MONSTER

28000文字
過去のWEBイベントでWEB公開したルスマヴェ小説です。
全体的にほんのり薄暗い要素も含みますが、一応甘い雰囲気もあるので、拙作「guarantee」などが大丈夫な方でしたらお楽しみいただけるかと思うので、どうぞお時間あれば見ていってやってください♡
再録本「Sweet complex」に収録されています。



落ち込んでしまって、机と一体化しそうなルースターにハングマンが絡みにいくのは、もう日常の光景だったので、周囲も誰も干渉はしないものの。
今日のルースターの落ち込みようというのは、ある意味、周囲から見ても特殊だった。
脱力してしまっているように、テーブルに突っ伏しているルースターに一方的にハングマンが煽り散らかしているので、
「そろそろやめといてやったら?」
と見かねたフェニックスが声をかけると、
「これはおれなりに励ましてやってるんだ」
ハングマンはそう主張しているものの、当のルースターは心ここにあらずのようだった。
今日ばかりはハングマンとの戦闘意欲もないほどに、なにもかもが終わった雰囲気でテーブルの上でとろけていたのだった。
「なんだよ、ルースター。
どうせのことまたマーヴェリック絡みなんだろ?
話してみろって」
ハングマンは煽り文句を一度中断して、問題解決に乗り出すような口調で問いかける。
じとーっと見上げるルースターから、反応を待っていると、やっと一度は状態をあげて、なにか言う気になったようなリアクションを見せたのに。
やっぱりいいや、といった風に深いため息を吐いて、また机に突っ伏していってしまうので、あまりにも拍子抜けのようなリアクションだった。
「なんだよ、ルースター。
悩みならなんでも聞いてやるって」
ルースターが弱っている姿がよほど嬉しいと、態度で表現するように。
笑みを隠せないハングマンはそこから離れようとしない。
なんとしても弱みを握りたいというような態度で、今日のそれは格別な状況であった。
もしも尻尾がついていれば、ぶんぶんと振っているところだろう。
「まあ、マーヴェリックみたいな相手は一筋縄じゃないかないよな」
何でもわかっているというふうに、あえて切り込むハングマンに、やめとけと、コヨーテが先に言った。
最初は冗談っぽく始まっても、この二人は最終的にややこしくなることがよくあって。
特にこんな風に、どちらかがいつもと違う様子を見せている日には格段にそうなりやすい。
普段からハングマンのことをよく見ているコヨーテには、そういった事情がよく理解できていたのだった。
「なあ、ハングマン。
どうやったら老けれるんだ?」
ルースターからの一言に、表情が固まったハングマンは、しばらく言われたことの意味がわからないように。
「は?」
「老けたいんだよ、おれは」
ルースターは、はっきりとそういって、ハングマンの顔をまじまじと眺める。
「聞く相手が間違ってるぞ?」
「お前だけなんだよ。
一緒にいても、おれが年上だってばれないの」
ルースターからの衝撃の告白に、ハングマンは手にしたグラスを持ったまま硬直するしかなかった。
なんだって?
受け入れがたい情報に、簡単に反論の言葉は出なかった。
「は?!」
聞き返すようにもう一度。
認めたくない気持ちもあったので強めの語気で言って。
「他のやつらと一緒だと、おれだけが年上だってすぐばれるんだけど。
ハングマン、お前と一緒の時だけは、絶対そう言われないんだ」
ルースターからの衝撃の一言に、ハングマンはそこから駆け出すように離れて、バーの中の鏡を探し出す。
表面にレトロな柄が細工してある店内の鏡を発見して、映る顔を右に向いて、左に向けて。
最後に正面から自分の顔を直視し、納得できないように振り返って。
「なんでだよ!
おれが一番、気をつかってるのに!」
大声でそう言ったかと思うと、そのあとはスキンケアから始まり、メンズビューティーのあれこれを語って。
ルースターの落ち込み具合はどうでもいいようだったし、当のルースターはといえばハングマンのそんな話はどうでもいいような雰囲気で、
「頼むよ、ハングマン、教えてくれってばー!」
と真面目に懇願している。
まったく会話がすれ違っている二人を、ボブとフェニックスは、これぞ最上のつまみだと穏やかに眺めて。
老けていることを徹底否定するハングマンと、老け技の伝授を請うルースターの並行線の会話を、打ち止めるように質問を投げたのは、他でもないボブだった。
「なんで老けたいの?ルースター」
ボブは屈託のない笑顔で、かわいい顔をしてそう問いかける。
彼は、他の誰もが言えないことを、さらっと言葉にしてしまう特性があって。今日もかわいい笑顔でそれを実践して見せてくれている。
「なあボブ。お前になら、わかるだろ?
髭をはやしてなんとかごまかしてるけど、基本的にはおれはベビーフェイスなんだよ。
ボブ、お前もそうだろう?」
ルースターから、やっとの本心が言葉として溢れてきて、そういうことかと周囲も納得する。
「別に僕は老けたいとか思わないけどね」
まだこの会話に戻ってこれないハングマンは、次はスマートフォンのインカメラでなにかを調整するのに必死なようで。
ボブはすっかりルースターとの会話をとってかわっていたのだった。
「お前はまだ若いからな。そのうちわかるさ。
然るべき年齡になっても、若く見られるのは辛い」
ルースターはそんな本音を展開して、再びうなだれてしまい、テーブルへと突っ伏してゆく。
「っていうか、別に若く見えないけど?」
フェニックスがそうきっぱりと言うと、やっとハングマンからの反応があって。
「だよな!お前、全然若くなんて見えないぞ」
それに乗っかるようにルースターにそう畳み掛ける。
「だとしたら、あと10歳年上に見えるようになりたい」
ルースターのその言葉に、ようやく全員が彼の言わんとすることを理解してきて。
「なるほどね。
親子にでも間違われた?」
フェニックスが図星を言い当てたようで、ルースターは悩まし気な顔から、ついに悲しそうな表情になってしまう。
途中までは必死におれは老けてないと自分と向き合っていたハングマンが、ようやく安心したように笑った。
「お前はまだガキくさいところがあるからな、ルースター」
一度、じろりとハングマンのほうを睨んでから。
「マーヴェリックが若く見えるから、油断してたんだ。
だけどまさか親子に見られるなんて、ショックだ」
ルースターは罪を告白するように、うなだれたままそう言った。
マーヴェリックが若く見えるという話は、全員の見解が一致しているし、不思議なことにマーヴェリックとルースターが一緒にいる光景は、実際に存在している年齢差をまったく思わせない部分があったのだが。
確かにそれは周囲が二人をよく知るからであって。
予備知識のない状況で二人を見て親子と評したのなら、自然な話でもある。
「いいと思うけどなぁ、ハンサムな親子で」
ボブがにこにこしながらそういうと、横から納得できない様子のハングマンが、『なんでお前はその言葉をおれには使わない』とむきになっている。
どうやら〝ハンサム〟という表現についてこだわっているようだった。
事実、ボブはそのワードを、軽率に誰にでも、サイクロンのことも、コヨーテのとことも。
少し懐かしい響きもある表現を、惜しげもなく使うのに、ハングマンを示す時には引用していなかった。
「で、その時のマーヴは?
どんなだったの?」
フェニックスからの質問に、ルースターはそう聞かれるとは思っていなかったようで、え、と無防備に返す。
「大佐も嫌がってたわけ?」
続けるようにフェニックスが質問を投げかけると、ルースターは少し言葉を止めて。
いろいろ思いを巡らせてから、
「言ってきた相手に、むきになって否定してたから。
マーヴがどんな顔してたか、見てなかった」
また自分の至らなさを語るようにそういったルースターは、なんで見てないんだ、おれは!と頭を抱え込んでいる。
「なにそれ。
そこが重要なんじゃない」
フェニックスが追いうちをかけるように言えば、ルースターはううう、とうめいていて。
余計に苦しんでいる同僚に、
「案外、あの人は嫌がってないんじゃない?」
そう励ましの意味をこめて伝えてやれば、
「なんで?」
心底不思議そうに、フェニックスに問い返して。
なんでそう思えるのか、本当に理解ができない様子だった。
「だって、大佐って。
たまに『自慢の息子なんです!』みたいな顔してるから」
フェニックスの言葉に愕然として、言われてみればそうだと、みんながうなずく。
ルースターはため息を一つもらして、誰にも理解してもらえない思いを結局、胸にかかえこむしか選択肢がないのだと、ようやく悟ってくるのだった。






 マーヴェリックが暮らす家だと主張する格納庫に来れば、たしかにいつも整備を一緒にして。
スポーツの中継なんかを見て。
言われて見れば、セックスを除いては、親子めいたことばかりをしているのはそうだった。
ある日の夜に、眠ったふりして油断をさせて、実は迫る気でいたけれど。
眠りについたのを見計らったかのように、あまりに愛情をこめた手つきで髪を撫でるマーヴェリックに、簡単にねたばれできなくなった日があって。
『おやすみ、ブラッドリー』なんて、恋人のそれじゃなくて、父親が子供にするようにされてしまえば、その日の計画はなんとなく遂行していいものではない気がしてしまい、髪を撫でる手の感触を味わって眠ってしまったのだけれど。
まるで何かの感情を埋めるかのような、マーヴェリックの挙動はこの時ばかりでなく、ちらほら見られるものだったけれど。
特に相手が眠った時に見せるものなんて、本音中の本音なのかもしれない。
もしかしたらマーヴェリックが一番に求めることは、性欲まじりのこうした関係ではなく、ただ息子のような存在として隣にいることなのだろうか。
幼いころから知っていて、愛情を注いでいる、親友で相棒の息子が、懇願するように求めるから体の関係にも応じてはいるけど、マーヴェリックの究極の理想はそれなのかもしれない。
そう思い始めると止まらなくなってしまって、勝手に落ち込んでしまって。
強く求めるから、セックスにも応じているだけなのだとしたら、大好きなマーヴェリックの心は永遠に満たせないことになる。
もんもんとしたまま、仲間たちと飲んで、その話にも言及したけれど。
ハングマンにも、実年齢より上に見える方法を伝授してもらえなかったし、結局のところ悪い考えは進んでいく一方だった。
そんな思いのまま、結局は次に二人で過ごす休日を迎えることになってしまう。
今回はそんな考えを払拭すべく、最初から最後までやりまくると決心していたのに、逆にマーヴェリックが親子関係を望むのだと確信を持てるような出来事がこの滞在期間中に起きてしまうなんて、想像もしていないことだった。
いつもならマーヴェリックに会いに行く時はどんなに時間がタイトであろうと軍関係の服装からは着替えていくようにしていた。軍服を身にまとって基地の外に出るのはあまり好きな方ではなく。
もちろん持ち出し禁止の装備さえつけていなければ、外に出る際に軍服を着用していても違反ではないので、むしろあえてそれで街に出る人間もいるぐらいだけれど。
そうする人間の考えを聞けば、「誇りに思っているから」とか、「着替えるのが面倒だ」とか、「これ以外まともな服を持ってない」など、それなりの理由も聞かせてくれる。
今日、マーヴェリックの元に行くのに、着替えていないのは、輸送機でやってきたからで。
以前にモハーヴェにやってきた時に、確かにオフではあったものの、同期がハンヴィーに乗せてくれたので、アロハのまま乗り込んでやってきたら。『海軍関係の車両に乗っているのなら、ちゃんと着てろ』と、マーヴェリックからは注意があったし。
だから、今日も同方面のトラックに同乗してきたので、今回はちゃんと軍服のまま。厳密には装備を取り外した状態のパイロットスーツのまま。それはほかでもないマーヴェリックの教えを守っているのだけど。
「先に着替えたかったんだけど」
会うなり言っても、マーヴェリックは満足そうな表情をするだけだった。
悪目立ちするのは、想像した通りで。空腹だったので、先に食事をしてからハンガーに戻ろうと考えていても、ダイナーで年配の男性から『国のために立派だ』なんて、言われるので。
まるでそういうことを言われたくて闊歩しているようで居心地が悪く感じてしまう。
せめてサービスカーキで来るんだったと、見る者が見れば軍人の中でも職種まで推察されるような、ワッペンのついたつなぎに、自分の選択肢を反省しても遅かった。
「マーヴ、やっぱりテイクアウトにする?」
「なんで?腹が減ってるだろ?」
「だけどさ」
他にそういう風に見る人がいないか、周囲をちらりと見れば、
「いいじゃないか、感謝されることは」
何に居辛さを感じているのかわかったマーヴェリックが笑う。
「別におれはそういうのがしたくて、海軍にいるんじゃない」
「そうか?
実際、国に貢献してるだろ?」
「そんな壮大なビジョンを持ってるわけじゃない」
「結果、達成できてるなら…」
「マーヴにちゃんと一人の男として認められたいから」
それはまぎれもない本心だった。
立派なネイヴァルアヴィエイターになれば、きっと対等に話ができる日が来るんじゃないか。
マーヴェリックの手で処分された願書を書いたときににも、誰にも阻止させない、二度目を書いた日にも。
根底にあった感情はかわっていない。
「………」
言葉をなくしてしまうマーヴェリックは、こういう時に妙に、じーんとしていたりするから、かわいくてどうしようもない。
「マーヴェリックに守られるばかりじゃなくて、ちゃんと………」
本当はそのあたりが一番重要なのに。言ってる最中に、マーヴェリックが大事そうに持っている番号札の番号が呼ばれて、視線がそっちにもっていかれてしまう。
もう話のハイライトは終わったとでもいう雰囲気で。
マーヴェリックは、確かにそういうところがあるけど。
もう注文のことしか頭にないのかと思ったけれど、案外席を立ってすぐにこちらを振り返り、
「気になるなら、持って出て、外で食べよう」
爽やかな笑顔でそう言ってくれた。
そんな感じで、会ったとたんから何度も猛烈にかわいいから、どうしてやろうかと思案してしまう。
「マーヴ」
「天気もいいし、気持ちいいぞ?」
望めば大抵のことは、いやだと言わない性格が、最初は単にかわいいとか、優しいとか、思っていたけれど。最近じゃそれだけじゃ済まされないような気がしてくる。
いざ二人きりになっても、この年上の恋人はなんでも要求を聞いてくれて、すべてに応じてくれる。
唐突なキス、ぐらいは、受け入れてくれても。ちゃんと、付き合ってるはずだから、まだ得る範囲でも。
何日も会えなかったあと一緒に過ごせる休暇ではたいてい、性欲がおさえられなくて。そのうえマーヴェリックが可愛くて愛しいから、強引に押し倒してしまう時もあるのだけど、それにも一切文句は言わない。
興奮したまま、バックに持ち込もうとしても好きにさせるし。
自然な体位の移動ではなくて半ば強引に体を持ち上げて、上にまたがらせてしまって騎乗位を強要しても、ちゃんと自分で挿入しなおしてくれる。
このあいだなんて、膝のあたりから体ごと抱えて、壁に背中を押し付けるような形でしたのに。
『重くないか?』なんて可愛い声で言ってくれるほどだ。
そんなマーヴェリックにとっては、テイクアウトぐらい簡単なことだろうけれど。
受け取ったオーダーを、紙袋に入れて。
飲み物は、律儀に蓋を探している。
こういうのは、付き合い始めてから変化を見せた部分の一部でもあった。
可愛い顔していても、案外粗野な振る舞いが多いマーヴェリックの、世話をするのは嫌いじゃなかったけれど、最近は何かを学ぶように、いちいちちゃんとするのは、きっと心境の変化もあるのだろう。
「いいよ。おれが持つから」
そういって横から手を出すと、
「せめてルースターの分だけでも」
そういって手を伸ばして、ぎりぎりで蓋をとって、自分の分はどうでもいいけれど、といった風にそうしたときに。
何かを理解しようとしてくれている動きの一つなのかと思うと、結局かわいくてしょうがなかった。







昼食を終えて、買い出しをすると言って立ち寄ったのは、食品から衣料品まで、たいていのものを取り扱っているマーケットだった。
休暇中は籠城すると息巻いているマーヴェリックは相変わらず愛しい存在で。
滞在期間中は、調達の必要がないように買い込む姿は、別にずっとセックスしてようと、言ってるわけじゃないのに。なんだか妙にえろくかんじてしまう。
二人で買いまわっていると、何か困っていそうな年配のご夫婦に、手を貸していたマーヴェリックはとても模範的で親切な態度だった。
マーヴェリックに言われるまでもなく、棚の高い位置から商品をとっただけなのに丁寧に、ご夫婦にはお礼を言われてしまうので、そんな困難なことをしたわけじゃないので、それ以上言わせるのもなんだったし。笑顔を返して、自分だけ離れたけれど、マーヴェリックはそのまま二人と何かを話しているようだった。
マーヴェリックは、こうしてたまにこうしてちゃんとした人っぽいところをちゃんと周囲に見せる時もある。たまにはそういう良識のあるっぽいところを、任務を機に仲良くなった中将にも見せてやってよ、そう帰ってから言おうと思った。
なにせシンプソン中将の頭痛の種を増やすのは、最近では、マーヴェリックの最近の趣味かのような要素もあるから。
周囲は二人のそういったやりとりをバトルめいて言っているものの。マーヴェリックを理解していれば、あれはじゃれているうちの一種で、楽しんでいる部分が大半で。中将のクラスまでいけば、そこまで世話の焼ける素材なんていうのはそう身近にいないだろう。だからマーヴェリックへの興味は深まる一方なのだから、そろそろ、特殊な素材だということを知らしめる行為は控えて欲しいと思っていた。お利口なふりして退屈させてあげてれば、こんな心配もなく東海岸に戻れるというのに。
マーケットの中で、夫婦と話すマーヴェリックをそっと置いていったのは、これはちょっとだけのチャンスだとも感じたからだった。
このすきに、そこそこ露骨なものを手に入れようという思惑があったので、一人ファーマシーゾンに向かい、専用レジで目的のものを手に入れて、何食わぬ顔をして戻る。ミッションは滞りなく成功だ。
こんな心配をしなくても、マーヴェリックの住まいに行くと『新製品なんだ』と、わりとニコニコしながら出してきてくれることもあるけれど。100%そうかといわれると、まちまちだ。
万が一にでも、『足りないからやめとこうか』なんて言われれば死んでしまうのは圧倒的に自分のほうだ。
夜中にほぼ半裸で、マーヴェリックのバイクを借りてモハーヴェを爆走しないですむためにも、ちゃんと厚が薄めのそれを手に入れられて、安心を得れる。
そのまま、さっきまでいた付近まで戻ると、マーヴェリックとご夫婦の雑談は続いているようだった。
「彼は息子さんですか?」
棚をはさんだ向こうでそんな会話に突入している。

またそれだ。

目下の悩みである推測を今日も投げられているので、はあ、とため息をついてしまう。
商品の棚の向こうに見える、3人の姿に、やれやれと思うのも仕方ないことだった。
そんな間違った指摘をされているのに、マーヴェリックがなかなか否定しない。きっと『まあいっか』の境地にでも至っているのだろうけれど。
こっちにとれば、そんな簡単じゃない。親子疑惑は今一番苦しめられている話題なのだから。
マーヴェリックは実年齢より若く見られることが多いし、本当はそれが優位に働いているはずなのに。それでも言われるのは、特有の空気でも出てしまっているのだろうか。
顔なんて全然似てないはずだ。
 ご夫婦は、親切で優しい息子さんだと、関係性を断定してそういって。そういった類の誉め言葉はよく言われはするけれど。軍人であることにも言及して賞賛している。
「立派な息子さんですね。
誇らしいでしょう?」
そんな論調になるのも、この会話からすれば不自然ではなかったけれど。
息子じゃないと否定するのもタイミングを逃しただけかもしれないけれど。ただ一つ、そこで問題だったのは、棚の間から見たマーヴェリックの表情だった。
とんでもなく嬉しそうで、まるで本当に自分の息子を褒められたかのような幸せな表情で。思えばこの関係を始めてから、こういう類のマーヴェリックの表情は見たことがなかった。
一緒に行った両親の墓石の前では、この関係に罪悪感を隠せなかった横顔が見えた。胸が痛かったのを覚えている。
一度、たまたま入ったバーが、男性同士のカップルが多い店だったから。本当にごく普通に、恋人同士だと見抜かれただけなのに、あの日も一生懸命否定していた。
あの任務の仲間たちにも、全部ばれているというのに、本人は絶対にそうとは認めない。
つきあっている事実には、辛そうだったり、むきになって隠したがったりするのに。親子という解釈をされれば、こんなに幸福な表情になるのか。
満足そうな表情と声色で。
もらった言葉をそのままに喜んでいる。
マーヴェリックはどうしてここまできても、この夫婦に、自分たちは親子じゃないといわないのだろう。
恋人同士じゃないとは、ああまで言い切るのに。
そんな風にうれしそうに親子関係を肯定されてしまえば、やっぱりマーヴェリックにとって、二人で家族という関係を築くということは、願っていたけれど、結局叶わないと諦めた望みだったんじゃないかと、だんだんとそんな思いが確信に近くなっていってしまう。






ハンガーに戻ると、整備してくれといわんばかりの中古のピックアップトラックが一台、中に置かれていた。
格納庫にあるものは、大抵のものは整備が行き届いて。
もちろん定期的なメンテは必要でも。
いわば手直しがおおがかりに必要な、いわゆる〝大物〟がなくなりつつあるタイミングだったから。
まるで終わらせないように用意されたそれを、ぼんやりと見つめてしまう。
「いつも車、持ってこれるわけじゃないだろうし。
ルースターが自由にできるやつがあってもいいかと思って」
マーヴェリックは楽しそうな表情で言った。
普段であれば、ちゃんとしたリアクションが返せるのに。

今日ばかりは、まだ親子ごっこがしたいのか。
恋人同士の関係よりも、それが望みなのか。

そう思い始めてしまって止まらなかった。
まるで感情が暴走するように、その思考を消し去ることができない。
「別に、こんな手入れしがいのあるものじゃなくてもいいのに」
「そうだな。
ただ、一緒に整備とかしてるのが楽しくて」
「来たら体ばっかり求めるから、嫌だった?」
「え?」
「もっと、こういう健全な時間のほうがいい?マーヴ」
「ルースター、どうしたんだ?」
「ごめん、ちょっと疲れてるみたい」
せっかくのサプライズだったかもしれないのに、喜んだりできなくて。
そんなことを言って落ち込ませさえしまって。
ただ、こればかりはどうしようもできなかった。
この悩みは今に始まったものじゃなくて、最初に間違われた日からずっとある程度の期間を、毎日のようにずっと思い悩んでいることだったから。
はやくちゃんとした恋人になりたいのに、マーヴェリックが望むのは保護者ばかりで。
父親と息子のやりとりを懇願している相手に、全部で受け止めさせるようなセックスをさせて。それでいいのかだんだんわからなくなってきてしまう。
 ずっと今日の日を心待ちにしていたのに。
マーヴェリックに会えることが、今の自分のすべてで。
何か嫌なことがあっても、週末を糧に乗り越えられるなんていうことに、人を愛することの素晴らしさを教えてもらったりもしたし。
つまり、今日会えることを心から楽しみにしていたはずなのに。
夜の時間帯にさしかかっても、頭の中が感情に支配されていて。一緒にとる食事の最中も、ずっと一つの悩みが頭から離れない。
マーヴェリックが楽しそうに話す言葉さえも、ちゃんと耳に入ってこなくて。だけど時間は当然のように流れていくから。
外は暗くなって、いつもならそういうことに突入する時間帯はちゃんとやってくる。
昼間にはあんなにも、『自慢の息子だ』みたいな顔していたくせに。ちゃんとこの時間帯になれば、密接な行為をするような流れを作るマーヴェリックに。
いつものように、素直にそれを受け入れていいのか葛藤が芽生えてしまう。
マーケットでの幸せそうな、マーヴェリックの父親みあふれる表情を思い出してしまえば、脳内が矛盾を処理できない。
いざ、ベッドで行為だというときに、たまに人のシャツを着るのは、勝手をするんじゃなくて、本当はその姿が好きだからすると知っていたし。そこから伸びる素足は、黒のボクサータイプの下着をつけただけで。いわゆるすぐにできるように。
ちゃんとベッドメイクも頑張るのはいつものことで、そんな体を捕まえて。強く腕をつかんで、引きずるようにトレーラーから連れ出してしまう。
「ルースター?
どこに?」
マーヴェリックが修理のために用意したピックアップトラックの荷台の、いちばんうしろのドアを倒して、マーヴェリックの体を持ち上げて座らせる。
それはいつものように丁寧に扱えていなかったし、座らせたあとに足を開かせて、体を割り込ませて。
そんなところで着衣に手をかけると、マーヴェリックの表情が困惑していて。
「ルースター?」
「ここでしていい?」
「え?」
「お願い」
その言葉を付け足すと、マーヴェリックはほとんど断ることはない。
「別に、ルースターのしたいところでいいけど」
「ほんとに?」
あまりにも無骨な車のボディは、セックスになんて向いていない場所で。
きっと本気ですれば、痛くさせてしまうとはわかっていた。
それでも、マーヴェリックが着ているシャツを奪い取るようにして脱がせて。
下着だけになった状態で、まだそれは脱がせずに、布の上から体の中心に唇で触れると、マーヴェリックが直視できないように視線をそらした。
想像したより、こういった事情にあけすけでなかったマーヴェリックは、たまに些細なことでも恥ずかしがってしまって。
場合によっては、集中さえ削がれてしまうので、そういう問題を回避するにはどうすればいいか、頭を悩ませてきたものの。
実際のところ、最中に、目の前の現実から逃げようとする小さな動きの中には、罪悪感という項目も存在していて、それは本人も認めたこともあった。
まだ脱がさずに、布の上から唇と舌で愛撫すれば、あっというまに兆してくる体の反応だけが、唯一感情を救ってくれるものだった。
ちゃんと興奮してくれている。
そんなことに安心してる関係なんて、それで正しいのだろうか。
もしもこの先に、もっと強くマーヴェリックが親子関係を切望し始めれば、こういう反応もなくなってしまうのかもしれない。
「ルースター、なんか、それ」
じれったいように腰が揺れて、布一枚がもどかしいような動きには、甘さがあって。
早く昼のことなんて忘れて、いつものように甘ったるいセックスをと思うのに。
「マーヴ、かわいい」
「ちょっと、それ、やめないか?
ちゃんと脱ぐよ」
「嫌だ」
唾液で濡れて、だんだんと布の感触から生々しく、その向こうにある熱を撫でるような感覚に変わると、マーヴェリックの呼吸がだんだんと呼吸が乱れてきて。
少しだけ下着をずらして、先端が空気に触れるぐらいに。
全部は脱がせずに、よほど裸にされたほうが健全と感じるように、下着をずらす。
冷たくて、そう優しくはない場所で、マーヴェリックが羞恥に耐えるように顔を横に向けた。
下着から露出された先のほうを口に含むと、体が少しだけ構えるように揺れた。
「それ、なんか」
「マーヴ、ここほら、ぬるぬるになってる」
「ルースター、待って」
先から溢れる体液をなめとっていくと、我慢できなくなって、下着をずらして性器を露出すると、少しだけ安堵するようなリアクションがあった。
どこまで許してくれるのか、いつも何かを試してみて、嫌がられないか反応を見ているけれど、たまにいやだと言いつつも興奮したりもするから。正直いえば、マーヴェリックの研究ノートが数冊出来上がりそうなぐらいには、分析はすすんでいた。
それでも解明できない部分は、まだまだ山ほどある。
やっと下着も取り払うと、トラックの荷台で全裸であおむけになる姿に、こんなところでなく、やっぱりベッドで優しくしてあげたい気持ちと。でも今日はここで、確かめなきゃいけないことがあるという強い決心と。
二つが争うように心の中に存在していた。
 口でマーヴェリックの性器に刺激を与えながら、判断力が鈍ったころに指で奥の方に触れると、たった指だけでももったいないぐらいの甘い声が聞こえてくる。
正直にいえば、早く中に入りたくてうずうずしていて。
準備はきっちりしたいけれど、挿入した指が食べられてしまっているように、収縮しているその場所に、入れればどんなに気持ちいいか知っているだけに、それは精神力の問われる瞬間だった。
ぐちゅぐちゅと音がするその場所を、もっと負担がないようにしなくちゃいけない。
本人なりに準備はしているのだろうし、よく、「もう大丈夫だから」とマーヴェリックは言うけれど。
しばらく滞在していれば、挿入はだんだんと、負担をかけずにできるのに。
日をあけると、禁欲でもしてるのかというほどに、狭くて、反応も単なる快楽だけじゃなくて、割り開かれるような一面も見せるし。
いない間に、指でとか、アイテムで、楽しみ過ぎられてもさみしいけれど。
だからって、こんな何回でも、バージン相手みたいなそういうのは。
「もう、マーヴ、えろすぎ」
泣き言が出てしまう。
心を鬼にして、尋問するつもりなのに、あまりに愛しい体を徹底的に甘やかしたくて、計画だおれになりそうだ。
こんな余裕のない相手に、尋問なんてできるのだろうか。
「ルースター…、それ、きもちい…」
これは挿入を円滑に行うための、いわば序章なのに、きちんとそういった感想を述べて。
こんなにもしにくい場所でも、ちゃんと快楽を示すように動く体に、本当は自分は立ったまま、マーヴェリックだけを荷台の上で足を開かせて続けようとしていたのに。
どうしても我慢できなくて、そこに乗り込んでいってしまう。
理性と戦って、きっちりと準備ができたはずだから、時間をかけて柔らかくなって、苦痛が軽減したはずのマーヴェリックのそこに性器をおしつけ、ゆっくりと中に入っていくと。
「あ、ルースター、すごい」
「マーヴ、痛くない?」
「大丈夫」
「すご、気持ちいい」
「ブラッドリー」
名前を呼んで抱き着いてくるマーヴェリックは、何度体を重ねても現実味がない。
ずっと手にいれられずに、焦がれた相手が、本当にこうして求めてくれているのだろうか。
現実なのだろうか。
挿入すればもう、耳に毒なんじゃないかと思う、快楽へと素直に導かれる甘い声が聞こえる。
「んっ、あ……っ、ブラ…っど、すごい、深い」
「マーヴ、ずっとこうしたかった」
「ん、僕も…」

ブラッドリーと一つになりたかった。
うれしい。
もっときて。

マーヴェリックの言葉に、だんだんと正常な思考が打ち砕かれて。
当初に考えていた、マーヴェリックがとろとろになったころに、どうしても暴きたい質問を投げようと計画していたけれど、マーヴェリックより先になんの思考力もなくなるのは自分のほうかもしれない。
こんな甘くて誘惑的な体に、抵抗できるはずがないのだから。
受け入れる場所が、押し込むたびに、きゅうと締めるように、吸い付く。そうなれば接合部から、ぐちゅりと音がして。
腰を動かして、何度も出入りして、快楽に完全につきおとされる一歩手前で首を横に振る。
だめだ、今日にあのことを問い詰めないと、絶対にだめだ。
「ねえ、マーヴ。
なんで今日、おれと親子みたいに言ったの?」
どうにか自我を引っ張り戻して、耳元にそういう質問を流し込む
不意打ちの質問をするのは、こういうときには本音がぽろっと出てしまうだろうから。
マーヴェリックから何かを引き出すのは至難の業だとわかっているから。
「え?」
熱に溶かされたような声で、何を聞かれてるかもわからないみたいに。
どうにかうっすら目をあけて、問い返してくる。
こういう瞬間に尋問しようと、計画して実践する自分のずるさは重々承知していた。
普段のマーヴェリックとの会話では、どうしたって相手に余裕があって、感情的な話ではいつも諭されてしまうし、本音は聞けない。
セックスでぐずぐずになっている最中なら、いくらマーヴェリックでも油断して、本当のことを白状してしまうかもしれない。
「恋人だとは絶対言ってくれないのに」
こんなのはただのわがままだと知っていた。
ただ不安なだけで、好きだと言ってもらいたがってる、子供じみた振る舞いだ。
これじゃあまるで現状を後押ししているようなもので、こんな風だからマーヴェリックが親子だと振る舞うのかもしれない。
「待って、ルースター…、そんなの…今?」
いつもはこれでもかっていうぐらい優しくしているつもりだし。逆にいえば、マーヴェリックに提供できるものなんて、それぐらいしかないのに。
今日はそれさえも保てないなんて、どんどん悪いほうへとひた走ってる。
「おれは、あんたの息子じゃない」
傷つけたくて言ってるわけじゃなかった。
ただ、マーヴェリックに、「君は僕の恋人だよ」と言って欲しいだけの、ただ未熟な感情で。
いつもは表情を確かめながら、うまく快楽を導けるように手を尽くすのに、今日ばかりは自分が性的な欲望をぶつける恋人なんだと理解してほしくて。
わからせるように奥の方まで挿入して、どういうことをしているのか、もっと感触として知ってほしくて、全部を挿入してから引き抜いて、また一番奥まで。
これでも違うっていうのか?なんて、もっとほかにとれる手段はなかったのか。
本当にそうして欲しいならなおさら、もっと恋人らしくしなきゃいけないのに。
「ねえ、こんな声出しで、こんなのここに…」
繋がっている部分に視線をわざと落として、
「ほら、もう、こんなにくわえこんでるのに」
「ルースター…」
「それでもおれがあんたの息子なわけ?」
「や・・・っ」
深く押し込んでから揺するようにして動かして、いくら鍛えているといっても、全体的に小さいマーヴェリックの体をわざと揺さぶると、こんなに簡単に揺れてしまうし。
すがるように掴む手に満足感なんて覚えている場合じゃない。
「んんっ、それ、待って」
ちゃんと快楽を示してくれることに、泣きたくなるような感情があった。
だけど、これまでのことを振り返って思い出すと、いつだって亡くした父親の役割を担っていたマーヴェリックの表情ばかりがあって。
愛情の一環なのか、贖罪めいたものなのか。
結局なんでも差し出してくれるマーヴェリックが、仮にあったとしたって自分のエゴを通すわけがない。
「いいよ、好きに呼べよ。
kidでも、boyでも、my sonでも」
本当にちゃんと話がしたいのなら、なにもセックス中に切り出さなくてもいいはずだった。
冷静に会話できるシーンはたくさんあったのに。
だけど真正面から答えを聞くのが怖いから、単なる逃げのような行動にほかならない。
 あらゆる種類の愛情を、混在できるマーヴェリックに、ついていけない弱音みたいな部分だとはだんだん認識し始めていて。
『大きな愛なんだ』じゃ理解しきれないし、これはただ恋人とだけ、認識して欲しいなんていうわがままで。
『ねえ、親子がこんなことしないでしょ?』そう言いたいだけのパフォーマンスのはずだったのに、言葉にすれば胸がえぐられるように苦しかった。
最初から、この関係自体が間違っていたのかもしれないと、そうとさえ思えてきてしまう。
マーヴェリックの体を抱き寄せて、首のあたりに顔を埋めて。
泣き出しそうだなんて、馬鹿らしい。
ひどいことをしてるのは自分のほうなのに。
「ブラッドリー・・・」
「いいよ、マーヴが言わないなら、おれが言う」
耳元に唇を近づけて、性欲にまみれた声で、耳元で『daddy』と囁いて聞かせる。
さっさとこんなやつ突き飛ばして欲しかった。
『ねえ、ここがいいの?父さん』
なんて、言ってはいけないことを言ったところで、マーヴェリックは抵抗もしなければ、突き飛ばしたり、殴ったりもしなかった。
だけど、受け止める体の力は抜けてしまって、それまではすがるようだった腕も離れて。
体を離して表情を確かめると、感情を切り捨てたように。ただされている物理的な行為を受けるだけの表情だった。
まるで、合意のない性交でも、強要されているかのように。

そうか。いつだってマーヴェリックは、中断する方法なんて簡単にもっていたのか。

なにも強引な手法など駆使せずとも、マーヴェリックには行為の継続か否かを、自由に選択できるだけの術を、腕力なんかじゃなく持っていたんだ、最初から。
自分がわかっていなかっただけで。
いつもは、もう少しでもっとよくなりそうなところを、抵抗してしまうマーヴェリックに、腕をおさえこんで少し強引にしたり。
体格の差もあるし、本気になれば本人の意思に反してでも、腕力で抑え込めたりもすると、どこかでそんな思いもあって。
まさかそんなことは、実際にしたりはしないけど。
やれば不可能じゃないと思ってるところが心のどこかにあって。
だけどすべての主導権は、本当はマーヴェリックのほうが握っていることがこれで明白になる。
本当はいつだって彼のほうからやめさせられるのだと、こんな時に知った。
たったの数秒で、もう続きをできなくなるだけの表情を、いとも簡単に見せられるのだから。
こんな究極の手段を持っているのだから。
 そこまでくればやっと冷静になって、自分のしていることがなんなのか、やっと自覚ができてくる。
抵抗もなくただ人形のようになる体から、ゆっくりと引き抜くと、その際には瞳を閉じて、我慢しようとしても甘い声が漏れるから。たったそれだけのことで、かろうじてちゃんと意識のある相手と、していたとわかるぐらいに、全部がまるで、スイッチをオフにしたようだった。
性器を引き抜いて、体を離すと、冷静になればこんなところでと、なおさら思うような、あまりにやさしくはない感触だろう、荷台で小さく丸くなってしまって。
全部閉ざすように、もう視線も合わせてくれない。
「マーヴ」
名前を呼んだ声があまりに情けなくて。謝罪さえも言えなかった。
こんなことしたくせに、裸のまま小さくなってるマーヴェリックがどうしてもそのままにできなくて。
うずくまった体に脱がせたシャツをかけると、少しだけマーヴェリックの体の力が抜けるのがわかった。
弱っているマーヴェリックの髪なんて撫でたりしたら、ちょっとサイコパスっぽいような気がして、触れられずにいた。
こんな展開になって、マーヴェリックが傷ついているから中断しているのだから、すぐに萎えるべきだと思ってるのに。
全然そうはならない体があさましくも感じた。
こんなにも傷つけて、マーヴェリックが辛そうにしてるのに。
本人から許可さえあればまだできる体は、何か大切なものが欠如してしまってるような気さえする。
マーヴェリックと関係を始めると、幸福感も、絶望感も、すべてが嵐のような勢いだった。
こんな幸せがあるのかと思い知らされると同時に、こんなに怒ることができるのかと、自分がまだ知らなかった本性も暴かれてしまう。
まだ硬さを保ったまま、というよりもむしろきつい状態でコンドームを外すようなことが、今までないのだとわかると、いかにこれまでの人生は順番どおりのことしかしていないのかと思う。
欲情して、装着して、射精して、外す。
いったあとで、少しだけ膨張が緩まって外せる時にしか外していないのは、別に当たり前のことでもなんでもない。
もうちょっとましになってから外そうかと思っても、全然熱はひかないし。つけたままそこにいれば、終わってないのかと怖がらせるような気もして。
だからといって、外したところで、しないとも限らないなら、余計に怖がらせるような気もするけれど。
当のマーヴェリックはそこでうずくまったまま、目を閉じているし。
もうこちらに視線を向けてはくれない。
 なんとなくの予想で、マーヴェリックはこんなことを、つまり相手にやる気がまだまだあるのに、中断だということを、過去の相手にも強いたんじゃないかと。こんな時に思うことでもないのに思ってしまう。
今はかなり性格的にも穏やかになったのだろう恋人の、過去の相手が相当振り回されたんじゃないだろうかというのは漠然と思うことがよくあった。
恋愛遍歴についてなんて、マーヴェリックが語ることは一切ないけれど。
本人が言わなくても、マーヴェリックが以前と違って、年齢とともに、性格も温厚になったというのは、時間があいたとはいえ明白なことだった。
マーヴェリックが『久しぶり!』と言って会う人間の大半は、先日までは教官として若きアヴィエイターたちを率いたことを聞けば驚くし。
中将のことは引き続き怒らせたりしているものの、それでも司令官とちゃんとやってることに。
『落ち着いたものだな』
『丸くなったな』
『ちゃんとした大人になったんだな』
というような評価を下されていて。
『君のおかげかな』なんて。たまに側にいる存在として褒めてくれたりもした。
そんな〝落ち着いた〟はずのマーヴェリック相手でも充分に振り回されてるし、今もって破壊力のかたまりのような男だと感じるのに。
もっとすごかったときなんて、一体どんな調子だったのだろう。
今だって十分に、たった一つのリアクションで、こうまで感情もぼろぼろにされているのだから。





ハンガーを出て、だだっぴろいコンクリートの上に座って、広がるモハーヴェの広大な夜空を見上げる。
あのままマーヴェリックだけをあの場に置いてくるなんてこと、したくはなかったけど。
黙ってそこにいれば、余計にいやな気持ちにさせるだけで、なにもできるわけじゃないから。
『ごめん、許して』と泣きつこうか。今ならまだ間に合うかもしれない。
それか『中途半端な気持ちで言ったんじゃない、本心だ』と開き直ってしまうおうか。
マーヴェリックを失望させて、これで最後のセックスになってしまうなら、せめてもう一度だけ。
このまま襲うような強引さで、奪い尽くしてしまおうか、という危険思想さえ出てきたので、安全策として物理的な距離をとった。
ここでレイプまがいのことなんてしたら、もう永遠にマーヴェリックの人生からログアウトしないといけなくなる。
 上半身が裸のまま外に出てきて、最初は頭と体を冷やすのにちょうどよかったけれど、ある程度の時間が経過してくると、夜の時間帯には冷えてきて。
実際のところ、外に出てきてからたった数分で、ちゃんと冷静になれていた。
むしろ、とぼとぼ歩いている最中から、どう謝るのかの思案は始まっていた。
傷つけることしかできない自分の振る舞いに、反省などはとっくに通り越した感情があって。
もはや、側にいないほうがマーヴェリックはずっと幸せなんじゃないかと思う気持ちも同時にあった。
 マーヴェリックが子供扱いなどせずとも、再会したときから、結局全部甘えているのだと悟る。
訓練でも大人げない態度で始まって。
あんな態度は、過去に誰に対してもとったことがないし、この先もないだろう。
ここまで心をかき乱すのは、人生の中でただ一人だけだった。

どうしてマーヴェリックが相手になると、ちゃんとできるはずの、大人の振る舞いができないのだろう。

セックスの最中にあんなこと言って、もう完全に嫌われたに違いない。
ただ、こうなってしまった今、残されている唯一の馬鹿げた誇りは、マーヴェリックのことを徹底的に傷つけることができるのも、また自分だけなのだと、そんなの何の自慢にもならないのに。
どうしてこんな自分でも知らなかった、でもちゃんと存在している猟奇的な一面まで暴いてくるのだろう。
本当は、マーヴェリックが望むとおりに優しくなって、マーヴェリックが大好きな、グースの息子なんだからちゃんと立派に。人として良識があるように。
「最初からそれが、無理だったのか」
うつむいて一人つぶやく。
これはマーヴェリックの前でいい恋人でいたいと思いすぎた、身の丈に合わないことをした自分への代償かもしれない。
日を追うごとに、思い通りにならないと気が済まなくなっていく。
付き合い始めたときは、キスを受け入れてくれるだけで嬉しくて、体を重ねられることが奇跡的に思えて。
実際それは今でも思っているけど。
マーヴェリックの感情のすべてなんて、おこがましいと思っていたのに。
マーヴェリックがどう思ってるかまで干渉したり、ただひたすら貪欲になっていく自分が腹立たしいし、制御できないことは怖くも感じた。
特別なものを手に入れるのは、こんなに大変なことなのか。
今さらになって実感する。
 背後から、足音が聞こえてくると、なおさら自分が最低だと思ってしまう。
結局、こうしてマーヴェリックのほうから全部させてしまっているなんて。
正面に立ったマーヴェリックの手には、ちゃんと行為の最中に自分で脱ぎ捨てたパーカーがあって。
手渡してはこないで、正面に座り込んできたかと思うと、世話を焼くように着せてくるから、もう名実ともに子供でしかない。
服を肩にかけてくれて、腕を通すように促してくる。
『自分でやるからいいよ』と言えば、子供といってもある程度、成長した子供になれるのに。
マーヴェリックが甘やかしてくれるその姿が、あまりに愛しくて、結局そのまま甘えてしまう。
マーヴェリックはどんな瞬間も、最高に可愛くて愛しいけれど。
〝ブラッドリー〟の世話を焼いている姿はもう、犯罪的に可愛かった。
「仮にお前の父親であっても、こんな年齢の息子に、服なんか着せてやらないだろう?普通は」
「そうだね」
最後にはジッパーも上まで上げて。
ちゃんと着せてくれると。真横に座って、一緒に空を見つめてくれる。
「マーヴェリック。
おれが言うのも変な話だけどさ」
「うん」
「こんなやつのこと、絶対に許すなよ」
「確かに変な話だな」
「最低なやつなんだ。
マーヴの今後のためにも言ってる。
こんなひどいことするやつのこと、許しちゃいけないし。
絶対に甘い顔なんか、見せないで欲しい」
そう伝えると、マーヴェリックは人が大真面目なのに、笑いをこらえて。
「わかったよ。約束する」
半分笑った声で言って、優しい顔で見つめてくる。
「矛盾してるよ」
言ってるそばから、こんな悪いやつに、甘い笑顔だから。
全然話は伝わってないように思えてしまう。
「そう?」
「おれは……」
「ルースター、僕からもちょっと言いたいことがあるんだけど」
別れ話さえも覚悟して、マーヴェリックの言葉の続きを待つと、案外、ゆったりとした声で。
どうしてこんな時にも穏やかに話すのかわからないけど。
優しくて、大昔から本当に大好きな声と話し方で。
「説明が下手でも、許して欲しいんだけど。
ちゃんと、思ってること伝えるから、なんか不納得なら途中で遮っていいから」
「わかった」
「がっかりさせるかもしれないけど。
僕は、昔から子供が欲しいとは、思ってないんだ」
やっぱりマーヴェリックは変わったところがある。
普通なら、
『どうしてあんなこと言ったんだ?』
とか、まずは責めてみたり。
『いいよ、気にするな』
とか。許してなくてもそれらしき大人めいたことを言ったり。
確かに話の延長線上のことを言っているようでも、切り口が何かおかしい。
「そうなの?」
「君を幻滅させることだらけかもしれないけど。
理由があって、父親になりたいとか、昔から欲求があまりなかった。
実のところ、ノースアイランドで君たちを指導したけど、本当は教官をやりたかったわけじゃない。
だからルースターが思う、僕という人間の部分の何割かは、虚像かもしれないんだ」
「でも、トップガンでも教えたんだよね」
「3ヶ月ね。
もう30年も前に」
「そういう欲があるのかと思ってた」
「最初に、中将と少将を前に、あの任務の話を聞いた時に。
まさか教官として呼ばれたとは思ってなかった。
普通に僕が飛ぶつもりでいたから、そんな前提でつらつらと作戦の話をしていたし。
僕と一緒に、誰が飛ぶかのかっていうだけの話だと思ってたから、サイクロンに『君は教える立場だ』って言われて、けっこうショックだったんだよ」
マーヴェリックは楽しそうに言っているけど、だからついには2分15秒で実演もして見せたのかと。
結局アヴィエイターでしかいれないマーヴェリックの姿を思えば、納得できず困惑しただろう招集にも納得ができる。
「マーヴは最初から教官する気満々だったと思ってたよ。
だって、訓練初日からあんな楽しそうだったじゃん」
自分が教官としての資格をとった動機に、マーヴェリックがまったく絡んでいないとは言えなかった。
いつかトップガンで、彼と一緒に指導している絵空事を見なかったわけじゃない。
勝手な推測で必死になれるぐらいに、つまりマーヴェリックに人生ごとのっとられているとそろそろ自覚しないといけない。
いつか捕まえようと、必死だった思いが今を形どる、大半の要素で。この人生を形成するものの、大半がマーヴェリックへの想いで構成されているのだから。
「本当は何を教えるのか全然かわからなかった。
だって、昔から指摘されるけど、僕は直感で飛ぶほうだし」
「そうだろうね」
「それを言語化して説明なんて的確にはできない。
空中戦に関する持論はあっても、特にそれについてはサイクロンにはからは不評だったしね」
「まあ、それ以外ももっと嫌われてくれたら楽なんだけど」
「え?」
どういう意味か、まったくわかっていないマーヴェリックには、自覚がないのだろう。
「ごめん、続けて」
なにか全貌がつかめない言い方が気になっているようだけど。
それ以上、その論議を続ける気がないとわかったのか、あきらめたようで。
「まあ、とにかく。
君たちを教えてたときも、中将からも終始、怒られてたんだよ」
そういって、中将からはしっかり嫌われていることを確信をもって伝えてくれる。
マーヴェリックが思っている印象と、実態はおそらく、全然違っているのだろうけれど。
「別に、驚かないけど」
「そうか?」
「それに、マーヴが教官という職に興味なくても、幻滅しないよ」
「だけど、父親になりたがってないって言ったら?」
「ほっとする」
そういったら、マーヴェリックは楽しそうに笑って。
ごめん、といって。
一度は笑わないようにしていても。
やっぱりどうしてもこらえられないように改めて笑った。
月明かりの中で、まっくらなその場所で、ようやく目が慣れてきたころに見える、隣で座るマーヴェリックの、完璧すぎる笑顔をこの距離で見ると。
やっぱりもう一回思ってしまう。
さっきのようなことをするおれを絶対に許さないでくれ。
もはや、懇願したい気持ちにさえなった。
「子供に関しては、明確な事情があって。
昔に、モンスターみたいな子供を見たんだよ」
笑ったまま、続きを話してくれるマーヴェリックが、遠い記憶を手繰るように。
「小さくて可愛いのに、ほんとうに怪物みたいだったんだ。
大人しく一人で遊んでると思って油断してた。
僕らがテレビゲームでの決着がついて、隣の部屋をみたら大変なことになってたんだ。
あんな小さい体のどこにそんなパワーがあるんだろうね。
部屋の白い壁にはそれこそ無数の落書きがあって。
床にも壁にも、なにもかもに所狭しと。
クレヨンと絵の具は散乱してるし、僕らはあぜんとして。
床のど真ん中で楽しそうにしてる、顔も手もすごい色になってる姿に。
グースはあわててバスルームにつれてったけど、結局そこも被弾したみたいだった」
優しい口調で語るマーヴェリックは、決してこちらを向くことはなかった。
父親の話は何度か問いかけたことがあった。
別に、二人の関係に言及して欲しいわけじゃなくても。
単純に、小さい頃に亡くしたから、純粋な興味として。
それに、マーヴェリックの口から、父親のことが語られる光景が見たい欲求もあった。
 マーヴェリックは、母のことは話しても、なかなか父のことは教えてくれなかった。
聞いてもはぐらかされることがどうしても腑に落ちない日々が続いたこともあった。
いつもならきわめてプライベートな話は、そうそう誰にでもするわけじゃないけれど。人生で唯一、面と向かってマーヴェリックとの関係を、亡くした父の存在を交えてふっかけてきたハングマンに、飲んでる時にこぼしたことがあって。
『マーヴェリックに親父のことを聞いてみても、絶対話してくれない』というような話をふってみたら。
『お前はほんとに人の繊細な感情が理解できないやつだな』と、呆れたように言われた。
講義中にあんな風に挑発してきたやつにいわれたくないとは思ったものの。
『そんなこと、お前の立場から聞いちゃいけないぐらい。おれでもわかるわ』と説教するように言われた。
だからこそ、ようやくといっていいのかもしれない、マーヴェリックが懐かしそうに語る横顔をみれば。
ハングマンが心底呆れていた意味もわかるし、マーヴェリックが話さなかった本当の意味も痛いぐらいにわかってくる。
この年になって、父親がいないなんて、泣くつもりもないけれど。
マーヴェリックの声で聴く彼の話には、なんだか泣きそうになる。
マーヴェリックにとって、グースという存在は、とても神聖なもので。
多分、幼い日の〝ブラッドリー〟も同様にそうなのだろう。
それを考えたら、この感情や欲求を、受け入れてくれていること自体が奇跡的で。
とてつもない想いを一人で整理して一緒にいてくれているのだと改めて知ることになった。
「そんなさなかに、キャロルが戻ってきて、部屋の惨状を見て悲鳴を上げたんだけど。
僕とグースはいろいろ弁明することに必死だった。
でも結局はゲームしてて、大人しく遊んでるから、安心してたという報告にたどり着くと。
なんでか僕らが並んで座らされて説教されたんだ。
その間にも、まだ書いていないところを新規開拓しようとしてる小さいモンスターを捕まえることがとても大変だったんだよ。
キャロルはすぐに消して回ろうとしたけど、グースは先に写真におさめてたから、今考えても親ばかだよなって思う。
消しちゃう前に、先にって。
で、二人は一生懸命掃除をしてたんだけど、さんざん暴れた当の本人は、すやすや眠ってて。
その時に思ったんだ、ああ、僕には子供は無理だなって。
こんな怪獣は手に負えないって。
二人が掃除し終わって、やけに静かになったから見てみたら、二人して、ぞうきんもったまま寝ちゃってって。
だから同時に思ったんだ。
二人でも、きっと手が回らない瞬間がこの先も来るだろうから。
僕はその時はいつでも手を貸せる存在でいたいなって。
だから別に君の許可なんかもらわなくなって、僕は勝手に三番目の責任者にその時から就任してたんだよ。
結局、全然、責務を果たせなかったけれど」
聞いてる最中に、どうしてこんなに泣きたくなるのか。
本当ならマーヴェリックが泣きたいはずなのに。
そんな風に見つめてきた対象に、さんざん抱かれて、聞きたくない言葉まで言われたというのに。
なのにこんな風に、丁寧に説明してくれて。
本当は、死ぬまで自分だけの心の中にとどめたかっただろう、大切な記憶の片鱗を、こうして消耗してまで伝えてくれる。
「まあ、僕はそんな理由で、自分の子供はいらないって思ってたけど。
周囲には子供好きだって勝手に断定されていたんだよね、不思議なことに。
だから、みんな僕がどういう父親になるかって、わいわいと論議してくれることもあって。
だけどたいてい『娘に振り回されるだろうな』みたいに。
予言めいて言ってきたんだ、みんな口を揃えてね。
なんで女の子だって決まってるんだろうね?ちょっとわからないけど」
マーヴェリックはそう笑うけれど、言った周囲の面々の感情が、どうしてか少しわかってしまう。
会えば必ずセックスもして、誰のものにもならないで欲しいと心底思ってるのに。
簡単に女の子をかわいがるパパ像を想像させてくるマーヴェリックも怖い存在だった。
「だけど、あのモンスターが成長して、学校まで迎えにいったある日。
一度だけ思ったんだ。
こんな男の子なら、父親も悪くないよなって。
当たり前か。グースの子なんだからさ。当然だよ」
「マーヴ、おれ…」
「君の父親だとか、おこがましいと思う。
失格だろうし。
まだ白状してないけど、恋人としてだって、本当は合格かわからない。
一応、年上らしく、ちゃんとして振る舞おうとしてるけど、僕のことをもっとよく知れば、君の意見は変わるかも。
マーケットであの夫婦に言われたときに、まるで父親のように見せてしまったのは、グースもまとめて褒められてるみたいで嬉しかったんだ。だからもっと聞いてたかった。
僕が父親じゃないっていえば、2人は言うのをやめるだろうからね。
悪かったよ。君の父親でも、なんでもないのにあんなこと言って」
やっとこちらに向いた目は、水分を含んでいて。
泣かないように我慢している姿に、恋人でもなく、父親でもなく、上官でもなければ、面倒をみてくれた、父親代わりを果たした男でもない。
ただ率直な、ピート・ミッチェルという男性がそこにいて。
なにもかもの条件を取り払っても、結局、胸を焦がすほどに愛しい相手がそこにいるだけだった。







 結局は、恋愛関係において、絶体絶命の状況に、おいこんだのにそれを全部マーヴェリックにカタをつけさせて。
あの夜は、最後まで謝罪の一つも言えなかった。
あんなひどいことをしたのに、許すどころか救いの手を差し伸べるなんて。
その翌日。
マーヴェリックが制裁しないなら、自分で戒めるしかないと思っていた。
また夜がやってきて、眠るということに重きを置くように改造されているエアストリーム内は、体格の大きな恋人のために施したようなアレンジがしてあって。
用事があってやってきたサイクロンが、この内部を見て『夜の営みに力をかけすぎだ』と、マーヴェリックを責めているのに、でれでれとしていたのは、つい先月の話だった。
夜が来れば、当然のように、広くカスタマイズされなおしたベッドに近づいていくマーヴェリックに。
『今日は外のソファで寝ようと思う』と進言するタイミングを見計らっていた。
だというのに、今日もちゃんと誘ってくるようにベッドに引き込んできて。
「マーヴェリック、本当に、それは駄目だと思う」
思わず真面目な顔で、いつものように一緒にベッドに入ろうとしているマーヴェリックに伝えることになってしまった。
そう言うと、マーヴェリックは『しまった』という表情を浮かべるから、やっぱりリアクションがおかしい。
「やっぱり、変かな?」
「変っていうか、絶対駄目だって」
そう指摘すればとりあえず引っ張っていこうとしていた手を放してくれて、自分だけベッドの上でぺたりと座ってこちらを見上げてくる。
恐れていたことが起きたという表情に、返ってくるリアクションがいつもおかしいのは、もう驚かないけど。
「アイスから、言われてたんだ。
僕はどうやらおかしなところがあるから、自覚できないなら気をつけろって。
やっぱり変なこと言ってるかな?」
マーヴェリックの言葉に、思わずため息が出てしまう。
ベッドに座って、不意打ちで他の男の名前を出してくるところからも、違っているし。
きっと指摘した本人だって、そういう所を言いたかったのだろう。
「おれ、まだなにも謝れてないし。
なのに、許すとか」
「ああ、そういうことか」
なんて、安堵しているのはやっぱり変だ。
説明されれば、やっと一般的な人がどうとらえるのか理解できるという風なマーヴェリックのそれは、今日が初めてのことではない。
普通の人はそう思うのか、なんてことはしょっちゅうで。
たまに、そういう独創的な考えを、隠そうとするところさえある。
ごく一般的な人間に擬態するように。
なんにしてもあらゆるものの基準がぶっとんでいることがあるので、一つ一つ、一般的なことを教えるようなことさえもあるぐらいに、特殊な存在だった。
「あんなひどいこと言ったのに。
あんな風に、マーヴが続きやる気なくなるぐらい」
「昨日は、やる気がなくなったんじゃないよ。
あのまま続けたら、君が…自分を傷つけそうだったから」
「もう、勘弁して」
このごに及んで甘やかすマーヴェリックに、もう弱音しか出ない。
「だって、君がトラウマになって不能になったりしたら、困るのは僕だし」
「マーヴ」
「想像するより、繊細なものなんだぞ」
真面目な顔をして語るマーヴェリックはたしかに、どんなたくさんの一般的な知識を入れようと根底は揺らがないぐらいに特殊だった。
再三にわたって、マーヴェリック本人にもこんこんと諭したのであろうカザンスキー大将の苦悩が今になればよくわかるし、まだマーヴェリックの全貌を見れていない可能性だって充分にある。
「それを言うなら、おれよりマーヴのほうが心配だよ。
最中にあんなこと言われて…」
「あんなことって『ダディ?』」
はばかることなく言ってくるので、脱力してしまう。
「気にするなよ、ルースター。
言われたことはなくても、言わされたことならあるから」
といって、二人で視線をあわせて、沈黙して。
しばらくすると『しまった!』と。
ここ最近での、最大の失態だと、マーヴェリックの顔色がだんだんと焦りを帯びてきて。
こればっかりは指摘せずとも、自ら失言だと気付いてくれたようだった。
「違う、最中にじゃないぞ。
セックス中に言わされたってことじゃなくて」
「じゃあ、最中じゃない時には、父親じゃないひとに、そう言ったことあるわけ?」
こういうことで嘘はつけないマーヴェリックの目が泳ぐ。
「言ったんじゃない、言わされたんだ」
マーヴェリックの要素を見れば、そう言わせたがる男がいてもおかしくはないのだろうけど。
さすがにどこの誰が言ったかは口を割ってくれないだろう。
「おれの知ってる人に、言わされた?」
嘘はついてほしくないけれど、たまには必要な場面もあると、知らせたほうがいいのだろうか。
言うか言うまいか迷っている風だった。
だけど、あれこれ隠されたら悶々としてしまうから、そのまま正直なままでもいてほしい欲もある。
「誰がそんなこと言わせるの?」
「それは言ったら絶対まずいから」
「アイスおじさん?」
「違うよ、なんでアイスが。
年が離れてないだろ?」
「じゃあ、もっと年上ってことか」
「もうそのへんでいいだろ?
これって、君が謝ってる場面じゃなかったっけ?」
「そうだけど、ここまで聞いたら。
マーヴェリックにダディなんて言ってくれっていうやつが、おれの知ってる人間にいるなら特定しなきゃ」
「特定してどうするんだ?」
マーヴェリックに近づけないようにする、と言いたいけど、そんなこと言えば、マーヴェリックが口を割るわけもない。
「その人に『おじいちゃん』って言いにいく」
そう伝えると、マーヴェリックは笑っていて、笑いすぎて苦しいと訴える。
『おじいちゃんか、それはいいな』と。
「嘘、心にとめとくだけだよ」
「もし僕が、誰が言ったか白状しなかったら?」
「マーヴから隠し事されるのは悲しいよ」
自分にとっては数少ない裏技のような視線と表情で、そう伝えると。
マーヴェリックはちゃんといつだって、〝ブラッドリー〟を悲しませないことは知っていた。
「絶対、誰にも言うなよ」
そういう言葉と態度は、どうやら効果てきめんのようで、ようやくちゃんと言ってくれるつもりのマーヴェリックは、それでもまだ踏みとどまるべきか迷っていて。
いえばそんなに揉めごとになるような相手なのかと思案する。
自分が知っている中で、マーヴェリックより年上で、しかもマーヴェリックにそんなことを言わせるやつで。
いくらたどっていっても答えが出なくて。
最後に耳元で、
「シンプソン中将だよ」
こそこそ声で教えてくれる。
「待ってよ、あの人、年下なんじゃないの?
マーヴより」
「年下だけど」
「まさか」
「違うよ、試してみただけ」
「試すってなにを」
「変なことはしてないよ」
「充分してるだろ!
年上のマーヴにそんなこと言わせて」
「あー、まって順番に話せばよかった」
普段から、立ち入れない雰囲気を醸す二人のことは気になっていても。
軍人としての立場で言えば、上官同士のことで。
階級上、聞かせられない話もしているかもしれないし、そういうことに口出すのは、タブーだと思っているから黙っていたというのに。
「いくら寝てなくたって、そんなプレイをしてるなら黙ってられない」
「プレイじゃない」
「プレイじゃなかったら、なんなの?」
「ロールプレイ?」
「おれが言ってることとなにが違うわけ?」
「ちゃんと聞けば、納得できるから」
「この状況からおれを納得させれるの?それすごいよ」
「実は、サイクロンには、今もよく怒られることがあって」
「知ってる。
たまに中将が可哀そうになることもあるし」
「どうして?逆だよね。
僕が可哀そうなんじゃ?」
「いいや、中将かな」
そう断言すると、全然納得できない表情で。
なんでそうなるんだと、反論したそうにしている。
「まあ、いいけどさ。
とにかく、サイクロンはある日、すごい怒ってて、『私は君の保護者じゃないんだぞ!』って怒鳴るから…」
マーヴェリックの説明に、その先の展開は充分に理解できるものだった。
「もう、最後までわかったよ」
「まあ、僕も僕だけどね。
『じゃあ、僕が中将の子供で、名実ともに保護者だったら許せるの?』って話になって」
「そういう話になるのが変じゃない?」
「そうだよ、サイクロンは変なんだよ」
マーヴもね、と言おうとしても、とにかく一生懸命、弁明しているので、やめておいて。
「で、『試しに呼んでみろ、許す気になれるかもしれない』って。
サイクロンが言うからさ」
「で、ダディって呼んでみたわけ?
許してくれた?」
「余計怒った」
「言わされたんじゃなかったの?」
「そうだよ?サイクロンのほうから言わせたくせに、怒った」
「まあ、わからなくもないよ」
だんだんと、シンプソン中将の苦悩も見えてきて。
そうなのか?なにか腑に落ちない風なマーヴェリックに、考えてみたら、もう普通の空気になっていて。
今晩は指一本触れないと。絶望をもってのぞんだはずなのに、気づけばこの調子だ。
だけど、こんなことにのせられて。甘やかされている場合じゃない。
「ねえ、マーヴ。
おれのこと、ちゃんと叱ったほうがいいよ」
「もう、親子プレイはいい」
「親子プレイじゃない」
「じゃあ上官として?」
「恋人として」
「怒るってこと?」
「そう、おれにもっと怒って」
「どうやって?」
「気が済むまで殴るとか」
そう言葉にすると、悲しそうな表情になって。
想像しただけでも悲しいように。
「ルースターを傷つけるなんてできないよ」
「マーヴェリック。駄目なんだって」
「暴力以外」
マーヴェリックはそう断言する。
さも、良識的な大人のように言うけれど、母からは拳で解決してきた若き日のマーヴェリックがいることを聞いているけれど。
この場面では、とりあえず黙っておくことにした。
「じゃあ、罵ってよ」
「それ以外」
考える暇もなく即答のように言って。
じゃあ、なにが制裁なのか、だんだんと甘くなってしまう報復は、選択肢が狭まっていく。
「じゃあ、お仕置き?」
どこか疑問形でそのキーワードを出すと、マーヴェリックの目の色が少し変わって。
「おしおきか」
そう言って、考えをめぐらせている。
およそ、反撃や報復を考える表情ではないので、
「なんか、やらしいこと考えてない?」
まさかと思うそれを問いかけてみる。
「ルースターがやらしい言い方にするから」
「なんでやらしいことに直結するの?」
「するだろ。
ペナルティでも、罰ゲームでも、もっと健全な言い方もある」
マーヴェリックはきっぱりと言って、どこかそれに甘美な響きも覚えているようだった。
ちょっと気に入ってる様子でもあって、
「じゃあ、おしおきにする?」
そう改めてまっすぐ見つめてといかけると、息を飲んで。
「ちょっと待って、なんのおしおきにするから考えるから」
と、今度はせっかくのそれならきっちり考えなくちゃと、その気になっているようだ。
「別にやらしい系じゃなくてもいいけど?」
「いや、そっち方面にする」
心は揺らがないという風にそうきっぱりといって、ベッドに座ったまま、あれこれ候補を思い巡らせているようだった。
「でも、そっち関係じゃ、全然おしおきにならないかも」
「そんなの、やってみなくちゃわからないだろ?」
とびきりの笑顔のマーヴェリックがベッドの座ったまま、人の腕を捕まえてきて、引き込んでくる。
絶対にこんなのお仕置きにならないことを知りながら、笑ったままキスを始める。
ただこの夜ばかりは、いつも以上にマーヴェリックをとびきりに甘やかして、しまって。
長く続く、全部マーヴェリックの望むとおりにする甘いセックスに。
『こんなんじゃ、お仕置きできない』と苦しそうに言うマーヴェリックの声が、とてつもなくかわいくてしょうがなかった。
だから堪え切れずに、その体を苦しくさせるぐらいに強く抱きしめてしまって。
だから結局、マーヴェリックの実施するお仕置きは、また次のデートでのことになるのだった。


END




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