなくていい」
「痛い?」
そう聞いてくるルースターに、今日こそ試せるときだと、小さくうなずくと。
さきほど押し戻したばかりの半身をもう一度上げて、どこを掴んでどうしたのかわからないけど、ちょっとアクロバティックに。
つながったまま、体ごと持ち上げられて。
反転させられて天井が見えたときには、何なのかわからなかった。
ただ形勢が逆転されているのは事実で。
あまりに簡単だった体勢の入れ替えに、ルースターが取れる、体位という意味での手段はまだまだあるのだと、思い知らされるばかりだった。
「上に乗って、すごいことしてくれるマーヴが標準装備だと思ってたのに」
「え?」
「おれのこと殺すつもり?」
「なに?」
「可愛いのも、いい加減にしてほしい」
そういったあとのキスで、つながる場所が、しっかりと入っているルースターの熱を求めるようにきゅっとするのを自覚して。
ごめん、ちょっとだけ、と。ルースターが耳元で囁く。
最初からずっと熱をもっていた体の中心が、少しだけ痛みと圧迫感で、萎えてしまっていて。
そこにルースターの手が触れると、簡単に快楽を引き戻してくる。
謝るのは手っ取り早さを選んでいるというこのへの謝罪なのか。
それともルースターなりの、こういうときに触ってはいけないという作法でもあるのか。
性器に物理的な刺激を加えて、同時にキスをして。
散々深いキスを続けたあとは、頬を辿って耳元にたどり着く。
耳を執着して舐めてくるので、背筋がぞくりとしている間に、さっきまで挿入が苦しかったばかりの場所が、秒単位で快楽においやられていく。
「あ……、なんか、変」
「大丈夫?」
「すぐに、こんな」
どんなに感じてるのか、まるで示すかのような接合部の音に、そういえば
『すごい、聞こえる?』と、さっきルースターに言われた記憶が蘇る。
今更妙に恥ずかしくなってきて。
あまりに性的な面で貪欲すぎると、ルースターが求める要件を満たさないんじゃないかと不安になる。
こんな浅ましいぐらいにセックスに能動的な体を、ルースターは嫌ったりしないだろうか。
 卑猥すぎる音を指摘したのも、セックスの最中の決まり文句みたいなニュアンスだったかもしれなくても。
こんなにやらしい体をしてるのかと、批判されたんじゃないかとだんだん不安になってきてしまう。
「マーヴ、なんで?なんかやだった?」
表情に出てしまっていたのか、ルースターが少し困ったように言う。
なんでも見透かすのもそろそろやめてほしかった。
「嫌われる……の…かと……っ思って」
ルースターがいうような、器用な騎乗位も装備されていないし。
「え?」
動かされる合間にしか声にできなくて、途切れ途切れで訴えると、
「どうやって嫌えばいいのか教えてくれよ」
つながったまま、体が密着するように覆いかぶさってくる。
「マーヴ、どこにも行かないでくれ」
体が重なって顔が見えなくなると、耳元でルースターが助けを求めるように言った。
 今日の出来事で、だれかを失うという衝撃を、フラッシュバックのように思い出してしまったのかもしれない。
こんなに大きな体になってから見せる弱みに、逆に救われている気持ちにもなる。
ずっと、こういう風に求められたかったのかもしれない。
ルースターは苦しがっているというのに。
その極限状態の感情に、満たされてしまうなんて。
どこまで残酷な考えをしているのだろう。
「側にいるよ、ルースター」
「もう、離したりしない?」
「しない」
無くした愛情を求めるルースターに、望むものを与えるような行動がどんなに罪深いことか、誰よりよくわかっていた。





 来るときは、輸送機に便乗してきて、帰りは民間機の国内線で。
空港まで連れてきてくれたルースターを、このまま置いていっていいのかわからない感情があった。
いつも明るくて元気なのに、今日はなにかに追い詰められた表情で、とても苦しそうだった。
「ルースター、大丈夫か?」
そう声をかけるとはっとしたように顔を上げて。
出発ゲートの前で、言葉をなくしている。
いつもは、最後になってしまう時間にはいつだって、これでもかというぐらいに別れを惜しんで。
それだけではなくて、年上の恋人に配慮するように。
会えない期間を不安にさせないような発言でさえ、いつも用意してくれる。
すっかり大人になったブラッドリーは、器用な人間だった。
しかり今日だけは、そうもいかないようだった。
「ねえ、マーヴェリック。
1度だけしか言わないから、よく聞いて」
空港のアナウンスが響くロビーで、真面目な顔で。
切羽詰まっているようで、この世の終わりみたいな顔をしている。
そんなルースターの頬に触れると。
少しだけ表情が緩んで、いつものように優しそうな笑みで。
でも、何かに絶望したような表情で。
「もし、マーヴが望むなら。
解放してあげるよ」
「解放?」
「自由にしてあげる」
震える声でそういって、こんな瞬間にも顔がよすぎるし、声もいいし、なにより優しいし。
なにもかもがかっこいいなんてずるかった。
「どういう意味?」
「わかってやってたんだ。
マーヴが断れないの知ってたし、うしろめたさとか、罪滅ぼしとか。
逃れられないようにしてきた」
「ルースター」
「そのまま一生、縛り付ける気でいたけど。
でも、もしマーヴが逃げ出したいなら。
今日なら、一度だけ。チャンスあげる」
少し水分を含む瞳で、でも口元は笑っていて。
最後までかわいいブラッドリーでいてくれようとする。
ちゃんと優しさをなくさないでここまで来てくれたのは、きっと天国から父親に守られてきたことだろう。
大きな手に触れてから、そっとつなぐ。
「それを言おうと?
ずっと思ってたのか?」
「そうだね。昨日、マーヴの寝顔みながら」
「寝ろって言ったのに」
「また見てた。ごめん」
「そんなこと言うのは、あの事故のせい?」
「マーヴが小さい子、抱き上げてただろ?」
「あの日のブラッドリーみたいなサイズだった」
「言うと思った」
「だから終わろうって?」
「マーヴは、過去の責任に、がんじがらめになってる」
「………」
「もう、解放されていいんだよ。
全部」
「ルースター」
「逃げられないように仕向けてたおれが言うのも違ってるけど。
マーヴはもうちゃんと全部精算したから。
命を賭けて守ってくれたし。
心も体も全部ささげて、全部、おれの思うように…」
アナウンスは搭乗する飛行機の保安検査を促している。
「じゃあ、僕が責任感だけで、この関係を続けてきたと思ってるのか?」
「どうかな」
「それって、けっこうショックなんだけど」
「マーヴ、これは大きなチャンスなんだよ?
誘拐犯が離そうとしてくれてるようなものだから」
「誘拐犯?」
「そう、けっこう凶悪な」
「ルースターが?」
「危ないやつなんだって、おれは」
つないだ手を引っ張って、強引にルースターの体を近づけて、キスしようと背伸びして唇を近づけていくと。
いつもなら良識を言うのは、年上の自分からなのに、今日ばかりはルースターのほうが周囲を気にして。
「大丈夫、みんなしてる」
ターミナルで別れを告げる人々は当然ハグもあって、キスだって。
「でも」
言ってる最中の唇に、強引にかさねると。
最初は戸惑っていたものの、数秒すれば、求めるように。
両方の大きな手で頬を包んで。
単純な別れのキスじゃないキスをする。
「誘拐犯に、流されるやつだよね。
それ」
「ストックホルムシンドローム?」
「わかってるけど、こんなことするの?
マーヴ」
「大丈夫、君は誘拐犯じゃないし。
そう簡単に閉じ込めれないよ、僕のことは」
「そう?」
ルースターが体を離したときに、アナウンスは搭乗機の最終呼び出をかけていて、乗客にゲートをくぐるよう促している。
「それにこんなかわいい誘拐犯もいない」
「また、言う。
かわいいって」
「しょうがないだろ?」
「マーヴ、もう、ほんとに行かなきゃ。
乗り遅れる」
「行かない」
「え?」
「こんな君を残していけないだろう?」
「だめだよ」
「ゆっくり話しをしよう」
「でも、フライト、間に合わない」
「だから民間機にしたんだ」
「どういうこと?」
「別に、とりなおせば済むし」
「だけど」
「いいから、話そう」
最終締め切りを告げるアナウンスを聞きながら、ルースターの手を引いて、ソファに座らせる。
「こういうこと、したくない。
迷惑かけるようなことは」
「ちゃんと大人になったから?」
「そうだよ。もう立派に大人なんだ。
マーヴの計画を狂わすことはしたくない」
真横に座っているルースターは、珍しく情緒不安定だった。
大きな窓の外、飛び立つ飛行機が気になっているようなので、座る場所を変えて、ルースターの視線がロビーに向くようにする。
「もし、ルースターが意図してそうしてたとしたって。
ぼくがルースターを好きだって感情とは、別の場所にある話だから。
全部一緒にしてほしくない」
「そうなの?」
「君は自分のことを悪いやつだと思ってるかもしれないけど。
もし法廷で争えば、僕が負けるだろうし」
「法廷?なんかすごい話になってきたね」
ルースターが少しだけ笑う。
「罪が重いのは、ずっと僕のほうだ」
「子供の頃から知ってるから?」
「親代わりになろうとしながら、君に抱かれてる」
ちゃんと自覚している罪を白状すると、ルースターは満足そうな表情を見せる。
こういう悪いことは、駄目だよと怒ってくれなきゃいけないのに。
「恋人より、父親になりたい?」
ルースターの質問は、寂しそうな声色で。
幼い日のブラッドリーと、どちらに軍配があがるのか争うような雰囲気は、前からそうだった。
「どっちも」
「欲張りだな」
その答えに嬉しそうな顔になったから、愛しくて。
どうしてこんな残酷な答えをつきつけ続けなくてはいけないのに、やっぱり側にいたいとエゴを貫き通してしまうのだろう。
「君のウィングマンにも、相棒にもなりたい。
上官でもありたいし、君の性欲も担当したい」
「空港じゃなかったら、もう、悪さしてる」
精一杯おさえているルースターが、ソファの上に置いた手を包むように重ねてくる。
「じゃあ、部屋に戻る?」
「本気でモハーヴェに戻らない気?」
「大丈夫。
お金さえ払えば、明日に、もう一回席が買える」
「満席だったらどうする?」
「サイクロンにどうにかしてもらう」
「ほら、またそうやって人のこと使って」
「多分、文句いいながら、ちゃんとしてくれるし」
「だろうね」
やっとルースターが楽しそうに笑ったので、少しほっとして。
アナウンスは搭乗便が受付を締め切ったことを告げていた。
「ルースターの本音が聞けてよかった。
そんな風に思ってるんなら、ちゃんと間違いだって言ってやらなくちゃいけないから」
「マーヴは気付いてないだけで」
「洗脳してる?僕のこと」
そう聞き返すと、ルースターは笑って。
「そうだね、考えてみれば、マーヴを洗脳できるはずないか」
「まだ、できないだろうね」
「まだ?」
「まあ、この調子で成長すれば、3年後ぐらいには君の意思で自由に僕を動かせるかも」
「そうなの?
おれって、のびしろある?」
ルースターが笑うので、つられて笑いながら、あるよ、充分と教えてあげる。
ルースターが感情的に腕を引いて体を抱き寄せて、ソファに並んだ状態で強く抱き締めてくる。
「マーヴ、ごめん。
あんなこと言って。
離れたくなんかない。
絶対に手を離したくなんかないんだけど」
よしよしと後頭部を撫でると、いつもならまた子ども扱いと反発するのに。
肩口に顔を埋めて、マーヴ、と幼い頃を思い出すかのような頼りなさで甘えてくる。
「知ってるよ、わかってる」
本当をいえば、あの教官任務だって降りたっていいようなものだった。
海軍に残りたいから引き受けたわけではない。
あのモニターでルースターの写真を見た瞬間から、もう選択肢はなくて。
本当に会いたくなかったのはルースターのほうのはずだった。
捕まえたのもこちらのほうからで、立派に順風な人生を進めているルースターを無理矢理過去に向き合わせたのも、ひきずりこんだのも。
全部。
 選抜に関しての判断だって、また失いたくない気持ちが、まったくなかったかと言えば嘘になる。
全部を鑑みれば、凶悪なのはどちらか。
本当の誘拐犯がどっちなのか、まだわかっていない年下が愛しくもあった。
「マーヴ、愛してる。
マーヴさえいたら、なにもいらない」
甘えるような可愛い声に、ルースターに見られないからと、多少は悪い顔をしてしまっていたかもしれない。
「好きだよ、ルースター」
そう伝えたときに、追加のアナウンスが入って。
搭乗予定の便が、機材の確認のために出発が遅れているという案内が流れる。
その便の、新しい出発時間は40分後という案内があって。

「運がいいね、マーヴ」
「運がないな、僕も」

ルースターの言葉と重なるように二人同時に口走る。
全く逆の内容を。
体を離して、え?という表情のルースターに、いつものように笑って見せる。
ほんとに敵わないな、という表情でルースターも笑った。
「今度こそ、ちゃんと乗って、マーヴェリック」
「せっかくもう一晩、君と一緒にいれると思ったのに」
「なにか強大な力が働いたのかな?
マーヴを西海岸に引っ張り戻す、力」
「いいや、もしかしたら君のことを守ってる天使の仕業かも。
悪い大人にたぶらかされないように、こうして守ってくれてるのかも」
「それを言うなら、マーヴのほうの天使だろ?
仕事に行けって、マーヴェリックのことコントロールしてるんだ。
こんな乱暴なことするのは、あんたの方の守護天使しかいない」
「乱暴?」
「そうだよ、乗客みんなの足止めするんだからさ」
そういってルースターが先に立ち上がり、手をさしのべる。
「来週、会いにいくよ」
ルースターからの宣言はあまりにかわいいものだった。
「来週?早いな」
「本当は、明日にも行きたいけど、オフまでちゃんと待つ。
マーヴの恋人なら、ちゃんと大人じゃないと」
「わかった、楽しみにしてる」
「連絡するから」
「本気で僕を行かせる気だな」
「あたりまえだろ?」
背中をおされて、出発ゲートに促されて、しょうがないので観念して、手をあげて笑顔を見せると。
一度は模範的な笑顔で手を振ったルースターが、マーヴ!マーヴ!と駆け寄ってきて。
X線検査場に入る直前に、再度、抱き締めてキスをする。
やっぱりもう二度とできないように。
まるで最後を惜しむように。
「この機は墜落するのか?」
「不穏な事言わないでよ」
「だって、君がこんなに、最後みたいにするから」
「1週間だって、会えないのは死にそうだって意味」
ルースターはそう言って笑う。
「さっき、君が、一度しか、言わないって言ったとき…」
「うん」
「もっと、すごいこと言うのかと思ってた」
「もっとすごいこと?」
「まあ、次の機会にでも待っておくよ」
そう言い残してゲートをくぐると、混乱しているルースターが、搭乗券がないけど、中に入らせろと検査官を困らせていた。
本気で捕まるから、やめとけ、と。
〝Negative〟ハンドサインを送って見せると、ルースターは少しは冷静になったように、すみませんでしたと、保安検査員に謝っている。
 めげずにすぐに取り出したスマートフォンで、楽しそうに笑みを浮かべながら何かを必死に打ち込んでいる。
呼応するように鳴ったスマートフォンが、何を伝えてくれるのか、開くときに笑顔になってしまうのは、どうにかおさえようにもかなわないことだった。


                        END



  • Home