任務後のチームの面々は順次基地に戻ったり、休暇を過ごすために別の場所へと出発したり。
そんな中で、しぶとくサンディエゴに残ったのは、その後の休暇を全部費やしてマーヴェリックと一緒の時間を過ごしたかったからだった。
マーヴェリックは、任務直後には『僕はこれで海軍を去ると最初から決めていたんだ』なんて、叶いもしなさそうなことをみんなの前でもはっきりと言っていたし、それは紛れもない本心だったのだろう。
しかし本人の思惑とはうらはらに、一度はモハーヴェへ戻ったものの、しばらくすればサンディエゴに舞い戻ってきて。
ほとんど継続するような形で次の任務にあたっていた。
ウラン濃縮プラントを破壊することが目的だったあの任務において、最も厳しい状況下に置かれた編隊長だけが、結果としてたいした休暇もとらず次の仕事に従事しているという状況は、少し考えさせられるものがあったけれど。
マーヴェリックは次の任務に執心していて、教官職についても、以前ほどの抵抗はない様子だったし。
そういう意味においては、仕事好きな一面も垣間見てしまう。
ペニーは『あなたの〝これで最後〟は何回聞いたか』と言っていたし、確かに海軍に属さないマーヴェリックのことは想像がつかなかったので、これが自然な答えなのかもしれないけれど。
だけどもしも、マーヴェリックが望んだ〝引退〟が実現するなら個人的には喜ばしいことだとも感じていた。
もちろんアヴィエイターとしてのマーヴェリックが大好きだけど。
オフになればいつもモハーヴェに会いに行ける環境なんて最高すぎる。
マーヴェリックがいつでもゆったりとした気持ちで迎えてくれて。
穏やかな空気の中で一緒の時間を過ごせるんだとしたらそれはとても素晴らしいことだ。
それだけじゃない。
あまりに大胆で、無謀にさえ見える瞬間のあるマーヴェリックのフライトを、もう心配しなくても済むのなら、もっといい。
(マーヴェリックにいわせれば、君のほうが心配だ、と言うのかもしれないけど。)
会いたいといえば、いまだに〝かわいい〟と称する、亡くした相棒の息子のことは歓迎してくれるだろうし。
なによりこのまま海軍に在籍すれば、マーヴェリックが可愛がる対象は山のようにいて、ライバルは増える一方だ。
そんなちっぽけな思いさえ持ち合わせていた。
関係が断絶していた時なら、海軍という接点がなくなってはもう永遠に離れ離れのような気がしていたものの。
和解と呼べるほど、明確なものがあったかといえば、わからないけれど。
少なくとも、どちらかの部屋で一緒に過ごしたり、二人で食事をしたり飲みにいったりできる現状となっては、組織という存在にだけ、接点を依存する必要はなくなったと信じたい。
もちろん、空を飛ぶマーヴェリックのことは大好きだし、永遠に見ていたいけれど。
たびたび命を賭けることは、もうそろそろ打ち止めにしてもらいたかった。
最終的に、自由すぎるマーヴェリックを、軍に縛り付けたのは中将であるサイクロンだった。
かのミッション中に、中将がマーヴェリックに対してどういう態度をとっていたのか、あとからマーヴェリックから聞いたので。
そんな彼こそがマーヴェリックを引き留めたなんていう結末は、意外なものでもあったけれど。
というのも、マーヴェリックは緊張感もなく、かわいい言い方で、
『サイクにこんなこといわれたんだ』なんて説明してくれて。
『ひどいだろ?』といって、いろいろ教えてくれるけれど。
本気で追い出そうとしている類の言葉の数々を並べられていたようだし、それを意に介していない風もあるマーヴェリックごとすごいし。
もう出ていけと言われてから、あの強引な2分15秒での実証に無断で踏み切ったというのだから、そもそもの発想が違う。
ただマーヴェリックにそれだけのことを言い放つ人物。という意味でいえば。
本人の意思に反して、彼を組織に繋ぎ止めるなんて大技を繰り出せるのもまた、中将以外にはいなかったのかもしれない。
実際、マーヴェリックを海軍にそのまま居座らせた決定打は、ほかでもない間髪入れずに司令官が直々に任命した次のミッションだった。
それは海軍単体で臨むものではなく、陸軍とも連携をとるという特殊な側面もあり、取りまとめる立場にあっては、経験値が必要だという説得にマーヴェリックが応じた形だった。
新しい任務に招集されているパイロットは20代が中心で。
先の任務に比べれば、任務の難易度はまだ低いと、評していたのはメンバーを集めたサイクロン自身だとマーヴェリックは語っていた。
『簡単に言ってくれるよね』なんて愚痴めいた言葉も、かわいい笑顔で言っていたし。
マーヴェリックに託された指令といえば、選抜メンバー全員を、今ある水準よりも、もっと高く。半ば強引にでも、引き上げるというものらしい。
『僕はそういう担当じゃないのに』
マーヴェリック自身は、そんな風に言って、若きアヴィエイターたちを引きあげる能力面での、自身の能力を過小評価していたし。
『すぐにクビにならないようにしなきゃ』と。
そんなことさえ言っている。
そんな本人の感情とはうらはらに、傍で聞いている限りは、最高の人選のようにも感じていた。
『本当に、砂漠に戻るつもりだったんだよ』
そう言いながらも、マーヴェリックは現在の任務を真面目に取り組んでいて、毎晩、今日はどうだったのか、穏やかな口調で聞かせてくれる。
日々、打ち解けていっている様子には和んでしまうし、やっぱり生徒たちには、必要以上に愛されていると、本人は自覚していなくても伝わってくる。
前回の任務よりもさらに若いアヴィエイターたちの教育は、驚きの連続でもあるようだ。
マーヴェリック曰く。
『いろんな子がいるけど、あんな怖い目でみてくるパイロットはいないよ』と、笑えない話を引っ張り出してきて、冗談めかしてくるのだった。
そうして夢のような日々を過ごしていたけれど。
当然のことながら、任務後の休暇だってそう永遠に続くわけでもない。
いよいよオセアナの基地に戻らなくてはいけないリミットは、刻一刻と迫ってきていた。
東海岸に戻る前に、やっぱりこの気持をきちんと伝えなくてはいけないと思ったのは、今しかもうないような気がしたからだった。
このチャンスを逃せば、平気で何年もたってしまう気がした。
互いに感情がすれ違ったままでも、とてつもない長さの時間を過ごせるのだと、もうよくわかっていたし。
もしも、自分にも言えるだけの勢いがあるとしたら、任務後の高揚感がまだ続いている今しかない。
ここで離れたらもう、永遠にチャンスはないような気がした。
ただし、これは単純な告白とは言えなかった。
実際のところ、自己犠牲をいとわない一面をもつマーヴェリックのことだ。
一歩間違えば、負い目を感じて、本音はそうじゃなくても了承してしまうんじゃないかと、どこかで心配でもあった。
だから、マーヴェリックが、真面目な告白に対して『きちんと考えるから時間をくれ』と言ったことも。
結局、出した結論がノーだったことも。
受け入れがたい結論ではあったものの、罪滅ぼしに人生を捧げるのではないかという懸念もどこかにあっただけに、自分の感情を大事にしてきちんとそう答えてくれて、少し安心さえもあるなんておかしな話だった。
自分だって誰かからの想いを、受け入れずに断ったことは過去にもたくさんあった。
その際によく用いていた理由が、この仕事の存在だった。
『軍人という職業柄、関係を続けることが難しい』
その答えは万能で、たとえ同じ海軍の人間が相手であっても、所属や赴任地が常に同じとは限らないので、すれ違いの日々には耐えられないと、言うこともできる。
中には、結局〝仕事を取る〟という答えだと断罪されたものの、それでも整合性は保つことができ、残酷すぎることもない唯一の方法だと思っていた。
それと同時に、今までの人生の中で告げた〝断り〟に対して、その理由を追求してくる相手の気持ちがリアルに理解できなかった。
なるだけ丁寧な理由を用意して、これ以上の関係の継続を断念したり、そもそも始めること自体をやんわりと断っているのに。さらなる説明になど、何の意味があるのだろうか。
仮に不納得だから、別れたくない。
どうしてもつきあって欲しい。
そういう説得ならば、まだその意図は理解できても。
ノーという結論からの追加の情報を聞いたところで、気持ちいい回答など得れるはずがない。
つまりふった相手に気遣いさせて、よりダメージを回避できそうな答えを用意させるのか。
もしそういうことを配慮しない相手であったなら、ただ単純に傷つけられるだけだというのに。
だからそもそもから、それ自体が無意味だと知っているのに。
「理由って、やっぱりおれたちの状況を取り巻くこと?」
まんまと自分が、マーヴェリックにそう問いかける状況を滑稽にも思った。
「……簡単には説明できないんだけど」
言いにくそうにするマーヴェリックは、こんな時にもあまりに可愛いからずるい。
「それぐらい、時間がかかっても、ちゃんと答えてくれてもいいんじゃない?マーヴ。
言ったよね。
ずっと前から好きだったって。
関係が断絶していた期間にも………。
マーヴのこと考えて眠れない夜もあったんだ」
そんなに好きだったからこそ、どうしても、単純な結論の言葉だけでは片付けることができなかった。
もしかしたらマーヴェリックは別問題と思っているかもしれないけれど。
二人が決別する原因となったマーヴの願書に対する取り扱いについては、こんな感情が根底にあったからこそ、ああまでひどく憎んで、恨んで。
マーヴェリックを追い詰めても、その感情はずっと携えていたのだ。
もしこれが、好きだという感情もなく、単純に亡くなった父の友人で、世話を焼いてくれた優しい人がそうしたというのだなら、ここまでの激情にはならなかったかもしれない。
つまり二人の間に存在するすべてに、この愛しい感情が影響しているのだ。
自分にとってみればこの職業についている理由と、誰とつきあっても、完全に満たされることのなかった心と。いわばこの想いは人生そのものだともいえる。
どれだけの長い間、この感情をこじらせてきたか、期間は半端なものではなかった。
そこらへんの恋愛のスパンとは、わけが違う。
どうしてマーヴが裏切ったのかわからないまま、だけど感情だけはのめりこんでいくばかりだった苦しみを、理解してくれるのなら、もう少しだけ説明をくれてもいいはずだ。
「ごめんな、ルースター」
「謝って欲しいわけじゃないんだ。
ただ、もう長いこと、ずっと好きだかったら。
せめて理由が聞けないかなって、そういう思いで。
もちろん、駄目な理由なんか、心当たりはありすぎるんだけど。
でもちゃんとマーヴの言葉で聞きたくて」
言いながら、こんなのはよくないとは理解していた。
実際のところ、こういう重苦しいことを言われるのは、自分でも一番苦手な項目で。
マーヴェリックの性格上、輪をかけて苦手なのはわかっている。
事実、目の前のマーヴェリックも困っているし、その気持ちがどういう種類のものなのかも痛いぐらいわかる。
「不適切だからだよ」
確かに想像の範囲にもあった言葉が返ってくるものの、それはまったく具体性を伴っていない。
あまりに広義に及ぶ表現だ。
「それは海軍での立場的に?」
いちいち聞いてしまう自分にもうんざりしながら。
だけど、この会話から逃げる気がないマーヴェリックも、本当に彼らしいなと思ってしまう。
こちらにすれば絶対に全貌を聞きたいけれど、最後まで濁したところで、本当は罪には問えない。
「もちろんそれもあるけど。
僕にとって、君は息子みたいな存在だから。
そういう意味での不適切が一番大きいかな」
「息子みたいな、か」
「そうだよ」
「まあ、そんなこと、とっくにわかってるけど」
マーヴェリックがそうとらえていることは、ちゃんとわかったうえで告白した。
だからそうばっさりと言ってたのだけど。
そうすれば、なおさら困ってしまったように、マーヴェリックが口を閉じた。
「だけど、本当の息子じゃないよね?」
傷つけるとわかっていても言ってしまう。
それは、あんたは父親じゃない、その役割を果たせているはずない、的なニュアンスじゃなくて。
別の関係になることを阻害するような、事実上の問題まで発生する関係じゃないよね、と確認したいだけなのに。
マーヴェリックは想像の通りに悲しい表情になってしまって。
そうなりきれない自分を反省するようでもあったし、マーヴェリックが望むこの関係が保てないことを寂しがる表情でもあった。
一方的な告白は、今の二人の在り方をぶち壊すものにほかならない。
イエスでもノーでも、ここまでの関係性はもう保てなくなることは知っていた。
だから振り返ってみれば、穏やかに過ごせたのはミッションが終わってから告白までの、本当に短い一瞬だけの時間だった。
もしこの気持ちをずっと黙っていて、何もなかったようにしていれば、ずっとこのまま側にいれたのかもしれない。
そんな思いも、実際に頭の片隅にあった。
「はっきり言ってくれなきゃ、終わらないよ。
マーヴ」
一つ一つの言葉で、追い込んで傷つけていることが手にとるようにわかってしまうから辛かった。
ただ、優しく大事にしたかっただけなのに。
マーヴェリックは何かを言うことをためらっていて、それは多分、決定打のような理由なのだろう。
『いいよ、辛いなら、言わなくて』
大好きだからこそ、そう言ってあげたかった。
だけど、聞かないと終われないような気もして、黙って続きを待っていると。
「グースのことが……好きなんだ…」
ためらいに、かなりの時間を費やした最後に、まるで告解のように、そう言って。
そのあとのマーヴェリックは〝言ってしまった…〟という表情で。
今にも泣き出しそうで、もう目は合わせてくれなかった。
言いたくなかった言葉を、無理に言わせたことはよくわかっていた。
「好きだったんだよ、グースが」
自分で再確認するように言ったマーヴェリックが、そのまま崩れ落ちてしまうんじゃないかと心配だった。
「僕も悪かったんだ。
君と過ごしながら、その向こうにずっと君のお父さんのことばかり見てたんだよ。
悪かった、ルースター」
振り返って考えてみれば、例えば一緒に食事をしている時も、部屋で一緒に過ごしているときも。
とても開放的で、楽しそうにしていた。
それが嬉しくて。誰にも見せない表情を、自分にだけ見せてくれることが幸せで。
だけどそれはすべて、かつての親友、いや。
今のマーヴェリックの告白によると、かつて好きだった男の側にいるというような疑似体験的なものだったというのか。
マーヴェリックにとっては、あの時間は失った時を取り戻していただけだというのだろうか。
ペニーから『マーヴェリックはあなたの父親になりたかったんじゃないかしら』そう言われて。
まだそれなら、チャンスはあると思っていた。
父親の代理をしようとしているのなら、どうにか恋愛感情に変換できるチャンスもあるような気がしていた。
だけど、すでに恋愛感情のある相手の代理を、向こうのほうから勝手にさせてたというのなら、謝られて当然のことかもしれない。
マーヴェリックのこんな言葉を聞けば、普段の自分が誰かに対して向けている、断りの言葉のバリエーションが〝仕事が…〟だったり、〝正直、気持ちが冷めた〟だったり。
どれほどに優しいものだったのかと褒めてやりたくもなる。
マーヴェリックのそれは、あんまりに純粋で、誠実で、嘘がなくて。だから残酷すぎるものだった。
「いいよ、身代わりでも。よく似てるだろ?
成り代わってもいいから」
本当は自分として見てもらいたかったけど、なにも関係を築けないよりは、いっそそれのほうがずっとました。
「ルースター」
「ねえ、それで楽しかったんなら。
おれのことなんて見なくていいよ、マーヴ。
都合よく利用してくれていいから」
首を横に振るマーヴェリックの肩を掴んでしまえば、マーヴェリックから聞かされる父親像からだんだんと離れてしまう。
実際のところ、あまりに小さいうちに亡くしてしまったので、ふんわりと、おぼろげな記憶しかなく。
なのでそのイメージの大半は、父を知る者からの、彼がどういう人物かを語る情報で構成されていて。
聞いてる限りは陽気な男で。
母親からの話でも、カザンスキー大将からの話だって、少なくともマーヴェリックにこんな顔をさせる男じゃなかったことだけは理解できる。
うっすらとしか残っていない、直接の父親の記憶も。かっこよくて、いつも笑顔だった。
「ルースター、それは無理だよ」
「はっきりしてるね」
「当たり前じゃないか、そんなことさせれるわけない」
この時ばかりは父親を見ているのではないと、ちゃんとわかる表情で頬に触れてくる。
今は〝グース〟ではなく、〝ルースター〟を見ていると、明確にわかるから、それほどに普段は。
そういう目で見ていたのかもしれない。
「そんな風に見てたって。
おれの中に、父さんのことを見てたって、マーヴェリックが言ったんだろ?」
「だから、それは反省してる」
「しなくていいよ。おれは、父さんの代わりでもいい。
マーヴェリックの側に、そういう意味でいれるんなら」
「ルースターは自分の人生を生きなきゃ。
僕になんて囚われてる場合じゃないよ」
「マーヴ」
説得には応じる気がないことはよくわかっていて。
だから、この想いが終る瞬間を体感していた。
マーヴェリックの意思は固くて、そもそもそんなことを受け入れられるなら、最初から辛そうに断ったりもしなかっただろう。
この気持を伝えなかったら、あの時間を永遠に続けられたのだろうか。
グースの身代わりとして執着してくれるから、そういう形で他の誰よりも密接な時間を過ごして。
だけど決して一番にはなれないまま。
「なあ、ルースター。
その想いに報いることはできないけど…」
そう言って抱きついてきて、そのやり方は、いつもの家族めいたハグではなかったので、どこまでも甘いなと思ってしまう。
これこそが、マーヴェリックの犠牲的な一面で、そういうことを平気でする。
耳元に近づいた唇が。
「最初で最後だけど、一晩だけなら」
そう言って誘惑してくるから、本当に罪深い存在だった。
謝罪なのか、儀式なのか、代償か、精算か。
マーヴェリックの中でどういう位置づけをしているのかわからない強烈な誘いに、それだけは辞退すべきだと知っていた。
「それは駄目だよ、マーヴ」
せめてもの良識で、ちゃんとそう言えた自分を褒めてやりたかった。
目の前に、渇望するほどに望んだ体があって、しかも彼のほうからそういう意味合いで密着してきて、抱いていいとさえ言っている。
強く抱き返すこともすぐにできる、腕の中にある体に。
よくも衝動的に、したいと言わなかったものだと、まずはそれについて自分を褒めてやりたい気持ちだった。
「結論は急がなくていいよ。
ゆっくり決めればいい」
「マーヴ、だから…」
人がなんとか自制しているというのに、マーヴェリックが誘惑の手を緩めることはなかった。
オセアナへの出発日を確認すると、その前日を指定して、その日に会おう、なんて。
「会わないよ、絶対」
人が精一杯で答えているのに、マーヴェリックはまるで結論がわかっているかのように。
場所はまた連絡するよ、なんて。
行かないという選択は、自分が最後にできる誠実さだと知っていた。
せめて最後にできることといえば、欲望に負けない男だったと示すことぐらいしか、もうないのだから。
◇
マーヴェリックは約束の日までに、きっちりとメッセージアプリで集合場所を送ってくれた。
それは、空港に近いホテルで、オセアナ基地に戻るフライトの前日にそんな場所に呼び出すのだからつまり、最後に体を交えてから、サンディエゴを離れたらいいという意味なんだろうけど。
関係の最終決着の付け方をよく知っている相手は、過去にもそんなことをしてきたのだろうか。
マーヴェリックが約束してくれた当日を、悶々としながら大人しく家で過ごせる自信はなく。
せめて誘惑に負けないように、フライトは1日前倒しにすることを決心した。
絶対に行かないとは決めていてもノースアイランドで、出発を一人で待っていたりすれば、耐えられずに指定された場所に向かってしまうかもしれない。
あんな誘いに乗ってしまったら、一体自分が何をしてしまうか、もはや想像がつかなかった。
断絶期間中のそれよりも、もっと深いダメージをこの関係に与えてしまうかもしれない。
だけど、行かずに終われれば、ただふられただけで、終わることができるのだから。
マーヴェリックはきっと、相手がどんな欲望を持ち合わせているかということを、想像もしてないのだろう。
頭の中で何回、抱かれているのかなんて、考えたこともないはずだ。
きっと〝かわいいルースター〟の、普通のセックスに1度つきあってやろうなんて、慰めのつもりなのだろうけど。
そんなことで終わるわけがない。
生涯一度だけ、マーヴェリックを抱ける夜なんて、自分でも自分がどうなるか想像がつかない。
危険な思想さえ生まれてきてしまうのだから、そんな約束にのうのうと向かっていいはずがない。
サンディエゴ空港に到着して搭乗手続きを踏む前に、オーバーヘッドモニターに映し出されるフライト情報に、一つ赤いラインが出ていて、欠航を示す文字があったので嫌な予感にかられた。
案の定、予想は的中して、ノーフォーク行き、まさに乗りたいと思っていた便が、今日1便だけの欠航便となっている。
よくよく運がないと、自認しながらも。
今後の対応について知りたくてカウンターに向かう。
すでに同じ便の客たちが詰めかけていて、横から事情を聞いていれば、機材のトラブルで飛べず、気象条件によるものではないので、他の便は遅れもなく出発している状況だという。
カウンターに集まる乗客は感情的になっている者もいたし、淡々と払い戻し手続きをする者もいれば、代替手段の手配に奔走するビジネスマンもいる。
やっとあいたカウンターで、グランドスタッフの男性を捕まえて。
「機が余ってればおれが飛ばそうか?」
チケットとIDを出して申し出ると、海軍所属の客も多いのだろう、かなうならお願いしたいです。と制服の男性が笑った。
「他の便に振り替えてもらえない?
どうにかDCかNY便でもいいから、ねじこんでもらえたら助かるんだけど」
「そうですね、空席につきましては」
「ファーストとビジネスが優先?」
そうだとは、はっきり言えないスタッフが苦笑いを浮かべる。
「もしかしたら基地にお戻りになれたほうが、まだ早く移動できる可能性も」
「っていうことは?」
つまり、今日中は飛ばないということで、明日も怪しいということだろう。
そこから彼に案内された手段は3つ。
1つめはここで全額を払い戻して、別の手段を探すという方法で、ここでの会話においては、つまり基地へ戻ることを推奨するような内容だ。
もちろん乗客にも選択されることが多いシンプルなもののようだ。
航空機でこの空港から飛ぶしか行きようがない場合は。
航空会社は勧めはしないけれど、今日出発する、同じ方面への便のキャンセルを待つという方法だった。
番号を発行し、空港内で待機。
呼び出しがあれば搭乗手続きのカウンターへ向かう。
スマートフォンへの通知も来るし、ベーシックな方法でもあって。ただし、空港の敷地から離れられない上、必ずしも呼び出しがあるとは限らない、過酷な一面も持ち合わせている。
航空会社がもっともすすめるのは、3番めの手段で。
明日の朝一番の、振替便を待ってもらうというものだった。
今日出発できなかった乗客を、明日以降の便に、朝一番から順に割り当ててゆくという方法で。
今日の出発は断念、手配された近隣のホテルで一晩を明かして、明日に再び確約された機の時刻にここに戻るというものだ。
運良く、席に空きが出たり、臨時を飛ばす(というのは、ほぼないようだが)場合は、空港での待機組が優先的になるとのことだった。
現状では、今日の東海岸行きはほぼ満席で。
現時点で空席となっているところには、クラスの高い席を購入していた客から優先的に割付済で、待ったところでほぼ絶望的だという話だった。
つまり、グランドスタッフいわくは、四の五の言わずにこのまま、航空会社負担のホテルに向かってもらったほうが合理的だと、要するにはそんなことを言いたげだ。
基地内の部屋も引き払ってしまったので、戻ることもできず、それでも実際のところ勤務日から逆算すれば余裕をとっている移動日程なので、不幸中の幸いではあっても。
どうして、勤務開始には余裕があるに前倒しにしたかの理由に立ち返る。
悪あがきせずに、当初の予定通りにしていたらよかったんだ、そう運命にも言われているような気がした。
結局は、3番目の手段を選択すれば、この後は航空会社の手配した車で、明日を待つ乗客は2か所のホテルに振り分けられ、送り届けられる流れとなるようで。
どうにかしてサンディエゴを脱出して、甘い誘惑から逃げようとしていたのに、そうは簡単にいかないようだった。
空港周辺にはホテルも多いものの、提携先のホテルは限定されているようで、二つのうち一つのホテルは空港に近く。もう一つは、それなりに距離がある場所だった。
空港から近いホテルに割りあてあれたことをラッキーだと、スタッフは言ってくれたけれど。
だけど、今回ばかりは、遠いホテルのほうが助かったのかもしれない。
というのも、割り付けられた近いほうのホテルは、マーヴェリックが指定した場所から、そう離れていなかったから。
結局一晩、待機するなら。
いっそノースアイランド内の住宅のほうが、充分抑止力のある場所だったという結果となってしまった。
結局、約束の場所と、こんな近い所で、結局一晩過ごすことになるなんて。
航空会社の用意した車に乗って、ホテルに向かう最中に、マーヴェリックから部屋番号の知らせがテキストで来る。
まるでとってつけたようなタイミングだ。
本来なら、今頃はもう空の上だったはずなのに。
スマートフォンを取り出して、『もう飛んだから、行けない』そう、本来あるべきだった状況を偽装しようかと考えるも。だけど実際は飛んでいない状況を思う。
嘘までつくような話なのだろうか。
最初から行くつもりはないのだから、そう送っても構わないはずだし、マーヴェリックも絶対に来いと言っていたわけではない。自分で決めればいいと。
結局、どう返していいか決め兼ねたまま車はホテルに到着して。
ひとまず大人しく、指定されたホテルの部屋に入って、ベッドの上に仰向けで転がった。
このまま返事もなく、ずっと待たせるのは、愛してるだけに受け入れがたかった。
目を閉じると、マーヴェリックが耳元で囁いた声と、耳にかかった息が生々しく思い出される。
最初で最後だけど。
マーヴェリックの言葉を思い出せば。
この先、一生、欲望をはらんだ接触はできない、という意味で間違いはないはずだ。
今を逃したら、もうずっと。
それでいいとはわかっていたものの、この告白にまつわる話をすることさえも、今日が最後かもしれない。
という想いにかられて。
犠牲的なセックスなんてしてくれなくていいから、最後にこの想いが、どういうものだったのか。
どういう風に愛してたと、最後の話をするぐらい。
もう軽く20年は続けてる片思いなんだ、それぐらいは許されるだろう。
そういう考えにいたれば、もう気づけば部屋を出てしまっていて。
まるでマーヴェリックからの呼び出しに応じたように、ホテルの前からタクシーに乗ってしまう。
行けば、それだけで済むはずがない。
やめておけと、心の中では終始、きちんとした自分がそう言っていた。
もしも、理性が保てず、その先に進んでしまう可能性があるなら、絶対に行くべきじゃない。
思考と行動はばらばらで。
もしこのまま、ある程度の時間が経過してしまえば、
『やっぱりルースターは来なかった』と、マーヴェリックも結論づけて、部屋から出ていくかもしれない。
となれば、すれ違ってもう二度と。
マーヴェリックの性格からしても、なんとなく気まずいから…、の心境が続いて。
結果として、ちゃんと会えなくなるとか、ありえなくもないから怖い。
そんな思いにかられると、マーヴェリックから指定されたホテルに到着しても、それがどういう場所かゆっくりと見ている余裕はなかった。
こんなことで呼び出すには立派すぎるホテルということぐらいは認識できても。
エントランスの雰囲気やもろもろ、なにも気にしている暇はなかった。
なかなかこないエレベーターにいらつきながら、行かないって決めたのに。
行くなもと思考は言っているのに、足は指定された部屋番号に、しっかりと早足で向かっていて。
時間にすれば、元いた部屋を出てからそうたっていないのに、やっとメールに書いている番号と同じ数字が示されているドアの前に立てた気分だった。
巨大グループ会社の名前が入ったホテルだったので、系列が多く、この界隈にもこの名前がついたホテルがたくさんあったので。
タクシーの運転手が間違えていればいいのに、なんて馬鹿げた発想だ。
もしこれが部屋違いなら、縁がなかったと帰れる。
自分の足でここまで来たくせにそんなことを思いながらドアを叩いた。
指を折り曲げて、礼儀正しく叩けばいいのに。
ドンドンと、グーにした手を打ち付けるように、半ば開けろと脅すように叩いてしまうのは、自分の余裕のなさだ。
中から出てきたマーヴェリックが、あんまりにいつもと変わらない笑顔で。
来たか、なんて。
普通に可愛く迎え入れてくれるので、拍子抜けしてしまう。
色気をまといまくって、最初から大変なことになってしまうんじゃないかと思っていたから。
あまりに気構えすぎだった自分を反省する。
部屋に入ると、基本的に全室、海に面して建っているそのホテルは、そもそもからホテル全体としてラグジュアリーな雰囲気がある。
入ればなおさらリゾート感にもあふれているし、別にそんなに頑なに断ると決心しなくても、マーヴェリックは平和に過ごすチャンスも残してくれているのかもしれない。
そんな風に、安堵したのもつかの間だった。
2台あるベッドのうちの一つには、まるで店でも開いているのかというように、数々の大人のアイテムが用意されていて、硬直してしまう。
ローションと、避妊具の類なら理解はできる。
玩具めいたものも並べているので、本人が調達しているのだろうかと、まずはそこから疑問で。
手錠やアイマスクや、そのほかにも革製の拘束具のようなものがあるし、叩くための鞭のようなものまで。
「ちょっと待って、なにそれ」
思わず質問してしまう。
「ルースターの趣味って聞いたことないから、一応」
「まだ、このあたりぐらいまでは、わかるよ?」
そういって指で、玩具のところぐらいまでを示して。
その先のややサディスティックな要素を含むアイテムに、
「そういう系って想像してるわけ?」
思わずそう詰問のような口調になる。
「え?」
「おれ、マーヴのこと、縛り付けたりしそう?」
再会の時から、たしかにメンタル面ではサディスティックな振る舞いをしたかもしれないけれど。
それはあくまでも怒っていたからであって、虐げる趣味なんてないのに。
優しくしたい欲求が強いから、こんなアイテムを見ると、どんな風にみられているか心配になってしまう。
「違うよ、そうじゃない。
これは友人に教えてもらった」
「友人?」
「そうだよ。こういった事情に詳しい友人に」
「へえ」
「最低限、もっていけって」
「最低限ね」
「それに、別にルースターがするばかりじゃない。
もしかしたら、僕が縛り付ける方かもしれないじゃないか」
詭弁であったとしても、想像せずにはいられない。
『大人しくして』とマーヴェリックが冷めた目で言って。
自由を奪って、上に乗って自分で動く姿なんて。
そんな性的傾向は持ち合わせていないのに、全部に疑わしくしてくるマーヴェリックに、泣き言の一つも出そうになる。
彼が相手なら、どんなアイテムにも開眼させられる可能性もある。
「っていうか、その友人って誰」
「え?」
「マーヴにこんなこと言うやつって」
「ルースターの知らない人」
「じゃあ、おれもその人と知り合いになりたい」
「なんで?」
「マーヴェリックにこんなこと、させないように、言う」
「別に、協力してくれてただけで」
マーヴェリックはそう言うけれど、まずはこんなことまで全部話している相手というのも気になるし。
平然とこんなものを紹介してくれるなんて、どんな関係かと思ってしまう。
「おれが相手だから、まだよかったけど。
他の誰かのところに行くのに、こんなの持ってけ、なんて言う人と。
親密でいてほしくない」
そんなに親しいというのに、マーヴェリックの持つ雰囲気を理解していないとでもいうのだろうか。
こんなの持たせて男の所に向かわせて、どうなるかまで、想像していない相手なら、ちょっと説教しなくちゃいけない。
「他の誰かのところなんて、行かないよ。
こんなのしていいなんて、ルースターにしか言わない」
「そう?」
簡単に、可愛すぎることを言うので、平静を保つには苦労させられる。
「そんな簡単に…、誰とでも。
こんなの用意してホテルの部屋で待ちそうに見えるのか?」
マーヴェリックが少しだけ拗ねたように言った。
「簡単とは言わないけど」
「けど?」
「あんまりに無防備すぎるから」
「そうかな」
黒いベルトのついた拘束具を観察しようと手を伸ばすと、マーヴェリックが少し緊張していて。
そんな風に怯えるなら、平然と並べないで欲しい。
「こんなので自由奪われたりしたら、どうするの?」
「だって、最初で最後だし」
「だったら、一番優しくしたいよ」
そんな本音を言えば、マーヴェリックは黙ってしまって。
というより固まってしまって、そんなことぐらいでだんだんと顔が赤くなっていくので、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
どうしてこんなリアクションができるのに、一晩なんて、言ってのけてしまうのだろう。
「そんなおかしなこと言ってないだろ?」
「反則だろ、それは」
それ以上はかわいい表情は見せてくれないようで、マーヴェリックはくるりと背中を見せて、バルコニーの方へ逃げていってしまう。
こんな雰囲気の人を、縛って、目隠ししてなんて。ちょっと無理すぎる。
言葉だけでそわそわして、バルコニーの柵をつかんで、想いを処理しきれなさそうにしているのに。
「おれさ、実をいうと、もう飛び立ってるはずだったんだ」
マーヴェリックを追いかけるようにしてバルコニーに出る。
そう声をかけると、やっと顔を上げて、少し驚いたようにこちらを見た。
「そうなのか?」
「ここに来たら、誘惑に勝てなさそうだから」
「本気で来ないつもりだったのか?」
ショックの色を隠せないマーヴェリックは、やっぱり罪深い存在だった。
「そりゃ、とんでもない魅力的な話だし、実際来たけど。
しようと思ってきたわけじゃない」
「?」
「もう、未練たらしくて、ほんと情けないけど。
聞いてほしくて」
「何を?」
「おれの、実らなかった恋の話」
うまく笑えているかわからないけど、結末がちゃんとつくならそれでいいのかもしれない。
このまま、表に出ることもないまま、消えていってしまうかもしれなかったこの想いを、せめてまるでノートに書き記すように言葉にしたくて。
気持ちを受け入れられないと、お断りをしている相手に、こんなこと語られたところで困るだけだ。
人並みには経験をしてきたから、そんなことぐらいはわかってる。
それでも言いたいと思うなんて、馬鹿げていた。
だけど、マーヴェリックが年上で、最後の一晩なんていって、体を捧げるぐらいの気があるのなら。
肉体面での埋め合わせなんかじゃなくて、精神面でのそれぐらい、甘えてもいいんじゃないか、なんて。
わがままな感情もどこかにあった。
「聞くよ。
ちゃんと、最後まで聞くから、全部話してくれ」
柔らかい笑顔でそう言って。
本心から責任をもって、受け止める気でいるとわかるから、この人はよほど大人なんだと思う。
バルコニーから海を見つめる横顔が美しいと思った。
惚れてもしょうがないし、受け入れてもらえなくなって、妙に納得してしまう。
「いつから好きだった?」
柔らかい表情は、どうして人が告白しているのに、自分の愛情のほうがもっと大きくて、深いと自負するようなのだろう。
種類は違っていても、莫大な熱量の感情を注いでいると。
それだけは自信ありげなのが、どうしても腑に落ちないけれど。
結局そういう瞬間も、愛しいのだから、どうしようもない。
マーヴェリックが全部を受け入れるように聞いてくれるから、大人げないことはわかっていて。
そこから切々と、想いを語ってしまう。
もちろん全部聞く気でいるマーヴェリックは、どちらかというと、もはや頼れる上官としての雰囲気のほうが近く。
一つ一つの言葉に対して、真摯に向き合ってくれて、一対一の男として、ちゃんと救いの手をさしのべるような雰囲気だった。
そんな風にするから、全然愛の告白のような空気にならない。
だけど話が家族のことに触れ始めた頃からは、保てないように崩れてきて。
それから願書の話が混じった頃から、瞳がうるうるしてしまうから。
胸が苦しいぐらい愛しかったし、こんな人を好きにならずにいれるわけがなかったのかと、改めて思い知る。
そういうことがあったけど。
好きで、好きでしょうがなかったんだ。
どうしてこんなに好きなのに、言葉にするとつきなみな表現になってしまうのだろう。
こんなんじゃ、この想いを描写するに言葉が全然足りないと思うのに、マーヴェリックはそれでも充分伝わっているような表情だった。
こちらを見つめ返す瞳はたしかに水分を含んでいたけれど。
瞳がひときわゆらめいたと思ったあとに、ぽろっと、一滴。
何かの間違いのようにマーヴェリックの瞳から涙が落ちたから。
「え?」
思わず声が出てしまう。
普通は、だんだん追い詰められていって、もう泣くんじゃないかと、わかるのに。
聞き始めたときよりは感情的になっているとわかっていたけど。
まさか泣くタイミングだとは思わなくて。こんな風に涙を流すなんて知らなかった。
本人も、あれ?といった風に、続いて落ちるしずくを手の平で拾って。
ごめん、と何故か謝って、背中を向けた。
「マーヴ、泣かせる気なんて」
「気にしないでくれ。
続けてくれ、ルースター」
「だめだよ」
背中を向けたあとは、なにかから解放されたように。我慢してたように辛そうに次々と涙をおとす。
部屋の中の大きな鏡にその姿が映っていて。
どんな表情なのか、本人は隠しているつもりでも、しっかりと全部見えていたから。
こんな風に泣いてくれるのか、なんて。
だんだんと、傷ついた気持ちも癒やされてくるから不思議だった。
ただマーヴェリックを辛くさせているだけなのに。
「泣かせるつもりなんてなかったんだ」
あまりにその背中が小さく見えて。
不思議なことではあっても、マーヴェリックは物理的にサイズ感が違って見えることがあって。
アヴィエイターとしての彼は頼りがいがあって、パイロットスーツを着ているときは、どこか実際よりもたくましく見えるのかもしれないけれど。
傷つけてしまった時もそうだし、守ってあげなくちゃいけない場面にも、この人はこんなに小さかったかななんて思わされる。
だからこの瞬間に、思わず後ろから抱きしめてしまったことには、ただひたすら許して欲しいとおもいながら。
こんなに頼りない背中、黙って見てられなかった。
「ごめんね。こんなこと聞かせてごめん」
マーヴェリックは首をふるふると横に振って、
「いいんだ、ルースター」
聞いたことのない種類の声だった。
多分、傷ついていて苦しんでいて。
どんな風にマーヴェリックが大切にしてくれているから知っているから。
どんな風に苦しいのかさえ、よくわかっていた。
二人で過ごすようになってからのマーヴェリックは、まるで時間を惜しむように、与え続けてくれたから。
満たしてやれないこと自体も苦しいのだろう。
「やっぱり、言わなかったらよかった」
「どうして」
「こんなのただの自己満足だし。
マーヴに重いのを背負わせただけだね、これじゃ」
「そんなことないよ、ルースター」
後ろから抱きしめていると、愛しさばかりが募って。
腕の中で、こちらを向かせるように、強引にしてしまったのは、泣き顔を見られたくないマーヴェリックにしたら迷惑なことだったかもしれない。
「マーヴ、泣かないで。
ちゃんと理解してるから。
別におれが憎くて断ってるんじゃないって知ってるし、傷つけようとしてるんじゃないってちゃんとわかってるよ」
正面を向かせて、腕の中に包んでもうつむいたまま。
表情は見せてくれなかったマーヴェリックに。
「かなわなくてもいいんだ。
こんなに人を好きになれて、おれは幸せだと思ってるから。
だって、誰でも経験できるようなレベルじゃないと思うから。こんな想い」
顔を上げたマーヴェリックが、ブラッドリーと、名前を呼ぶ。
こんな風に思っちゃいけないってわかっているけど、泣き顔があまりに扇状的で、どうしてエロくかんじてしまうのか。
こんな場面なのに腰に来るなんて、もう最低で終わってる。
だけど、あまりにベッドでの姿を彷彿させるような要素があるから。
本当に、自分がどこまで重症なのかを自覚する。
苦しそうな声にも、泣いてる顔にも、欲情してしまうのは、あまりにマーヴェリックという存在を我慢しすぎたせいだ。
「そんな顔しないで」
そんなエッチな顔しないで。
と言いそうになって、寸前でまともな言葉にすり替えることができる。
ここでそんなことを言ってしまえば、断られているのに、上塗りして断られる。
そんなことができるかわからないけど。
「ルースター、話してくれてありがとう。
辛かっただろう?」
「マーヴ」
「僕も正直に話すよ。
グースのことももちろんあるけど。
別にもある。
そんな言葉、納得しないと思うから言わなかったけど…」
「別にもって、なに?」
「ほら、年齢だって、全然違うだろ?」
「それは」
「そうだよ、わかってる。
ルースターの言いたいことは、わかる。
でも、ほら」
そういって、手をひっぱって頬に触れさせて。
本人は、よく見てくれ、違うだろ?とでも言いたいのだろうけど。
「なに?肌年齢の話でもする?」
そんな言い方をすれば、やっとマーヴェリックが泣きながら笑って。
「まあ、いわばそうだけど」
「おれの肌よりつるつるじゃん。
こんなことしたってただ可愛いだけだから、無駄だよ」
「ルースター」
「別に、可愛い、愛しいって思っても、罪じゃないんだろう?」
「だめだよ」
「どうして?片想いまで止める権利ある?」
「ルースターはちゃんと、ふさわしい人と」
これ以上の人がどこにいるんだよ。
もう罪悪感を背負わせるようなことはしたくなくて、言葉を飲み込むけど。
こんな人を前にして『そうだね』なんて真っ赤な嘘をぺらっと言えるほどには大人になってない。
「こんなオジサンばっかり見てちゃだめだろ?」
もったいないよ、なんて小さく言う、唇の動きに。
もうキスが我慢できなくて、だから、寸前のところで、マーヴェリックの肩を押して体を離した。
このままじゃ、本人が嫌がっても、無理にでもしてしまう。
「マーヴェリック、もうおれ。そろそろ、無理そうだから。
行くよ」
「………」
「もう、行かなきゃ」
最後は自分にも言い聞かせて。
こんな表情のマーヴェリックを一人部屋に残していくのなんて、あまりに辛いことだったけど。
このままいれば、もっと辛いことを強いるのはわかっているから。
せめてもの大人の振る舞いで、どうにか部屋を出ていく決心をした。
◇
泣いているマーヴェリックを部屋に置き去りにして、ホテルのエントランスを出る。
そんなことをする日が来るなんて夢にも思っていなかった。
マーヴェリックが泣いていたりしたら、それこそ一人になんてできなかったし。
泣き止むまで側にいて、できる限り癒そうと努力したはずだ。
だけど、今日ばかりは事情が事情だった。
エントランスの前には、待ち構えているタクシーがたくさんあったし、来る時も乗ってきたけれど。
頭の中を整理したかったから、そのまま歩いて出ていく。
海沿いを歩きながら、さきほどまでの自分の行動を振り返る。
受け入れられないと断られた相手に、何を切々と語ったりしたんだ。
反省はすぐに湧いてきた。
最初は、マーヴェリックのほうがずっと大人なんだから、報われない感情を聞き流すぐらいはしてもらったっていい。最後なんだから甘えたっていいと思っていた。
いつから好きで、どんな風に好きで。
ひとりぼっちだった時間をどんな風に過ごしたのか。
一つ一つ言葉にして。
マーヴェリックの講義の初日に睨んだ感情がどんなものだったのかとか。
マーヴェリックいわくの〝とんがって〟いたことが、どうしてなのか、その理由も。
ハングマンとつかみ合いした瞬間の気持ちも話したし。
帰投命令を無視してマーヴェリックを助けに戻ったときの感情も聞いてもらった。
F-14で、もうダメだと思った瞬間、だけどマーヴと一緒なら、もう怖くないと、どこかでそんな想いがあったことも。
赤裸々に話すと、気持ちはぐっと軽くなっていった。
だけど、マーヴェリックには逆に背負わせてしまったことも、話したあとによくわかっていた。
だから深い反省をしていた。
ごめん、なんて100回以上、言っても足りなかったけど。
マーヴェリックのほうが多く言っていたような気もする。
あのまま部屋にいたら、『ごめん』合戦になるだけだったし。
なにより、最初から、あの部屋では行為に及ぶという約束が前提だったから、マーヴェリックは埋め合わせに、しばらくすれば服でも脱いだかもしれない。
そういう意味では、キスしそうになったあのタイミングで、どうにか理性を保てた自分は、それなりにちゃんとした最後を選択できたのかもしれない。
マーヴェリックからの提案は、喉から手が出るほど、魅力的で。
どうせ、今日なにもしなかったことは、死ぬ瞬間まで後悔するのだろうけど。
それでいいと思った。
しばらく歩いて、二つのホテルの中間距離はもう越えて、戻るホテルに近くなってきたタイミングで、マーヴェリックからのメッセージが来る。
どうせごめんとか、改めての謝罪のオンパレードじゃないかと、すぐには開けなくて。
少し時間をおいてからあけると。
〝部屋番号、教えてくれないか?〟
そんな文章が入っていて、確かにどこのホテルに滞在しているのか、名前は告げていたから、部屋番号で充分なのだろうけど。
まさかマーヴェリックは部屋に来るつもりなのだろうか。
向こうから会いにくるという意味なのか。
一瞬にして、舞い上がってしまう、自分が馬鹿げていると思っても。
どうしても、マーヴェリックからのそのメッセージが嬉しくて、何度か文字を見返してしまう。
来てもらったら、すぐにその体をベッドに押し倒してしまうのだろうから、番号を伝えないという方法をとるしかないのに、マーヴェリックもまだ少しは、何か伝えたいことがあるんじゃないかと。
ただその事実だけで嬉しくて。
あまりに舞い上がる気持ちを諌めながら、だけど、ふと冷静沈着な自分も脳内に登場してきて。
本当にマーヴェリックが、まだそのことを話すために、部屋にまで来るものだろうか。
ふと、そんな冷静な疑問に立ち返る。
熱烈に告白しようが、熟考の末、うけいれられないと告げる男だ。
冷静になってよくよく考えてみれば、一つの忘れ物に気づいて、大きなため息が出てしまう。
腕時計なんて、多分この状況なら〝あとで基地に送っといて〟とでも言われると思ったから『忘れ物してるぞ』じゃなくて、最初から部屋番号を聞いてきたのかもしれない。
来るわけないだろう、理由もなく。
普段は、なんでも物事を、期待ばかりで見るほうではないのに。
がっかりするよりも、先に悪い方を想定していたほうがいい。
そう思うタイプだというのに、マーヴェリックのこととなるとなかなかそうもいかない。
こうして何度でも、馬鹿みたいに淡い期待が脳内をよぎってしまう。
ただこうなれば一つの心配があって、あんな顔して。
あんな、えろい顔して、外には出てきてほしくない思いがあった。
だから、気づけばセルフォンから、彼の番号をコールしてしまう。
『ルースター?』
出た声からもう普段よりも妙に色気があるから、予感は的中しているっぽい。
「腕時計、だよね?」
『いいよ、届けにいくよ』
「だめ、そこから動かないで」
『え?』
そんな感じのマーヴェリックを部屋から出したくないというのが正直な想いだった。
どうせ本人は心配しすぎだと笑うのだろうけど。
部屋を出ていったときの、最後の表情を思い出せば、そのまま外に出していいような雰囲気じゃない。
「おれがとりにいくから、マーヴェリックは部屋にいて」
『なんで?別に、僕は時間あるから。
今日は君のためにあけてたし』
「そういう問題じゃないんだ。
お願いだから、そのままホテルにいて」
『そう?』
「絶対だよ?」
そう強く言うと、わかったなんていってるけど、ほんとにわかったかどうかわからない声色だった。
だから通話を終えて、すぐに来た道を走り出してしまう。
だって、マーヴェリックはそんな風に言っても、歩いてこっちに向かいそうだから。
性格的には、警戒心もなく、自分の魅力もわからず、誰かに狙われるなんて、そんなわけがないと心底思い込んでいる節がある。
潤んだ目でうつむいて、とぼとぼと頼りなさそうに歩いてくるんじゃないかって。
だから走る速度が早くなって。そうすれば、せめて時間が短縮できるから。
この職業で、それ相応に鍛えられていなければ、進めない速度で戻る。
走ってる途中には、マーヴェリックにはわざと忘れたようにに思われたかな、なんて余計な心配をしながら。
あんな顔してたマーヴェリックが、どこかの誰かに捕まってしまってないかも、不安になりながら。
マーヴェリックは贔屓目をのぞいてもかわいいのに、更に悪いところは、どことなく近づきやすい雰囲気があるところだった。
昔の記憶のマーヴェリックと違っている決定的な性質はそれで。
確かに昔から美しくて、人をどうにかさせる要素を持ってはいたけれど、昔のほうが親しい人間以外には、近づきにくいオーラをちゃんと放っていたのだ。
だけど今のマーヴェリックときたら、軽く話しかけれるような雰囲気をあまりに出しすぎてる。
元いたホテルのほうに、だいぶ戻ってくると、道の途中の植え込みのところで、マーヴェリックが座っているので。しかも、うつむいていて苦しそうに。
だから呼吸が整わないまま、うつむくマーヴェリック側にいって。
そのまま小さい体の前に座り込んで、膝をついて自然と、下から覗き込むようにして問いかけてしまう。
「マーヴ、大丈夫?」
はあはあと息をしながら、マーヴェリックの表情を確かめると、やっぱり予感は的中していて、その瞳にはまた水分が多くて。
「ルースター」
その手にはしっかりと大事そうに腕時計が握られている。
やっぱりこんな表情は誰にも見せたくないと思った。
マーヴェリックが傷ついた表情なんか、見たくないはずなのに、そんな顔さえ愛しいと思ってるから末期症状だ。
人のことをどんなサディスティックな人間にすれば気が済むのだろうか。
本来、優しい人間だったはずで、人が苦しむ姿を見るのは苦手だし。
愛しいを通り越してるマーヴェリックが相手なら、なおさらそうであるはずなのに。
うるうるしているマーヴェリックがかわいくてどうしようもない。
「どっか痛い?」
思わずそう聞いてしまうぐらい、苦しそうに。
大事に腕時計を持っている手ごと、包むように握るしかできなかった。
地面に片方の膝をついたまま、問いかけると。
「ルースター、心配しすぎ」
そういって、やっと口角を上げてくれる。
「全然しすぎじゃない」
誰かに捕まるなんて過剰な心配のような気も一瞬したけど。
ぜんぜんそうじゃない。
もしあの速度で走ってこなかったら、きっと。
心配した誰かが、『大丈夫ですか?』なんて。
人通りのある道だし、分岐になったこの場所は、特に周囲からもよく目立つし。
「ここから先の道は、右からでも左からでも、君のホテルに行けるみたいだから。
すれ違わないようにここで待ってたんだ」
マーヴェリックは包んでいた手をほどいて、腕時計をつけなおしてくれる。
ちゃんと右手につけることを知っているマーヴェリックの手が、一生懸命世話を焼いてくれる。
マーヴェリックは終始、年が離れすぎているほど年上だ、と自分で主張したけれど。
いつも世話を焼かせる雰囲気をしているのは彼のほうだった。
誰かに甘やかされ慣れているマーヴェリックは、いつだって愛しい存在だった。
「時計、ないと困るだろ?」
「うん」
「はい、できた」
そういってマーヴェリックがつけてくれたものだから、もう一生外したくないなんて、重症すぎる。
「でもさ、マーヴ。
電話で、部屋にいてって言ったよね」
「うん、そうだけど」
「なんで人の頼み、聞いてくれないの?」
「だって、そのほうが早く着くだろ?」
想像したとおりの単純な答えを笑顔で伝えてくれる。
ただ、待っていた時の表情から、少しは明るくなって、少しの安心はできるけれど。
やっぱり、この可愛さについて、まったくの自覚がないことだけはよく分かる。
「じゃあ、僕は戻るよ」
「マーヴ」
「これで本当にお別れだ」
「ちょっと」
「気をつけて」
「待っててば」
自分からひとりで戻って行きそうなくせして、名残惜しそうな表情なんて。
人のことを断っていても、全然離さない要素がある。
昔から、マーヴェリックは、一方的な想いを寄せられ、しつこくされることがあるっていういのは知っていた。
関係が断絶する前のマーヴェリック自身もそう言ってたし、なにより母もそれを認めていた。
マーヴェリックにしつこくする相手の気持ちが分かるのも問題だけど。
このままじゃ、自分だってストーカーになりかねない。
こんなかわいい顔して。どっちが片想いしてるのか、わからなくなるような表情で。
「部屋まで送るよ」
そう言って、逃げられないように腕を掴むと、もう片鱗を見せている自分が、やばいということは知っていた。
マーヴェリックはその言葉に、びっくりしたような表情を浮かべて。
その後は、笑って。
「なにそれ、変だよ」
人の心配を可笑しそうに。
「だってそんな顔で、うろつかせれない」
当たり前すぎることだからそういうと、え?という表情で。
「そんな顔って」
「心配すぎる」
抱きしめるなんて、駄目だと知っていた。
ハグぐらいのことならいいけど、ここでそうするのは、ちょっと違う意味が入るから。
でも我慢できずに抱き寄せると、
「別に普通だよ」
腕の中でそういって、ちゃんともたれかかってくるマーヴェリックはやっぱり罪深い存在だ。
だからなおさら好きなんて、救いようもない。
マーヴェリックになら、ぼろぼろになるまで、翻弄されていいなんて、馬鹿げた感情も芽生えてくる。
「それ、全然、普通じゃないから」
◇
マーヴェリックを部屋まで送り届けると、少しは安心することができた。
マーヴェリックの体を部屋に押し込めて、オートロックの施錠がされれば、外敵から守れたような気がした。
こんなことも、これからはもうできないのだけど。
もう基地に帰ったあとは側にいれないし、いなくていいと本人も言ってるのだし。
だからまたきっと、新しい苦悩の日々が始まるのは知っていたし、覚悟は今からするしかない。
あんな表情のマーヴェリックをおいたまま、あの場所で解散なんてできるわけがなかった。
ホテルの部屋に戻る前に、誰かに声をかけられてしまうかもしれないのだから。
大丈夫ですか?
ご気分でも?
その先を勝手に想像してしまうのは不可抗力というものだった。
そもそもから自分の危うさを昔から自覚していないマーヴェリックが心配だったし。
だけどアイスマンがいる限りは、それでもどうにかなっていたのかもしれないけれど。
今は。
「おかしいよな。僕が渡しに行ってるのに、君に部屋まで送ってもらうなんて」
「そうかな」
「そんな心配しなくてもいいのに」
「だって、泣いてたし」
少し赤くなっている目元に、あんな一方的な告白とその内訳で。
あんな風に涙してくれるマーヴェリックが、どうしてこうも純粋なまま年を重ねられるのか不思議だった。
「泣きたくもなるだろう?
僕は、君がすごく小さいときから知ってるんだから」
ベッドの側まで歩いていったマーヴェリックが、そう言った。
聞き飽きた言葉でも、今日のそれは本当に心の底から言うようだったので。
そうだね、と。小さく笑った。
どうにか落ち着こうと深呼吸しているマーヴェリックは、一人になったあとには、ベッドの上の大人のグッズを片付けたのだろう。
とはいっても、横のカウチに移動しただけのようでも。
一応は、この会はキャンセルという、一旦の区切りがついていたので、どこかほっとする。
「でも、君が、そんなにまで思ってくれていたなんて」
「言ってみるもんだね」
「ルースター、ごめんな」
また小さくその言葉を言うので、
「それはもうお互いに言わないって」
また泣くんじゃないかと思って、歩みよって抱きしめてしまったのは。
欲望とかのそれではなく、単なるハグにするつもりだった。
実はこれは練習でもある。
この先に、マーヴェリックに触れられる、正当な理由があるとしたら、していい範囲のハグぐらいしかないから。
つまりそれがうまくできないと、この先は和解前に逆戻りなぐらいに、疎遠になる可能性もある。
だから家族とか友人とかのニュアンスでのそれだったはずなのに。
マーヴェリックが背中に腕を回すし、そのやり方も、いわゆる純粋なばかりのやり方じゃないから。
誘う気なんてないのだろうけど、密着する体は充分に挑発の要素を備えていた。
「最後に、キスだけ、いい?」
なにもしないと決めていたのに。
この距離で無防備に、腰を近づけてくるマーヴェリックに問いかけてしまう。
ちゃんとマーヴェリックが、断ってくれるんじゃないかと、甘えもどこかにありながら。
なのに、マーヴェリックが少し体を離して、キスができるように。
見上げて、なにか犠牲でも払うように目を閉じるので、悪い男になった気分だった。
切々と語った、あの長年の片思いに報いるように、自分の体を捧げてしまう姿は、マーヴェリックらしいし。
なにより今は自分のためだけに、全部を無防備にして捧げてくれていると思うと。
この瞬間ばかりは、父親の代わりじゃないと、それだけははっきりわかる。
生涯一度になるだろう、マーヴェリックとの接触を、忘れないためにゆっくりと唇を近づけて。
思ったよりも柔らかい唇が、ただ重なるだけのそれを受けるように閉ざされていたので。
たった一度しかできないなら。
『ごめん、もう一回』、なんて軽率に言えないのだから。
マーヴェリックの顎を親指で押して、口を開けさせてしまうのも、許して欲しかった。
一度だけでいいから、マーヴェリックを味わいたいし、その全部の形を知りたい。
差し込んだ舌を、受け入れるやり方はどこか慣れていて。
だから過去の誰かに嫉妬もあったし、わきまえているキスだった。
いろいろできるだろうけど、みだらにはしないし、慎ましい。
だけど作法はわかっているように、応じるだけの動きはあって。
嫌がらないからしていいわけじゃなくても。
たった一度のキスを味わい尽くすように。
舌の感触も、歯の形も。
上顎の感触も、全部知りたくて。
順番に辿るように口内を探ると、服をつかんでくる手が愛しかった。
「ルースター」
唇を離したときに、呼ぶ声が普段のそれと違っていて、甘さをはらむので、それはあまりに衝動を突き動かされるような愛しいものだった。
自分のキスで、マーヴェリックこういう声色になるのかと思うと、抑えきれないものがあった。
「ごめん、マーヴ。
もう少し、していい?」
一度と決めたはずのキスなのに、その誓いがゆらいでしまう。
だめだよ。
大人なマーヴェリックがそう言ってくれるはずだった。
腕の中で呼吸を整えて、深呼吸をしてから。
「いいよ」
と、言ってもうつむいたまま。
さっきは上をむいて、キス待ち顔まで見せてくれたのに。
「じゃあ、こっち向いて」
「うん」
「マーヴ?」
「ちょっと待って」
指で頬に触れて、耳のあたりまで撫でていくと、少し赤くなっている血色に、なにかが煽られてしまう。
心の準備をして二回目に備えているマーヴェリックの顎に指をかけて、上を向かせて。
ちょっと待って、の理由がよくわかる、欲情の色がさした表情に、こらえきれずに、まだ許可が出ていないのに始めてしまう。
「ん……っ」
二回目は、さっきほど手順を守ってゆっくりとはできなかった。
今度は全部を奪うように、支配するような要素さえ入ってしまっていたかもしれない。
さっきのように模範的にでも応じてくれない口内を、まるで犯すように侵入して。
戸惑ってる舌を吸い上げて、体液を交換するような重なりに、くちゅくちゅと、水音が発つ。
舌で、口内の柔らかい場所を撫で回して。
力の抜ける体を、そのままベッドへと横たえるようにしてしまう。
ちゃんとキスだけだって決めてたのに。
ベッドで覆いかぶさるような体勢になっていて。
長々と続いた告白の前のマーヴェリックは、どこか余裕めいて、受け入れる表情を見せていたのに。
こうなると少し感情的に。
だけどしっかりと見上げて、逃げる気がない雰囲気があった。
ちゃんと向き合うという姿勢は、告白以前よりずっと強くなっていて。
最後までする気が強くなっているマーヴェリックの表情は、誘惑そのものでしかない。
「あと、ちょっとだけ、いい?」
ベッドの上でするキスで最後にする。
それ以上触ったら、絶対にそこで止まれなくなる。
「最初から、言ってるだろ?
なんでもしていいって」
このタイミングで、あんまりに危険なことを言うから。
それ、だめだよ、って言ってあげないといけないのかと思ってしまう。
この場面で、危険な対象は自分であるというのに。
まるで俯瞰でこの光景見るように、そんな風になってるやつに、そんなこと言っちゃだめだ、なんて。
目の前の年下がどうなってるのかわからないのだろうか。
危険すぎて、まるで第三者のような感覚さえ生じてくる。
「マーヴ、煽らないで」
「その代わり、今夜だけだから」
「言ってたね」
「今日だけはルースター、全部思うようにしていい。
乱暴にしたっていいし、なにも確認なんてとらなくても」
「乱暴になんか、したくない」
「……」
「優しくしたいんだよ、マーヴ」
もうすでに、履行できているのかわからないことを言って。
行動と矛盾する言葉は怖がらせているかもしれない。
シーツをつかんでいたマーヴェリックの手をほどいて、組むようにつないで、押し付けるようにはならないように。
ベッドのとの間で包むようにしながら、ベッドの上でのキスを始めると、今までとは違う息遣いと。
くぐもった甘い声と。
足が絡まる感触が、なんともいえなかった。
もぞもぞと動くのは、かすかな抵抗かもしれないし、自然と動いてしまうものかもしれなくても。
無意識に太ももに擦り寄せられるような、マーヴェリックの足の内側の感触に煽られてしまう。
足の間に腰をねじ込むように、開かせてしまうと、知らずそういう体勢になってしまう。
足が閉じてしまわないように、体で阻止するように邪魔してキスを続けると、ぎゅっと握ってくる手が愛しかった。
唇から離れたあとは、しがみつくようなマーヴェリックの手を口元まで近づけて。
親指にキスをした。
その次に、手の甲の方に、続けて唇を押し付けると。
まだ整わない呼吸で、その様を見つめるマーヴェリックの視線があった。
「ルースター…」
手を解いてから、手のひらにキスをする。
素直にされるままなので、人差し指の根本に軽く歯を立てると、マーヴェリックは手を引いてしまって、ここでようやく逃げようする動作があった。
でも、逃げないように引き寄せ直して。
手のひらに再び唇を押し当てたあとは、舌でべろり撫でてみると。
マーヴェリックがちいさく、ん。と声をもらす。
人差し指と中指の、付け根のあたりに舌を這わせると、小さく息を吐いて、マーヴェリックは目を閉じた。
さっきのキスからうすうす感づいてはいたものの、これはちょっと問題があるぐらいに、おそらく敏感だとわかってしまう。
「ちょっと、そんなとこ、舐めるなよ」
こんなとこぐらいで、言っているマーヴェリックは、きっと彼は経験値も高いはずだ。
ありとあらゆることもしてきただろうと思うのに。
「ん、んんっ」
手のあたりをちょっと舐め回しただけでも、逆の手で肩を押してきて。
こんなぐらいで、と思ったときには、もう我慢できずに、赤くなる耳たぶに噛みついて、舐め上げてしまう。
すると思ったよりもずっと甘い声を出して、しがみつくように、服をつかんでくる。
我慢できなくて、首筋の肌の感触を散々舌で味わって、気づいたら腰のあたりから服の中に手をいれて、素肌に触れてしまう。
なのに抵抗もしないので、そのまま肌が露出するように、上にまくりあげてしまって。
マーヴェリックの素肌に唇を寄せてしまう。
ずっと触れたかった、その肌の、脇腹のあたりにキスをして、少し上にあがって。
「ねえ、舐めるだけだから、いい?」
マーヴェリックの胸元に、唇を近づけた状態で、思わずそんな質問を投げかけてしまう。
「ルースター、言ってるだろ?」
「でも、ちゃんと確認しなきゃ」
そう言って、胸の突起の真横に口づけて。
舐めていいか、もう一度確認すると、ううう、と困ったような声が聞こえた。
「マーヴ、ここ、していい?」
周囲だけを舌で辿って、中心には触れず。
許可だけを待っていると、諦めたように小さくうなずくのが見える。
「言って」
「ルースター…」
「舐めていい?」
確認なんかしなくていいと、先に言っていたマーヴェリックの言葉を忘れたわけじゃないのに執拗に聞けば、
「いいよ、して。ルースター」
小さい声で、でも許可が出て。
舐めたくて唾液の分泌している舌でべろりと突起の部分を撫でると、マーヴェリック体が小さく揺れた。
最初は大人しく人からの行為を受け止めていて、だけど散々舐めたり吸ったり転がしてたりして、逆のほうを指で触れながらつづけると。
我慢するような甘い声が聞こえる。
逆側も同じようにして、長い時間をかけてそうしていると、途中から、口元にあて、声をおさえていた手が肩にかかって。
「いつまでするんだ?」
そんな可愛い質問があって。
そうか、といい加減、ここばかりじゃなく、先にということだろうか。と下腹部に視線を落とすと。
「違うよ、そういう意味じゃないけど」
「それって、ここは、やっぱり駄目って意味?」
そっと手を伸ばして、ジーンズのボタンのあたりに指をかけると。
「聞かなくていいって言ってる」
「そう?」
「でも」
「でも?」
「ルースターはもっと何か要求すべきだと思う」
マーヴェリックの真面目な表情に、何を?と思って見つめ返すと。
「君がするんじゃなくて、僕にもっと、なんでもさせればいいのに」
どこか、一晩の提供という意味合いは、二人の中で食い違いがあるようだ。
マーヴェリックはさせられてるとばかり思っている。
「それはあとで」
といって、ある種の許しを得たような気持ちで、ゆっくりとジーンズのボタンに手をかけると。
どんな条件でも飲むといった手前、やめろとはいえないのか、促したくせにマーヴェリックは不安そうに、肩に手をおいたまま。
本気で、させられるばかりだとでも思っていたのだろうか。
一晩、言いなりになるということが、あれをしろ、これをしろ、と要求されるだけだと思っていたのだとしたら、あまりに可愛すぎる。
したいことの大半は、マーヴェリックになにかをさせたいんじゃなくて、マーヴェリックになにかをしたいということなのに。
胸元への刺激に対して、着衣の下でちゃんと反応してくれている体には、少し現実味がなかった。
もしこんなことを許可されたとしても、マーヴェリックがその気になるのは大変だろうと思っていた。
だからいろいろ手を尽くすつもりだったのに。
罪深いほどに素直な体は、反応がよすぎて困ってしまうほどだった。
ジーンズを下げて、下着だけにすると、ちゃんとボクサータイプのそれの下で、形を変えているそこを、根元の方から指先で、確かめるようにたどって先端までたどり着いて。
裏筋を布越しに撫でるように何度もしてると。
「あのさ、ルースター」
「なに?」
「触るなら、普通にさわれ」
「普通に触るってなに」
「なんか、それ…」
「気に入らない?」
あんまりにかわいいことを言うから、しょうがないので。
足元のほうで集中して、マーヴェリックの熱を下着をつけたままの状態で、見つめて触っていたところから。
体を上にのぼらせて、唇にキスをしたまま、手を伸ばす形で触れるやり方に変える。
あんまりにまじまじと、下腹部の付近でうっとり眺めてしまうのは、たしかに普通じゃないかもしれない。
どうしたって執着が強くなりすぎていて、確かめたいことが多すぎるので、ついそういう行為に陥りがちで。
ひかれてしまわないように、注意を払わなくちゃいけない。
マーヴェリックが思うところの、おそらくは普通の触り方に変えて。
本当は足元のあたりで、マーヴェリックのそれを、1つ残さずまじまじと見つめたいけれど。
おそらくよく見えるような形で、下着を取り払って、全部目に焼き付けるようにしても。
これが望んでることだからと言えば、マーヴェリックは我慢して全部を受け入れるかもしれないけれど。
最後の夜に、ルースターの性癖という分野の記録に不名誉な形で刻まれても問題だ。
マーヴェリックは不思議なことに、こんなに生々しいことをしても、イメージを崩さなかった。
こういうやりとりになると、一気に人間みとかがでるはずなのに。
なんというか、ますます興奮を煽る要素以外の何も見つからない。
そんな存在がいるのだろうかと不思議になるけれど。
これほどに、あまりに甘い印象を持ち続けてきたのに、上回るなにかを見せつけてくる。
例えば声だって。
「ん…っ」
マーヴェリックが言うところの普通に触るを、想像して。
布越しに、性器をちゃんと握って、擦る動作を始めれば、こらえようとしながらも、吐息と甘い声の間のようなそれが聞こえてくる。
そういう声だって、長いこと想像していて、多分都合のいいように思っていたのに。
それよりずっと、現実のほうが性欲を直撃する種類のものだった。
布の上から触るぐらいで、こんな声を出すなら直接だとどうなるのか、試したくて、ゆっくりと指を下着の中に滑り込ませていって。
直接触れると、さっきから服にしがみつくようにしているマーヴェリックの手に力が入る。
視線をあわせないようにして、ただその感触を受けているから、最初は触れるだけで。
途中からは握って動かすと、また手を口元にもっていって。
呼吸ごと押し殺すようにしてしまう。
体から離れると、少し心配げに見て。
下着を脱がせようと、半身を上げると覚悟をする瞳が見上げてくる。
倫理的な側面に耐えるマーヴェリックを見つめながら、ゆっくりと太もものあたりまで下げたジーンズと一緒に下着を脱がせていくと。
ちゃんと足も抜き慣れてるし、だけど足元のほうでじっくりと肌を観察すれば。
全部を逐一聞けはしなかったけど。太ももや腹部に、残る傷跡があって、何年にどういう怪我をしたのか。
もし許されるなら、一つ一つ聞いていきたい気持ちがあった。
「萎える?」
傷跡に視線が向いたことに気付いたマーヴェリックからの質問に。
「怪我したとき、これも、これも、全部、側にいたかった」
一つ一つに触れながら、もうかなわない願いを告げて、太ももの外側にキスを落とす。
この先に、もしもそういうことがあっても、側にいれるのは自分じゃない。
そう思うと寂しくてならなかった。
この先、マーヴェリックの側にいて、怪我した日にも。良い日も悪い日も。
彼にとってなにかの事態がおきたときに側にいれるのは。
『マーヴェリック、またか』と呆れるような、純粋な、彼の友人たちだったり。
マーヴェリックがなんの罪の意識を持たずに側にいることができる、肉体関係も結べる誰かだったり。
そういう人たちが、この愛しい人の人生を見守っていくのだ。
そこに自分はいない。
「ルースター」
太もものあたりにキスを続けて、敏感な肌をべろりと舐めると、次にしようとしていることの想像がつくのか、マーヴェリックが半身を起こす。
「ちょっと、待って」
「今夜はなんでもしていいって」
「だけど、僕がするんじゃないの?」
「だから、それはまたあとで」
マーヴェリックにしてもらいたいのは、実は二番目の欲求であることと。
行為の全部に時間をかけるつもりだということを、ようやく理解をしてくれたのだろう。
マーヴェリックの視線がちらりと時計のほうに向いた。
まだ日が暮れたばかりの時間で。今夜というなら、そうとうな時間が確保されている。
「もうちょっと、足開いて」
言葉で言わなくても、押すようにして足を広げさせれば、きっと恥ずかしがっても、言いなりになるだろう。
さっきから、何をしたって抵抗はみせなくて、宣言の通りに全部捧げてくれるから。
だけどさっきから『何かを要求しろ』と、逆にそれを要求されてる気もするから。わざと本人にさせてみる。
マーヴェリックが求めることはそういうことじゃないのだろうけど。
だから、もしかして。
これは趣味の領域なのかもしれないし、そういうことに興奮できるなんて、自分でも知らなかった。
「これぐらい?」
膝を立てて、足を開いて、顔を赤くしているマーヴェリックは、何かが始まれば、少しは羞恥もましになると思っているようで。
恥ずかしい時間は終わって欲しいと望むような表情だった。
挿入して動かし始めれば、恥ずかしさも低減すると感じているのかもしれない。
「シャツ、まくって。上のほうまで」
わかった、と小さく言って、さっき胸のあたりを舐めまくっていたときと同じぐらいのあたりまで自分で上げて、下半身から首元まで、肌を晒すようして。
いわゆる言いなりだった。
まだまだ見ていたくても、ただいじわるをされているようにしか思えていない表情のマーヴェリックに、そろそろやめてやらなくちゃいけない気持ちが芽生えて。
夢に見ていたのはもっと、爽やかに抱くような行為だった。
絵に書いたようなキスをして、恥ずかしがるマーヴェリックを綺麗に快楽に追い込むような。
こんなにこじらせるまでほっといたマーヴェリックのせいだと、胸の中で文句を言ってもしょうがなかった。
慎ましく開いてくれた足の間に、肩をはさませて、太ももの内側にキスをしてから、さっきはマーヴェリックが中断させてきたそれを、すべく。
だけど、まだ足の付け根あたりにキスをして。
なかなか中心には触れないでいると、マーヴェリックの性器はたまにびくっとして、途中からは苦しそうだった。
オーラルでなんて、これまで何度だって、女性にも男性にもされたはずだと思うのに。
マーヴェリックの表情を確認すると、生まれて初めてされるかのように顔を赤くして。
直視できないように、目元を手の甲で抑えていて。
もしかしたら、おれが初めてなのか?なんて思って、そんなわけはないと思う。
ようやく、マーヴェリックの熱を口に含んだ瞬間の、あまりに慣れない様子のリアクションに、やっぱりそういうことにしたくなる。
「待って、やっぱり、それは、ちょっと」
そういって髪に触れてきて、頬を押してやめさせようとしてくる。
「なんで?」
「なんか、だって」
ぐずるようなマーヴェリックの言葉を無視して続けると、断続的な甘い声が漏れて。
可愛すぎて、どうしていいかわらかなかった。
「や、待って、ルースター」
甘い声が続いて、腰が少し浮いた瞬間にベッドとマーヴェリックの腰の間に手を差し入れて。
少し浮かすようにしてくわえると、それ、やだ。
小さい声で言ったあとは、逃げようとする動作があるから、腰を抱きしめるようにつかんで、逃げないように続ける。
わざと音を聞かせるようにして続けると、快楽に従順な体は、ちゃんとその刺激を享受していていて。
素直に気持ちよくなる体が愛しかった。
だけど本人は、かわいいブラッドリーにこんなことさせちゃだめだ、と模範的な何かと戦っているようで。
「ルースター、お願い」
途中からは助けを求めるような声になってしまう。
「なんで?気持ちよくない?」
「気持ちよくて、駄目なんだ」
「どうして?」
「いったらどうするんだよ」
少し怒りもはらんでるマーヴェリックの声に、どうしてこちらはいかそうとしているのに、本人は抵抗してるのかわからなくなる。
「いけばいいのに」
もう一度口で刺激をはじめると、いやだいやだと、口の中でいくのだけは回避したがってるのだとわかる。
だけど、今夜だけというならなおさら。
そんな要求には応じられない。
逃げる腰をホールドして、小さく震える体に、刺激を続けると。
「や、いく、いっちゃう」
耳から神経を侵していくような、マーヴェリックの甘ったるい声が聞こえて。
あまりにかわいすぎるし、逃げれなくて口の中で達する瞬間が、愛しくて。
全部の味を覚えていたくて、確認してから飲み下すと、マーヴェリックは半身をあげて、なんで?という表情で見ていて。
唇を舌で舐めるようにして、マーヴェリックの射精の余韻に浸っているのに。
マーヴェリックが、ふるふるとしている。
「ごめん、ほんとに。
今夜だけだって言うから。
どうしても」
最初に言ってしまったのは、弁明のようなそれだった。
口ではいきたくないというマーヴェリックの意思はわかっていたのに。
自分の欲求を満たすために、強引にしてしまったから。
「なんで飲むんだよ」
「嫌だった?」
「ルースターに、そんなことさせるつもり、ない」
「そっか」
「そっか、じゃない!」
「でも、めちゃくちゃかわいかったし」
いったばっかりの体を抱きしめると、少し体温が上がっていて。
腕の中で、〝ブラッドリーの口に出した〟という事実を反省している。
「じゃあ、次は僕が」
そう言って、マーヴェリックの手が下半身の着衣にかかったときに。
「ごめん、シャワーも浴びずに」
「え?」
「さっき走ってきたし、浴びてくるよ」
「浴びるなら、早くいってくれればいいのに」
「ごめんって」
「違うよ、僕だってされる前に先に浴びたかった」
「いいよ、マーヴは。
むしろ、マーヴはバスルームにいかないで、そのまま待ってて欲しいし。
だけど、知ってるよ。
おれが部屋に来る前には、ちゃんと準備万端だったよね」
マーヴェリックが、はあ、とため息をつく。
変態だと、完全なるレッテルをはられるから、それ以上は言わなくても、マーヴェリックの匂いはいつも確認している。
疑似家族として許される範囲の距離と接触では、ちゃんとマーヴェリックのコロンもしってるし、変わればすぐにわかる。
シャンプーの香りも知ってるし、アフターシェーブも。
訓練後で、みんなのことをへろへろにしたあとのマーヴェリックの香りも。
『あー、シャワー浴びてきちゃったたのか』なんて思ってたって言ったら、二度と近くには来てくれなさそうだ。
なんでシャワー浴びてから中将のところに行くんだろう、と。
あの日は我慢できずに、とんでもなくふて腐れた雰囲気を頑張って醸して質問してしまったから、ちょっとだけ後悔していて。
『前に疲れまくってて、無精髭でいったら、身だしなみをちゃんとしろって怒られた』って、ちゃんと説明してくれたけど。
あの日もなんで〝わかったんだ?〟という表情で不思議そうにしていて。
〝髪が乾ききっていなかったかな?〟と、別れたあとで、マーヴェリックは鏡でチェックしていたけど。
本当は、そうじゃない。
「ルースター、あのな」
「とりあえず、おれは浴びてくるから。
それか、そのままのほうがいい?
テンションとか、あるもんね」
「君が気になるなら。
そのままするって押し通さないけど」
「そう?」
「僕は別に気にならないけど?」
そういって首のあたりに顔を埋めてくるから、もうえろすぎて、そのまま押し倒したい衝動と。
おれを全部味わってくれと言いたい感情と、じゃあ、始めようと、全部脳内では揃っていても。
「おれは気にするから」
なんて、結局、模範的なブラッドリーが勝利をおさめてしまう。
今夜が最後なら、せめて。
すでに現時点で失点が多いのだから、これ以上重ねるわけにはいかない。
今のところ得点ばかりのマーヴェリックに、勝てるわけはないけれど、コールドゲームなんてあまりに悲しい。
「一緒に入ってくれる?」
「え?」
「だって、ほら、雰囲気もあるし」
「そんなの一人で入って……」
と言いかけたマーヴェリックは、自分がもちかけた今夜の条件を思い出したように。
なんでも言うことを聞くなんて、なんで言ったのだろうと、そんな表情でもあった。
「じゃあ、いこっか」
マーヴェリックの手をひいてバスルームに連行すると、素直に従ってくれる。
大きな鏡の前にマーヴェリックを立たせて。ベッドの上で、ほとんど脱がしてしまったけれど。
Tシャツだけは、めくるようにしていただけで脱がしてはいなかったので。
その最後の1枚をここでやっと脱がせる。
マーヴェリックが自分で脱ごうとするのを止めて、自分の手で脱がせてあげてから。
裸になった彼を抱きしめて、鏡越しにその体を舐めるように見つめた。
「ほんとにえろいよな、マーヴ」
「ルースター」
言葉、と。
もう何年も言われてないお叱りをうけて、だって、と。
素肌の肩に顔を埋める。
服を着ててもえろいのに。裸なんて、もう。罪深い領域だ。
素肌になったマーヴェリックの肩にキスして、首筋に、耳に。
このままでは体へのキスを続けて、永遠に自分の服を脱がないと理解したマーヴェリックが。
いよいよこちらの服を脱がせ始めてくれる。
マーヴェリックは普段から教え子たちには等しく、自分の知識をさずけているし。
訓練飛行でも、若手にちっとも手加減してくれず、全員にちゃんと教えるべきことを、実戦としてやってくれる。
だけど、ただ一つ。
他のパイロットにはしなくて、自分にだけしてくれることは、この甘やかすという行為だった。
周りがどんなにからかっても、気にならないぐらいに。
子供にするように構う時がたまにあって。
だから装備をわざと甘くしたり、計器類をのぞきに来させていていたなんて、今もって秘密だ。
マーヴェリックが自機以外のはしごを昇るのは、ルースター機だけと、みんなは笑っていたけれど。
こうして脱がされる瞬間には思う。
誰かに甘やかされるプロのマーヴェリックは、おれだけ甘やかしてればいいって。
アロハシャツを脱がせて、その後、中に着ているTシャツを脱がせようと背伸びをするから。
腕を上げて、少しかがむと、むっとしてしまう。
だって小さくてかわいいのに、届かないと怒ったらむきになって、この洗面台にでもよじ登りそうだ。
「マーヴ、かわいい。
ほんとに好きだ。
好きすぎる」
「ルースター」
「明日からはもう言わないから、今晩だけはいい?」
耳元で懇願する。
マーヴェリックが、ブラッドリーからのお願いを逃げれないことを知っていて。
わざと甘えるように。
「今晩だけなら」
「愛してる、マーヴェリック」
結局は、失うことになってしまっても、言えてよかったと今はそう心から思う。
明日から後悔するかもしれなくても、この想いが、彼に伝えることができて、本当に。
素肌をぴたりと密着させて、愛してると言える瞬間があるなら、一生黙っているよりも、価値がある。
もう、このあとからは、やっと手に入れた距離感を失ってしまうし、それは今考えるよりもずっと辛いことなのだろうけれど。
この瞬間だけで、全部を引きかえにしてもいいと思わせてくるから怖い。
「ルースター」
「ごめん、重くさせる気はないんだ。
聞いてくれてありがとう」
そう伝えると、ごめん、という言葉を飲み込んでいるようだった。
バスルームのちょっと明るすぎるんじゃないかと思うLEDの白い光に照らされたマーヴェリックの体は、どこに触れても愛しい形をしていた。
そんなタイミングで、これまでで初めてといっていいぐらいに、能動的にマーヴェリックからの興味で体に触れてきてくれて。
遠慮がちに、胸元に手の平をあてると、ゆっくりとたどって。
「よく鍛えてるな」
上官めいた口調で言ってくれるものの、トレーニングルームでは、ストイックにこなすハングマンの横で、『だるい、もう戻ろうかな』なんて終始そんな感じで。
みんなが頑張ってるのに、一人早々に切り上げたがっていたのだけど。
それでもやめずにやっててよかったなんて。
マーヴェリックに少しうっとりとした表情で触れてもらえるなら、トレーニングなんて死ぬほどしたっていいぐらいだ。
「そう?」
「いい体してる」
そう言いながら、腕のラインも確かめるように触れて、腹筋も。
「好み?」
誘導尋問のように聞けば、安直にうん、といいそうになったマーヴェリックが寸前ではっとして、言わされるところだった、と。
警戒して口を閉じる。
「別にいいじゃん。
付き合わないけど、体だけは好み、っていうのも、罪ないだろ?」
「あるよ」
「せめて一つぐらい好きになってもらいたいし」
「一つじゃない」
それは別に取り消しはしなくて。
「たった少しの、そうできない理由が強烈なだけで。
ルースターは、すごく、魅力的だよ。
誰よりも、ずっと」
「ほんとに?」
「ほんとに」
そういって腕の中にたおれこんできたマーヴェリックはぼんやりと鏡を見つめていた。
鏡越しに人の体を確かめて、背中を撫でて、腰のあたりに触れて。
こんなにも熱っぽく、グリーンの瞳に見つめられて、落ちないやつなんかいるんだろうか。
◇
マーヴェリックは嫌がらずに体を洗わせてくれたし、洗うという名目で、さんざんベッドの上で舐めた胸の一部も、また泡だらけにして指で撫でて。
そんなに何回もいけないからとか言っていたのに、洗ってるうちにまた兆してくるそこは、あんまり強く刺激しないようにした。
ひとつ、マーヴェリックの体に問題があるとすれば、敏感すぎるところだった。
本来なら長所の一つになるだろう特性も、行き過ぎてしまえば問題だった。
しずぎると辛くさせるから、これは洗うという行為なんだし。
背後から泡だらけにしてだきついて、いろいろしていたけど、マーヴェリックの体の力が抜けそうになる頃には解放して。
一緒に入ろうという、誘いだったけど、マーヴェリックにとっては要求の一つにちゃんと応じるように、『今度は僕が洗う』といって体を洗ってくれる。
その間にキスで邪魔をすれば、できないから駄目だと。
今からすべきことの中で、重要な部分は自分でやれとかいってしまうけど。
ちょっとだけ、撫でるぐらいでいいから。
手をもっていかせると、少し心配そうな表情が印象的だった。
サイズを確かめて何かを考えこんでしまっているようで。
「まだ入れるって決まったわけじゃないし」
「そうなのか?」
「そうだよ、舐めてくれるってことまでしか、話してない」
「ここまできて?しないのか?」
「するつもりで来てないし」
「だけど、いいっていってるのに?」
「そうだけど」
「でも、ちゃんと見てから言うんだったって、少し後悔してる」
マーヴェリックがもらした弱音は。
どこか性器の大きさを確かめながら、言っている節があって。
そんなの検査されてから、一晩の許可を貰うなんて光景、想像したら笑えてしまう。
勃起した状態を確認してから、一晩つきあってやってもいい、と。
許可でもくれるのだろうか。
「見たら許可しなかった?」
「いいや、僕の責任だから。ちゃんとルースターが気のすむまで、つきあうし」
「そうだよ。マーヴのせいなんだからな」
笑いながらそういってキスをして、深くしたまま、従順に洗ってくれる手がかわいくて。
その手の外側から握って、掴ませて。
マーヴェリックの手ごと動かすと、抵抗する動作があったものの。
「ごめん、マーヴェリックの手、かわいくて」
「かわいいってなんだよ」
手にかわいいもなにもない、と憤慨している。
逃げたがるマーヴェリックの手を離さずに。
大きさといい、感触といい、なにもかも愛しい手にこすらせる。
本人はかわいいというカテゴリーがないというけれど。それ以外、言いようがない感触だし、動かし方だった。
マーヴェリックはその行為に恥ずかしそうにしていて。
している最中の顔も見られたくなさそうだから、逆の手で体を引き寄せる。
密着すると見えないのは残念だけど、顔を見られないことで、やっとマーヴェリックが動作に集中してくれる。
「ルースターの、ほんとに、大きいな」
率直な感想にどくんとまた一つ血流が集まってしまうと、最後は怖がってやっぱり手を離してしまった。
「もう、出る?」
ずっと触ってられる、泡だらけのマーヴェリックの体は、出ようと言ってもらえないと、離せる気がしなかった。
だから、適切な問いかけだった。
「そうだね」
互いに体を流したあとは、マーヴェリックだけは浴室に残って。
人のことだけ、出ていくように促す。
「マーヴは?」
「まだやることあるし」
「そうなの?」
ガラス戸の向こうにおいやられて、
「やることって、これ?」
ガラスの台の上にある、ローションのボトルをとって。
渡してくれというマーヴェリックに、
「これ、おれがやりたい」
「え?」
「中に入れるの?」
「ルースター」
「ベッドでやろ?」
「いいから」
「なんでもきいてくれるって」
そういったら、やっぱりちゃんと黙って。
恨めしそうに見たあとは、
「それでもまだやることあるから」
そう言って、早くいけと追い出す。
「見てていい?」
「全部受け入れると思うなよ」
「だって」
「こういうのは除外」
「そうなの?」
「そうだろ?」
「わかった」
最後に受け入れて、大人しくバスタオルで体を拭いていると、ガラス越しのマーヴェリックがその様子を見つめながら笑ってて。
「なんで笑うわけ?」
「相変わらず素直だな、って思って」
ガラス越しの声でそう言った。
「マーヴが本気で怒った顔するから」
「怒るだろ?
適当に、酒でも飲んで待っててくれ」
「アルコール入れたくない」
「なんで」
「神経を研ぎ澄ませたいから」
真剣な目で、ガラス越しにマーヴェリックに伝えると、マーヴェリックは笑っているけど。
笑い事じゃない。
全部の感覚を研ぎ澄ませて、脳内の記憶領域に鮮明に刻みつけないといけないのだから。
なんならくだらない情報は、今のうちに削除したいぐらいだ。
「わかった、好きに待ってろ」
最後は、自由にさせる風な言い方だった。
だけど続きが気になって、出ていったふりしてドアの隙間から見てると。
「気付いてないと思ってるのか?」
脅すように言うので、結局追い出されてしまう。
マーヴェリックの準備に悶々としながら。
さっき洗面台から奪ってきたローションと、財布からゴムを出して。
ベッドの横に設置されている棚の上に並べながら。
これで正しい決断なのか、最後までそんな感情は払拭できないでいた。
◇
バスルームから出て、ベッドの方に戻ると、ルースターは本人の宣言の通り、アルコール類には一切手をつけていなかったようだった。
バスローブを着て、ソファに座って。
ちゃんとする気はあるように、ベッドの横に準備された、シャワールーム内で奪っていったローションと、持参しただろうコンドームのサイズに、そりゃそうだよな、と納得してしまう。
確かに自分から提案したことでも、いざとなると本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。
さきほどしっかり自分の手で確かたサイズには、準備も少し念入りになってしまう。
人を外見ばかりで判断しちゃいけない。
心の美しさを云々かんぬん。
小さいブラッドリーに教えていたけれど。
低めのソファでは、邪魔そうに長い足も、そもそものスタイルを物語っているし。
ローブで隠れる体も、均整のとれた筋肉がうっとりするほどで。
濡れた髪はちゃんと乾かせと言いたいものの、愛しい手触りだし。
まだいろいろと思案している、綺麗なブラウンの瞳も、ちょっとずるいぐらい見とれてしまうような要素がある。
造形として好きだと、今になって言えるわけがない。
こんなに素晴らしく仕上がるとか、誰か先に言っておいて欲しかった。
関係が断絶する直前は、年の割にも子供みたいだったのに。
途中までは、もっとベビーフェイスで。
体だって、内勤向きだったんじゃないのかと。
アヴィエイターの職業に関しては、中にはそういうタイプもいるから、などと思っているうちに、こんなに分厚くなって。
今になって苦情なんか言ってもしょうがないけれど。
こんな良すぎる肉体と顔をして、好きだ好きだなんて迫るのだから、ちょっと手を緩めてほしい。
バルコニーの方へ歩み寄って、海を眺めて、少しでも心でもおちつけようとしていたら、後ろからそっと抱きしめられて。
駄目なんだって。
心の中で大声で叫んでみるも、伝わるわけもなく。
腕も、背中に触れる筋肉も。
今はもう、首筋に押し当てられた唇の感触さえ。
甘ったるくて、どうにかなってしまいそうだった。
「ねえ、マーヴェリック。
本当に、いいの?
おれは今日、しないつもりできたし。
別にここまでで充分だから」
などと可愛い声でいうから、脳内で歪みが生じる。
こんな感じで話すくせに、すっかり大人の体で。
ひとたび性行為めいたことを始めると、凶悪なまでの数々で。
最初はグースに重ねてしまうから、いけないと思っていたのに、そんな心配をなにもかも払拭するほどに。
この手のこととなれば、まったくの別人だ。
強いていえば優しく問いかけたり、こんな風に大丈夫かどうか確認してくれるのは、同じでも。
ルースターの持つ執着心というのは、経験したこともない類のものだった。
これまでしてきた過去の行為のどれもが、ごく常識的な範囲の恋人同士のそれだったとでもいうのだろうか。
底知れなさを感じるのは、それでもまだまだ欲求を抑えている雰囲気がありありとわかってくることだった。
かなりの執着を見せて舐めたり触ったりしていたけれど、実際は片鱗しか披露してない感もある。
これは、若さということだけじゃ説明できないものだった。
「最後なのに、いいのか?」
振り返ってそう聞くと『マーヴに無理な要求したくない』なんて、愛しくてしょうがない笑顔を見せる。
欲張ってはいけない。
人には時間というものは平等に与えられていて、ルースターにはまだまだしちゃくちゃいけないことがある。
自分なりにはどの年代も、望むようにやってきて、経験や、挑戦や、愛も、人間関係も。全て段階的に経験を積んできた。
ルースターはまだ道の途中なのだから。
気持ちを受け入れて、捧げさせるのは、絶対によくない。
ルースターは年齢のことを、関係ないとでも言いたげだったけれど。
それは切り離して考えられる行為ではない。
事実、時間というものが、どういう速さで過ぎ去っていくのか、ルースターよりは知っているだけに、強く思ってしまうのだ。
「じゃあ、とりあえず、さっき中断した口でだけでも?」
そう提案すると、ルースターが息を飲むのが耳元でわかる。
散々人のであんな風にしたくせに。されるとなると、緊張感を漂わせる。
「いいの?」
「いいよ」
ほら、そこ座って。
そういって、ベッドに座らせて、それが一番、本人にもよく見えるだろうし。
そのほうがいいとだろうと思って、座らせたルースターのローブをはだけて、素肌にすると。
上から、それは凄まじい視線を感じるので。
安易に顔を上げられない。
いまからする、と言っただけで兆しているそこは、完全にそうなっているのをもう見ているけれど。
勃ってなくたって充分でかい。
じっと見てるだけで、ちゃんとそうなってくるので。
「ルースター、まだ、なにもしてない」
「ごめん、期待がたかまって」
「こたえられるかな」
ルースターに口でされたときには、あっという間に快楽においやられてしまっただけに。
そんな彼の期待がどのレベルか、想像はつかない。
「や、もうこうの景色だけで、充分」
なんて見下ろしながら、髪を撫でて。
マーヴ、やらしすぎるよ。となにも始まってないのに、泣き言のように言っている。
その熱に手で触れて、たしかにさっきバスルームでも、泡混じりで触りはしたものの。
いざ始める段階で、きっちりと目の前で見ると。怖気づくのもしょうがない。
血管の浮く、見事なディティールに、見入ってる場合じゃなくても。
いつまでも見つめて勃たせるプレイをしてる場合じゃない。
口を開けて、いよいよくわえこもうとしたときに。
「ちょっとまって」
ルースターはそういって、中断してきて。
座ってるところをひっぱりあげて、ベッドから別の場所に移動したかと思えば。
構造がそもそも低めになってるソファの上に、体ごと乗せる形ですわらせて。
正座をくずしたような、ぺたりとすわる体勢にさせると目の前に立って、
「体勢、苦しくない?」
問いかける言葉に、膝を床についている状況を回避させていたのかと、そんなところにまで甘やかすし。
確かにベッドに座らせる形で始めれば、中途半端に腰を浮かせる姿勢になるけれど。
これでは体格の差がまるで歴然としてると認めるようで、少し不本意でもあった。
「別に床でもいい」
「おれがこのほうが興奮するから」
なんて言って。
ね?今日は聞いてくれるんでしょ?なんて。
格段にクッション性が上がった足元に。
「それに、こっちのほうが、長くしてもらえるかも」
そういって親指で唇に触れてくる。
予行演習のようにその指を口に含むと、少し目を細めて。
「無理だったら、無理でいいから……」
ルースターが言い切らないうちに、正面で完全に勃ってるそこに唇を近づけていくと。
わ、やば。と、小さい声が聞こえる。
まずはその熱へのキスから始まると、さらにびくりと。
「ルースター、これじゃあ、くわえにくいんだけど」
腹につくぐらいに勃起しているものに、裏筋のほうからキスはしても、正面からじゃ到底くわえにくい。
「だって、マーヴがやらしいから」
手をそえて、強引に少し手前に倒して、上から口で包むように始めると、
「ああ、マーヴ。ほんと、ちょっとやばいかも」
先走りがもうにじむ先端を包んで、口で受け止めると、視覚よりも口内で感じるほうがずっと質量を感じるそれに、自分の口では満足させられるようには思えなかった。
たった一晩だというのなら、あんなにも語ってくれた、愛しいという感情に、報いるぐらいは気持ちよくしてやりたいと思うのに、そんな余裕もないぐらいに。
懸命に口を開いているものの、オーラルセックスとは呼べない程度にしか受け止めきれない。
本来ならもっと深く、全部をくわえ込むようにするのが作法でも。
喉の奥まで入ってしまいそうだし、仮に入れたところで、根本まで加えられるように思えない。
だけどできる限りはそうしてやるのがいいのかもしれなくても。
ルースターも奥に入れようととはしないし、だからせいぜい、先のほうを包むぐらいにしかできないというのに。
すごくいいと褒めるし、途中からは褒めるというよりも、泣き言のように。
『マーヴがこんなことしてくれるなんて』と零している。
途中で、無意識なのかルースターの腰が動いて、口の中でくちゅくちゅと、唾液と体液が混ざって、性行為めいてくるのに。
ルースターは途中ではっとしたようにして、とめて。
「ごめん、大丈夫?」
なんて。
口からずるりと、大きなものが引き抜かれていってしまう。
気持ちよくさせれないとおもっていたから、そんな風に感じてくれることが嬉しかったし、もう少ししてあげたかったのに。
ルースターはもう、十分だといってやめてしまった。
なんで最後だっていってるのに、ルースターの方こそ、口の中に出して、『飲んで』とでも言えばいいのに。
◇
それだけじゃない。
ベッドに移動するなら、言葉でそう言ってくれればちゃんと動くし、仮によろめいたって、この距離ぐらい普通に辿り着く。
結局、口でも最後までさせてもくれないし、ベッドまで歩かせてもくれない。
軽々しく抱き上げるルースターに、男のプライドなんてものを言ってもしょうがないだろう。
「こうやって抱き上げるのも、昔からの野望だったし」
なんて言ってるので、今日の趣旨を考えればどんなに恥ずかしくても辞退するわけにもいかない。
「重いだろ?」
「うーん」
そう言って、重さを量るようにもう少し高く持ち上げる動作をして。
「もうちょっと重くならなきゃ」
「ルースター」
「おれに軽々抱き上げられちゃう、マーヴかわいいな」
「それって、ルースターが怪力なだけじゃないか?」
「そう?」
「僕じゃなくたって、抱き上げれるよ、多分」
「ボブは肩車したけど。まあ、余裕かな」
「だろうね」
「誰まで試せばいい?」
「試さなくていい」
そんな会話をしながら、最後にベッドに降ろす時に、もっと乱雑に扱ってもいいのに、さも大事なものを扱うように横たえるから、困ってしまう。
そんな風にされるような対象じゃないのに。
多少、乱雑に扱っても壊れないと自負しているし、ルースターにも伝わっているとおもっていた。
こんなの調子が狂うから、できればもっと、簡単に扱って欲しかった。
「ルースター、そんな風にしてくれなくても、知っての通り頑丈だし」
「でも、したいように、させてくれるんだよね?」
「そうだけど」
ベッドに降ろしたあとは、ルースターがゆっくりと覆いかぶさってくる。
いつの間にか大きくなった体は、この状況になると『成長したね』だけじゃ済まされない何かがあった。
唇を重ねるのは、当然、こういうことをするのだから手順としては妥当なもので。
だけど、唇を塞ぐように重なった時に、最初は普通でも。
深いキスだってされるとはちゃんとわかっていたけれど、濡れた舌が唇を割って入り込んで来た時に、いわゆるディープキスというよりは。
性行為めいた挿入なので、それだけで体が熱くなってしまう。
まだ夜は長いから、キスなんて序盤にすぎないはずなのに。全てを確認するように、ルースターの分厚い舌が有無をいわせずに口内に入りこんできて。
接触できる場所の感触を、すべて確かめるようだったから、体も熱くなってしまう。
最初に『一晩だけ』と言った時には。
少し戸惑うルースターを導いたり、遠慮がちかもしれないから、先を促してやらないといけないだろうと思っていた。
どうやらそんな心配は微塵も必要なかったようだ。
むしろ。
「んん…、っ、ん」
全部の形を覚えるように、歯の並びまで辿っていくようなそれに、背中がぞくぞくしてしまう。
まだキスしかしていないのに、こんなんじゃ、まずい。
深く重ねながら、バスローブの腰の紐をほどいていくルースターの手を、一度、止めてしまう。
「待って」
「どうしたの?」
「ちょっと」
「うん」
「ゆっくり」
「ごめん、がっつきすぎたね」
そう言ったあとは、舌を触れ合わせるような模範的なキスへと移行して。
一瞬みせた、怖いぐらいの執着がやわらぐと、幾分か安心してしまう。
キスでよくわかったルースターの持ち合わせる一面に、少し怖い気持ちと同時に、応じれる限りは、できるすべてで応じてやりたい思いがあった。
最初で最後なんて、あまりに酷なことを強いているのだから。
「マーヴの唇、柔らかいね」
そう言って甘く噛んで。
全部を知りたがるように、唇が頬を辿って耳のあたりにたどり着く。
耳元を甘く噛まれたりぐらいは想像ししていても。
耳の形をなぞるように舌で辿っていくなんて。
口で性器を舐めあげる種別のやり方と、同じような執着で舐めてきて。
ぞくりとしているうちに、大きな手がバスローブの間から素肌へと差し込まれる。
最初は腰のあたりを撫でていた手が、ゆっくりと胸元に近づくと、指で突起に触れて緩く撫でるように。
指先で転がしたり、つまんだりしながら。
耳のあたりから舌が首筋を辿って。
単純に肌にキスだけならわかるのに、たどる場所を舌で感触を確かめて、唾液で濡らしていく。
順番に舐め尽くしていくようなやり方に、着実に快感が煽られてしまう。
性的な興奮を盛り上げるための目的じゃないと、だんだんわかってくるのは。
味わい尽くすかのようなやり方で、全部を確かめるようなので。ルースターにこのまま食べられてしまうのだろうかと思ってしまう。
「ルースター、それ、ちょっと」
さっきは『待って』と訴えれば手を抜いてくれたけれど、今度は止めてはくれなかった。
依然として覆いかぶさったまま。
はだけるように、前だけ開いたバスローブから互いの肌を密着させて。
ほとんど脱げているそれさえも暑く感じた頃には、身を起こして脱がせるのではなく仰向けのままに、腕を抜くような形で脱がされてしまう。
いよいよ裸になってしまった体をルースターの唇が改めてたどっていく。
唇は、首筋から順番に、胸元の方に降りていくのかと思えば、そうじゃなくて。
素肌になった腕を捕まえて、枕の上の方に上げるようにもっていって、脇を晒すようなポーズにさせたあとは、ひじのあたりから、二の腕の内側の方をキスというよりも貪るように、まるで食べられているかのような感触で辿っていくから恥ずかしくてしょうがなかった。
脇のあたりまで舌がたどっていくので、閉じようとしても。
ひじをおさえられて舐められてしまうので、そんなことは考えていなかったし、性感帯だなんて知らなかったのに。
最初はくすぐったいのに、途中からそれだけじゃなくなって。
まだなにも始まってもないのに、甘い声というよりは、何かを我慢するような声が漏れてしまう。
そんな自分の声に恥ずかしくなって、どうにか呼吸ごと抑え込む。
ルースターはさんざんそのあたりの舐めて、胸元はそれこそ時間をかけて、とけてしまうんじゃないかと思うほど。
かれこれもう上半身だけで、どんなに口で確かめられてるかわからないぐらい。
時にはじゅっと音を立てて。
好きにさせるとは言ったけれど、こんなに舐められるなんて考えていなかった。
されるごとに敏感になっていく体は、だんだんと震えてしまって。
性器も痛いぐらいにはりつめていて。
「る、すた…もう、舐めないで」
「なんで?」
そんな、と。
悲しい表情で顔を上げるルースターに、確かに好きにしていいと約束したけれど。
こんなの、体が全部とけてぐちゃぐちゃなってしまいそうだし。
挿入するころには気力も残ってないかもしれない。
「だって、もう」
「マーヴの体…、全部覚えてたいから」
そう言われてしまうと、酷なことを強いてのはこちらのほうだし、どれだけの想いで言ってくれているのかはわかっているだけに。
「……、だけど、こんなの。
ルースターのこと、気持ちよくさせてやりたいのに」
「すごい興奮するから、もうちょっとだけ」
そう言ったあとに、やっと唇はへそのあたりを辿って。腰骨のあたりにキスをする。
太ももにキスして。そうしている間は模範的でも、足を開かせて内側を舐め始めれば、また卑猥さがもどってきて。たどっていく先が、性行為の際に受け止めることになる、その場所なので。
「そんなの、しなくていい」
そう訴えれば、まるで合言葉のように、
「好きにさせてくれるって」
ルースターからは、そういう約束事が返ってくる。
「だけど、僕が嫌だっていうこと、したいのか?」
そう言うと言葉に詰まってしまったようだった。
「だけど、今晩しかないから」
「僕のこと好きだっていうのに…?」
「でも」
ルースターは残念がるように、ううう、とうめいた。
足の付け根あたりに舌を這わせて、ぎりぎりまで舐めて。
そこには舌で触れないでいる。
積極性は見せても、強引なことはしないところは結局かわいいだけだった。
「準備したいだけなのに」
「ローションでするって言っただろ?」
バスルームからルースターが奪っていって。
そのあとは丁寧にベッド脇の棚に置いているローションのボトルを手にとって、さみしがってるルースターにわたす。
「君が自分でしたいって言ったんだろ?」
「言ったけど」
強く言えば、結局は聞いてしまうルースターはやっぱりかわいい存在で『そんなの知るか』で好きなことをしてしまってもいいのに。
やっぱり嫌がることはしない。
ローションのボトルを受け取ったルースターが、ようやく諦めたのか、内容物を指先に取ると、
「冷たかったらごめんね」
なんて言葉、甘ったるいにも限度がある。
濡れた指でほんとにそっと触れるので、いっそ気にせず触れてもらったほうがいいぐらいに。
入り口を指の腹でこすって、熱をもって屹立した性器の方なら舐めてもいいと心底思ってるように、遠慮はなく口に含む。
口でのそれと、まだ挿入しない指で入口を撫で続ける。やっと口での愛撫から解放してくれて。
「こんなにぬるぬるだから、指入れても大丈夫かな」
ぺろりと舌で唇をなめて、そういっている。
「いいから、もう」
「力抜いて」
入り口を撫でていただけの指先に、ようやく力が入って中に入れようとする動作に、目を細めてしまう。
指もしっかり太いことが感触的にもわかって。
さっきは口で受け止めたから、その質量をわかってるのだから、指だけで参ってる場合じゃない。
1本をゆっくりと中に押し込んで、少しずつ動かしていく。
「こんなの、ゆっくりすぎる」
こんなペースじゃ、いつまで指でされてしまうか想像がつかない。
こうしている合間に、高い頻度で口でも性器も愛撫されてしまうので。くたくたになってしまいそうで。
「だって、こんなに狭いのに。
やっぱりちゃんとしないと」
「ルースター」
「マーヴのここ、こんなに狭いのに、大丈夫かな」
そういいながら、さっきよりも奥へと挿入してきて。
慎重に進める指の本数が増えて、二本をさしこんできて前後させるように動かしてくる。
「ぬるぬるになってる」
「それは、ルースターがそんなに濡らすから」
「だって、これ入れるんだから」
「んん…、ちょっと、待って」
ルースターの指が的確に感じる場所を突いてきて、擦り上げてくる。
「ああ、すごい、マーヴの中」
ぐちゅぐちゅと音を立てて、抜き差しして。
ルースターのことも、もう見ていられなくて、瞳を閉じずにいられなかった。
あまりに器用なやりかたに、1秒毎に快楽が煽られていく。
的確なタイミングで、指を奥まで入れた瞬間に、指と違う感触がして。
「ルースター」
「違うよ、自分の指を舐めてるだけだし」
と理屈にならないようなことを言って、挿入しているあたりをぐちゃぐちゃにして。
「マーヴ、すごい。
もっとしてたいけど、もうごめん、我慢できない。入れたい」
やっとの一言に、安堵を感じてしまうほどに、体の力は抜けきっていて。
もうとろとろになった状態で、その言葉があって。
「僕だって、もう」
「いい?」
そう質問してくるルースターに、こくりと頷くと。
もっと舐める予定だったのに、と。
耐えれない自分を反省するように、やっとコンドームを自分のものに装着して。
散々ぐちゃぐちゃにした入り口にあてがう。
中に入れようとする感触はあったものの、質量的にそぐわない状況で。
すんなりといかないとわかると、無理に入れる気はないようで。
入り口を擦るような動作に切り替えて。
ただ性器で入り口を摩擦されているだけなのに、どうしてか気持ちよくなってしまう。
「いいよ、ちょっと強引にでもしないと…」
「だめ」
「だけど、無理めにしないと…、入らないし」
多少の強引さは必要なのは、サイズを見れば明白だった。
「ほら、時間かけようよ。
気持ちいいよね?これも」
まるで説得するような言い方で、ローションの潤滑を借りて、入り口をなでつけるように往復するばかりだった。
だけど繰り返されるうちに、体が震えて、だんだんと奥が疼いてくるのが不思議で。
中に入って欲しいと、体が切望していて。
根気よく繰り返すルースターが、このままずっと入れないままなんじゃないかと不安になる。
「ルースター、もう、こんなの」
「ちゃんと、柔らかくなってきてるよ、マーヴのここ」
そういって、もう一度先端を、入り口にあてがって、本気で入れる動作じゃなく。
先のほうも収めきらない程度に、押し付けては引く動作を繰りかえす。
「これ、やだ」
「だけど、ほら。
さっきは、入り口、きつかったけど」
確かに、先をおしつけては引く動作をしているうちに。
何度かに一回は、迎えるように緩まるのが不思議だった。
「ここにおしつけてるだけでも、気持ちいい」
ルースターの感想は、別に嘘はついていないことは、その硬さで明白だった。
というより、余計にはりつめてきている。
入れずに先端を入り口におしあてては、引く作業の中で。
キスと同時にされると、余計に中が疼くような感覚があって。
体を密着させて、深いキスをしながら押し付けては引く中で、先端がようやく入ると。
「先のほう、入った」
ルースターの余裕のない声が耳元で聞こえて、人生で知らなかった愛しさにさいなまれる。
こんな瞬間に、もしかしたらルースターの言う「好き」を、もしかしたら受け入れて、二人なりの関係が築けるような気がしてくるので、手遅れ感をぬぐえない。
「うん」
「中、やらしいね。
おれのこれ、待ってた?」
首を横に振ってしまうのは、認めるのははしたないような気がして。
だけど、本当はルースターの言うとおり。
体は歓迎して迎えているように。
自分でも、入ってきた先端をきゅう、と締めてしまっているのは、思考とはまた別の、体の勝手な反応だった。
「おれはもうずっと、マーヴの中に入れたくて、たまらなかった」
「んんっ」
「ちゃんと、ゆっくりするから」
ルースターは本人の宣言する通りに。
先端を収めきっても、まだ慎重に。
ちゃんと様子を注意深くみながら、少しずつ奥へと進めてゆく。
「ちゃんとするから、ほめて、マーヴ」
こんな状況で可愛らしいことを言うルースターに、混乱するし。
かわいいルースターは大好きだったし。判断力が鈍ってしまって。
「えらいよ、ブラッドリー」
そう言って、頬にふれると。
こめかみから伝い落ちる汗に、余計に愛しくなって。
「マーヴ」
たまらないような表情でキスをするルースターの背中に腕を回さずにはいられなかった。
「気持ちいい」
ルースターが呻くように言った。
それでも頑張ってペースを守って奥へ進めるので、
「いいよ、もっと強引でも」
そう促しても。
「いやだ」
相変わらず優しいペースを保つばかりだった。
そんな風にするから、つながった部分が、そう動かしてもいないのに、熱くなって溶けるように。
知らずに吸い付くようになってしまって。
「なにこれ、マーヴ、ちょっと、まって」
互いの肌が溶け合ってしまったんじゃないかと思うほどに、混ざり合う感覚に支配される。
「やばい、すごいよ、マーヴ」
そういって、これまでのあまりに相手を気遣うばかりのペースを、いよいよ保てなくなるルースターに、愛しさが募る。
絶対に優しくすると、決心していただろうそれが、揺らぐ瞬間が可愛くて。
そこを押し広げるように入ってくる質量に。
形を覚えるように、ぴったりと内部が吸い付いていることに、疑問さえ浮かぶ。
自分はこんな体をしていただろうか。
まるで体が作り変えられてしまっているようだった。
動かすたびに、ぐちぐちと、粘着性の高い音が鳴って。
「なんか、これ、」
本来は、別の器官のはずのそこが、まるでルースターの性器を受け入れるためにあったかのように、快楽を伴って受け入れてしまう。
動かされるたびに、刻々と快楽においやられて。
本来なら、気持ちよくなったり、それが低減したりと、繰り返すはずなのに。
動かされるたびに、よくなる一方で、どこまでいくのか怖くなる。
意思とは関係なく、動かされる部分が、強烈な快楽を提示してきて。
それはこの行為以外に、代替がないほどの感触だった。
「ルースタ……、なんか、変になりそう」
どんどんと体の奥に入ってくる熱に、全てを支配されてしまいそうだった。
気持ちいい、我慢できない、耳元で低く言いながら、押し入ってくるすっかり興奮しているルースターの熱を、ただ逃げ場もなく受け止めるしか方法はなかった。
「すごい、ちゃんと入ってるよ」
接合部に視線を落としたルースターが言って、小さく呟くように、
「マーヴェリックの、こんな狭いとこに。
おれのが、こんなにも」
そう言いながら、全部は入れきってないまま動かして。
根本まで入りきっていないのに、中がいっぱいすぎて。
こんなの全部なんて、とうてい入らないような気がした。
「きいて、音。すごい」
そういって腰を動かすたびに漏れる音を聞かせるように。
「マーヴのここに、おれの、食べられてるみたい」
「そんなこと」
「だって、ここでしゃぶってるみたいに、」
「ルー…、スター、やめて」
「ねえ、だって、ほら」
そう言って、ずん、と押し込むと、確かに体は喜んでいて。
その形を覚えたそうに、すがりついているのが自分でもわかってしまう。
「も、とけそう、ぶらっど…」
思わず漏らした本音に、おれも、とルースターが同意する。
「ごめん、苦しかったら、言って」
その言葉のあとに、もう少し奥へとすすめて。
「だめ、ルースター、もう、入らない」
実際に繋がる場所も、水音が質感を変えて。
くちくちと、隙間が減ったような音に変わる。
無理だと思うのに、体はおかしくて、快楽においやられるばかりで。
射精とは別の快楽に、突き落とされていく。
本来、快感なんていうのは高まっていくものだと思っていたのに。
コントロールがきかずに、体が自分の意思とは関係なく。
ルースターの動かす速度や、強さや、深さで、全部翻弄されてしまって。
こんなに優しくされているのに、まるで徹底的に支配されているような感覚に陥る。
「ルースター、怖い」
そうこぼしてしまうと、
「ごめん、大丈夫?」
すぐに動きを止めて、心配そうに頬に触れて。
抜いたほうがいいのか、思案している。
「中、熱くて」
自分のものじゃないみたいに。
男性として、達する瞬間とは、全く別の。
ずっと射精しそうな、ずっとしてるような感覚が続くそれに。
体に力は入らないし、心臓も痛いぐらいに早鐘をうって。
呼吸さえもできなくなる。
「うん、マーヴの中、あつい」
「ルースターのも」
「ほとんど、全部はいってるよ」
ほら、といって手をとって、自身の性器の付け根の方に触れさせて。
「ごめん、マーヴェリック。苦しいよね」
そういって、少しでも快楽を導こうとしているのか、性器に触れてくるので、快楽が過ぎて苦しいことを言っておけばよかった。
「触っちゃ、だ…め」
ルースターが摩擦する手をどうにか止めようと、その外側から触れるも、的確に動かしてきて。
挿入しているものは、理解しきってやっているのか、才能なのか不明でも、とにかく快楽においやる場所ばかりを突いて。
「マーヴ、やばい。
気持ちいい」
刺激を与えることで中が余計に心地よくなることを、悟ってしまったのか、ルースターの手は摩擦をやめずに。
されるほどに、ルースターのものを締め付けるように包むそこに、羞恥さえもまともに感じられなくなる。
動かす速度が上がって。
ここにくるまでは、強くなりすぎないようにしていたルースターがもはや判断がつかないように。
快楽に襲われている風に、体を揺らして突いてくる。
すぐに絶頂がきて、同時に摩擦されていた手の中で果ててしまうし、中はきゅうとしめつけて。
「動かないで」
思わず言ってしまう。
ルースターだっていきたいはずなのに、いったばかりはつらすぎて、ルースターの腹部に手をおしあてて。
動きを阻止するように。
「マーヴ、なか、すごい」
「や、」
「とまらない、ごめん」
ルースターは押し返す手を無視するように、本能に突き動かされるまま、腰を振って。
いったばかりのそこが、ぐちゃぐちゃに突き上げられると、また知らない快感がやってきて。
何も考えられないまま、ルースターに体を揺さぶられて。
それさえ、どれぐらいされていたかわからない。
体の力が抜けきって、されるままに突かれて。
やっと射精に辿りついたルースターのものは、もうこれ以上奥には入らないと思ったのに、肌が密着するほどの一番奥にまで押し込んで果てる。
体がびくびくと震えて、ルースターの欲望をうけとめたいと、また締め付けてしまう。
やっと、その質量が体から出ていくと、ぐったりというのはこのことで。
もう、指一本もあげられないくらい、体に力は入らなかった。
ルースターのセックスがすごすぎる。
あんまりに大きすぎる問題に直面していた。
せめて少しは報いるように、なんて。甘い考えだった数日前の自分をたしなめてやりたい。
これは、相性が良すぎるのか、ルースターがうますぎるのか。
男性との経験が豊富であれば、ランク付けもできるのだろうけれど。そうできるはずも当然なく。
とにかくすごくて、自分の体が別のものになったかのようだった。
「大丈夫?」
優しく髪を撫でてくれて。キスをしてくれて。
だけど、一つ気になるのは、抜く瞬間にも、ぶるりと、性器は上を向いたままだということだった。
射精はちゃんとしているはずなのに、使用後のゴムを取るのが大変そうなぐらいにまだ張り詰めている。
それに、一番の問題は。
新しいものに手をのばしていることだ。
「ルースター?」
「次は横向きに、寝転んでくれる?」
まだ終わる気がないルースターに、『まだするの?』なんて愚問だということぐらいはわかっていた。
若いルースターが相手で、しかも限定的だと宣言している夜だ。
2回目ぐらいは普通かもしれない。
正常位でのセックスで、完全にくたくたにされていて。まだすぐには無理だと思っても。
どうしても、ルースターの望む通りにしてやりたくて。
「これでいい?」
想像以上に声が震えてしまう。
後ろからぴったりと引っ付くように抱きつくルースターが、
「嫌?」
耳元で、悲しそうに聞いてくる。
首を横に振って。
「嫌じゃないよ、大丈夫」
「休憩する?」
「いい」
後ろから回った手は、しっかりと胸元のあたりに触れていて、そんなルースターの手を包んで深呼吸をする。
腰のあたりには、一向にひいてない熱があたっている。
「あ、すごい、マーヴ。
次は、すんなり、はいる」
「や……」
肌を密着させたまま、後ろから入ってくる熱に。
一度抜いたから、自分だって少しは冷めていればいいのに。
ちっとも落ち着いてなくて、体は素直に、ルースターの熱を待ちわびていて。
さっきの続きから上乗せする快楽に、溺れていくようだった。
今度は、長い時間をかけて動かすと、決心しているような。
そんな体位に、考えただけでぞくりとしてしまう。
ルースターの手がふたたびローションをとろうとしているのか、入ったまま棚に伸びて、その瞬間に、本人も意図してないのだろう奥へと入ってしまう。
「ん…!」
「ごめん」
あわてて、入りすぎないように引き抜いて。
そのまま一端引き抜いたあとは、さっき手を伸ばしてとったローションを、手にとっていて。
自身の性器に塗りつけているようなので、目を閉じるしかなかった。
「さっきので、ローション、出てきちゃったし。
ほら、こうしたら」
そういってぬるぬるになった性器をまたゆっくりと後ろから挿入してきて、潤滑のためのアイテムのせいで。
まるで、自分で体液を分泌しているかのように、水分で動きを補助される感覚に、受け入れるセックスを徹底的に教え込まれてしまう。
過剰に濡れた場所で、ルースターが気持ちよくなっていたらそれでいいと思った。
器用に動く腰に、もう一度は絶頂して終わったはずの快楽がまたすぐにあおられる。
背中に密着した体温に、一番興奮するなんて、おかしいと言われるかもしれない。
だけど背中から、大きな体に包まれると、それだけで幸せ感と、この大きな体を独占しているという満足感と。
振り返ってキスを求めてしまうことを、許してもらえるかわからないまま、本当に罪深い行為だとわかって、葛藤しながら振り返る。
続きの積極性は、相手にさせないようにするルースターは、本人の主張するとおりに、もうちゃんと大人で。
少し傾けただけで、ルースターのほうから、強引に顔を横に向かせる形で、その続きを請け負ってくれる。
なにも罪を背負わせないようにしているルースターのそれを享受しながら、ずるいことをさせてるとは、とっくに自覚していた。
◇
「せっかくだし、あのアイテムも使う?」
それは深夜3時。
もう寝るだけだと思っている頃に、マーヴェリックが切り出した言葉だった。
「え?今から?」
くたくたになるまでしてしまったから、マーヴェリックの誘いは無理しているようにしか聞こえない。
あのあと、寝転んだ状態で後ろから。
対面でもしたし、完全なる後背位もしたのだから。
「そう」
マーヴェリックは可愛い笑顔でそう言ってくる。
「もう、寝たほうがいいよ」
「眠たいのか?」
眠たいわけがない。
脳内物質が分泌しまくってて、一睡もできないどころか。
大人しくさえしていられない。
これ以上、手を出さないように、ホテルの外周でも走ってきて、この欲望をどうにかしたいのが本音だけれど、そんなことしたら、本気で怖がられてしまうから控えているだけのことだ。
「大丈夫」
「ほんとに?」
そう言ったマーヴェリックの視線が下のほうに向く。
ベッドに横たわって、確かに腕の中に包んで寝たかったから密着していたけど。
マーヴェリックの言葉は、まだおさまらない性欲に配慮してくれているのだろう。
まだまだ本当はし足りないし、まだ今日は一回もしてないみたいにかたくなったままだった。
「おれの性欲につきあってたら、マーヴがやばくなる」
「年齢の問題?」
「違うよ。
執着の問題」
「だけどさ、明日の朝までは、君に権利があるんだし」
そう言われてしまうと、明日になればもう、こうはできないと、言い聞かされているような気持ちになって。
あんなアイテムだって、使うことは一生ないと、そう言い換えることもできて。
「でも」
「なに」
「怖くない?」
そう問いかけたのは、アイテムといっても、猫の耳がついているカチューシャだとか。
すけすけだったり、布面積が小さい下着だとか、そういった類のものではなく。
用意してくれた友人とやらの趣味なのか、どうもサディスティックな要素が多く。
だから心配になってしまう。
「ちょっと偏ってる?」
「だね」
「許してやって、誰でも性癖ってあるだろうし」
「マーヴが心配。
一緒に使ってみようか、とか。
本当に言われてないよね」
「ないよ。そんな関係じゃない」
「そう思ってるのはマーヴだけかも」
「じゃあ、やめとく?」
「それは別の話だし」
焦って言うと、マーヴェリックは笑って。
「本当は、ルースターが相手じゃなかったら。
抵抗あるけど」
「おれだから、大丈夫なの?」
「そうだよ。他の誰かなんか無理だし。
本当に、自由を奪われるのって、…すごく怖いよ」
「だよね」
「でもさっき、ルースターが我慢できないみたいに。
僕の手をおさえつけてした時に」
「うん」
「少し、興奮した」
「マーヴ」
「だから少し…試してみる?」
マーヴェリックからの提案は、ありがたいけど辞退しなくちゃいけない、わかっているのに、アイテムをとりにいくべく、ベッドから出てしまう。
とりあえず、こっちに持ってくるだけだから。
なんて、謎の言い訳を自分の心の中でして。
そしてマーヴェリックの友人といっている誰かがチョイスしたアイテムをベッドの上に並べる。
夜中になってから二人して、それらのアイテムはどう使うのか、一つ一つ熱心に会話をして。
そのうちの、手首を拘束するためのベルトのセットをとって。
「これって、飾り?」
左右の手をつなぐものまではたしかに理解できても、首や太ももに巻ける直径のものもセットになっているので、マーヴェリックが首を傾ける。
「多分、こっちの大きいほうを、太ももとか首にもつけたりして、手首の枷ととつなぐんだと思う」
こうやって、と。
付属のベルトを膝の上あたりの太ももに、締めはせずに軽く巻いて。
そこにマーヴェリックの手首を近づけさせると、装着することで、どうしても足が開いた状態で固定されることになることが伝わったようで。
マーヴェリックはそのアイテムをまじまじと見て関心している。
そもそも用途をわかってないのに並べて、抱かれる相手を待っていたのかと思うと、心配でくらくらしてくる。
「手だけぐらいならいいよ。
足とつなぐのは、ちょっとはずかしい」
マーヴェリックは、そういって、手枷だけをとって両方の手を無防備にも、アイテムを握ったまま突き出すようにして差し出してくる。
拘束してもいいと行動でいいかえるから、どうしても心配になってしまう。
拘束具の内側、肌に触れる方の面は、摩擦が低減されるように柔らかい仕様にはなっているものの。
こんなのでマーヴェリックをつないでしまうのには、やっぱり抵抗がある。
なので、拘束具とセットになったアイマスクを先にとって。
これぐらいならまだ怖くはないんじゃないかと。
「ちょっと、これでつなぐのは考えさせて。
目隠しぐらいなら…」
「興奮するかな?」
半信半疑なマーヴェリックに、
「マーヴに目隠しして楽しんだら。
その次は、マーヴがおれに目隠ししなよ」
そう提言する。
「ルースターも?」
「一方的にされるだけじゃ怖いだろ?」
「なんだよ、それ」
「その次は、おれがアイマスクして、マーヴが上に乗る」
「うまくできるかな」
「おれは見えないんだから、ちゃんとしてくれなきゃ」
「わかった」
「じゃあ、ちょっと試すだけだから、いい?」
そういってマーヴの目に、黒いアイマスクをかけると。
視界を奪われたマーヴェリックは、少し不安げだと、動きでわかる。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「これ、すごくやらしいことしてるみたいに思える」
アイマスクをした状態で触れると、どこから触れられるかわからなかったマーヴェリックが過剰に体を揺らして、腕を撫でただけなのに、相手の動きがわからないから戸惑ってる。
不安そうに腕にしがみついてきて。
視界を奪ったまま、マーヴェリックの首筋にキスをすると、自由になっているときよりも、体が大きく揺れる。
そのあとは唇にすると、どう受け止めていいか分からないマーヴェリックの体を、抱きしめるというより、抱えるように続けると、
すぐに体の力が抜けていってしまう。
「ルースター…」
心配そうなに名前を呼ぶ声が聞こえて、そういう趣味なんてないのに。
マーヴェリックを怖がらせるようなことはしたくないのに。
自分がいないとなにもできない無力な仕草に煽られるものがあって。
それぐらいじゃないと、依存的にはなってくれないから。
今は自分次第でどうにでもできると思うと、知らなかった性質まで目覚めさせられる。
支配的にしたいわけではない。どんなマーヴェリックにも興奮するだけで。
「どんな感じ?」
「ルースターの表情が見えないから、怖い」
「外す?」
「もうちょっとする」
「いいの?」
「いいよ、僕から言ったんだし、大丈夫。ただ、ちょっと」
「なに?」
「なんか、変じゃない?」
「変じゃないよ」
逆に変なのはずっとこちらのほうだとわかっていた。みられていなくてよかったと思うほど、なす術がないマーヴェリックを見つめる表情は、きっとよくないものだったと思う。
何をされるか予想ができないマーヴェリックの肌に唇をつけて、見えているときよりも敏感になっているのは、おそらく視覚を奪われることで神経が研ぎ澄まされているのだろう。
「ん、んんっ」
肩に、鎖骨のあたりに、と順番に唇をつけると、マーヴェリックから甘い声が漏れて。
目隠しだけでこんな感度になって、その上、手を拘束するアイテムまでして自由を奪ってしまえばどうなるのか。
嗜虐的な欲だけは、自分の中にないと確信してきたのに、打ち砕くかのような自分の中に沸き起こる欲求に。
自分が知らなかっただけなのか、マーヴェリックが引き出す性質なのか、判断がつかない。
ただ、どうしてもマーヴェリックがどんな反応を見せてくれるのかに、好奇心が高まってしまって。
本人が了承しているなら少しだけでも、数分でもいいから、拘束したあとの反応を見てみたかった。
「いい?」
まだマーヴェリックの手にしっかり握られたままの手の拘束具に触れると。
「これもつけるの?ルースター」
「ちょっと試すだけ」
「ちょっと?」
「うん、ちょっと。
駄目?やめとく?」
そういう聞き方をすれば、マーヴェリックがやめると言わないことをわかっていて、自分でもずるいと思いながら。
「いいよ。しよう」
マーヴェリックは、見えないままにも。手にしていた拘束具を差し出すようにしてくる。
まるで、好きにしていいとでもいうように。犠牲的な行為をさせる気は最初からないはずだった。
受け取って、ゆっくりとマーヴェリックの手首に巻き付ける。
まずは左手をベルトで固定して。
それだけで呼吸の感覚が短くなるマーヴェリックに。
「嫌だったらすぐ言って」
「うん」
簡単に同意するマーヴェリックに、
「約束できる?」
そう念を押す。
「約束する」
本当に信じていいのかわからない短い時間でかえってくる許可のあとに逆側もつなぐと、マーヴェリックが息を飲んだ。
Tシャツと下着だけの姿に、拘束具をつけて。
ただされるままに次の行動を待っているマーヴェリックの体を、抱きかかえる形でベッドに寝かせる。
体が自由であれば押し倒しもするけれど。
こんな状況なので全部の重力を預かるようにして。
大事にそっと寝かせると、マーヴェリックは繋がれた手を胸元に引き寄せて、次にされることを待っている。
怖がらせないように、繋がれた手をとってゆっくり上にもっていかせて、キスをする。
そっと、胸のあたりに触れたのは、見えない相手を怖がらせないためだった。
肌に手で触れながら、深いキスをすると、体がびくびくと震えているのが可愛いし。
怖がっているけれど、甘い声は、興奮もしているようだと感じる。
「マーヴ、こういうの、好き?」
「わからない」
「でも、すごい、ほら、ここも」
胸元からゆっくりと肌を指で辿って。
下着に手をすべりこませる。
しばらく触れてから、ゆっくりと脱がせていく。
マーヴェリック以上に、自分が興奮しているから、我慢できそうになった。
今度こそしたかったのは、マーヴェリックが絶対に逃げようとする、それだった。
素肌になったマーヴェリックの足を開かせると、状況がわからないマーヴェリックが少し震えていて。
「大丈夫、すぐに入れたりしないよ」
「そうじゃなくて」
腰が持ち上がるぐらいに、開かせて腰の下にクッションをはさんで、なるだけよく見えるように。
恥ずかしがってよく見せてくれなかったそこを観察するように。
最初は口で屹立した性器を愛撫して。
だけど、それは自由を奪われているほうが、びくびく怖がっているし。自由なときよりも、硬くなっている。
「マーヴ、興奮してる?」
「ん…ルースター、
そんなこと」
言わないで。
小さくマーヴェリックが言って。散々、勃起している場所を唾液でぐずぐずにしたその後は、腰を持ち上げて、そのまま下で奥のほうまでたとどっていくと。
「嫌、だ。」
マーヴェリックからの抵抗がある。
「お願い、少しだけ」
「ルースター」
舌でなで上げると、体がビクビクと震えて、甘い嬌声が漏れる。
たまらなくなって、何度も舌で撫でつけて、震える太ももを押さえつけるように開かせて続けると、マーヴェリックの性器がびくりびくりと震える。
「かわいい」
なんでも敏感なマーヴェリックにこうしたかったのは、どうなってしまうのか見たかった欲求が強くて。
快楽に従順な体が、想像以上に溺れてくれるので。我慢できなくなって、ローションを手にとって、挿入の準備を初めてしまう。
指と、舌で、もう何度も挿入して、まだ柔らかくなっているそこを。
必要以上に準備するのは、見ていたいし、触れていたいからで。
「ルースター、怖いから、もう、やめて」
「マーヴ」
「こんなにされたら、体がどうなっちゃうか」
「外す?」
「そのままでいいから、もう、入れて」
少し名残惜しくはあっても、これ以上するなら、このプレイはここまでだろうし。
これ以上したら、入れささせてくれるかどうかさえあやしくなってくる。
背に腹は変えられないと、性器をあてがうと、体の自由を奪われているマーヴェリックが、怖がりながらも受け止めてくれる。
「ああ、気持ちいい、マーヴ」
中に入れきると、その感触がたまらなくて、言わずにいられなかった。
心なしか、自由なときよりマーヴェリックの声も大きくて。
ただされるままのマーヴェリックが、断続的な甘い声を我慢せずにもらしている。
強烈な快楽に突き動かされて、もう聞こえる声も遠くなってしまうのは、病的なまでにこの体に溺れているからで。
挿入して動かして、マーヴェリックと一つになっていると、考えただけで、思考が焼き切れてしまいそうだった。
「気持ちいい」
マーヴェリックの小さい声が聞こえて。
「気持ちいい?」
「ルースターとするの」
好き、と。何度も好きというので、もう我慢ができなくて。
拘束しているのだから手加減しなくちゃいけない。
わかっているのに、どんなにしても柔らかく受け止めてくれて、突くたびに、なおさら気持ちいい感触になる場所に。理性的ではいれなかった。
「ああ、マーヴェリック、すごい。
変になりそう」
「ルースター、あっ、いい」
もっと。
もっとして。
はっと気づいたときには、拘束していることも、目隠ししていることも。
配慮しなくちゃいけなかったのに、思うままに抱いてしまって。
射精したあとに、ごめん、と。
あわてて目隠しをとると、泣いていたみたいに目のあたりが赤くて。
何度もごめんといって、抱きしめたけど、どうしよう。
まずいことをしてしまった気持ちで心配で。拘束を外す手が震えてしまう。
マーヴェリックは、手の自由を奪っていたそれを、とるなり抱きついてきて。
「怖かったよね、ごめんね」
そう言うと、ただ腕の中で首を横に振るだけだった。
何回もいけないと、最初に言われていたのに、何度も射精させるように続けてしまって。
最後はもう無理といっていたのに、手で扱いて、ほら、もうちょっと。
そういって無理にいかせてしまった。
「ルースター、別にこれは、無理に言ってるんじゃなくて」
「うん」
「ほんとに、気持ちよかった。
もう、体、おかしくなりそうなぐらい」
「マーヴェリック」
「だから、胸はって」
「なにそれ」
「そうだね、変だね」
腕の中で笑っているけれど、でも暖かい雫が肌に伝うので。
泣いているとわかる。
「マーヴ?」
「受け入れられなくて、ごめんな。
ブラッドリー」
本当に最後になる言葉だと思った。
キスをして、髪を撫でて。
一番最後になるなら、もっといいセックスで止めておきたかった。
だけど、これも一つの答えだとわかっていた。
どうしても綺麗なまま終われない自分たちのことを考えると、それも自分たちらしいと思った。
◇
翌日の朝には、マーヴェリックはもうベッドにいなかった。
あれほどにしたのだから、何度起こしても起きないぐらいでいてくれたらいいのに。
なかなか起きれないマーヴェリックを、優しく起こしてあげたかったのに、そうはさせてくれない。
ホテルの部屋は、昨日のあんなにみだらなことをして、いろいろと散らかしたはずなのに、全部ちゃんと正してあって。
活用したアイテムもきっちり回収して。
まるで、なにもなかったかのように立ち去っていってしまっていた。
ベッドの横の棚に、ホテルの便せんで作った紙飛行機があって、メモが書いていることがわかるから、ベッドに寝転んだままほどくと。
フロントにルームキーを渡せ、とか。ちゃんと飛行機のれよ、とか。
要件ばかりの文字列で、甘ったるい言葉は一切なかった。
残念なような、マーヴェリックらしいような。
幻かと思うような一晩に思いをはせていたかったけれど、紙ひこうきのメモにもあるように、今度こそ飛行機にちゃんと乗らなくてはいないない。
半ばあきらめにも似た気持ちで、マーヴェリックの指示の通りにホテルにキーを返却し、出ていって。
結局利用しなかった、元のホテルには、荷物をとりにいくだけで。
振替便の発表は、ホテルのフロントに張り出されていた。
その時間を確認してそのまま空港へと向かう。
チェックインをすべく航空会社のカウンターに向かうところでのスマートフォンの着信に。
一瞬、マーヴェリックじゃないかと甘い期待をするものの、画面に表示されているのは、登録されていない番号だった。
電話に出ると、聞いたことのある声ではあっても。本人が直接ここにかけてくるには、間柄として想像がつきにくい人物だった。
『ブラッドショー大尉、今すぐノースアイランド基地に戻れ』
シンプソン中将の恐ろしい声は、もはや脅迫のようにも聞こえる性質のものであっても、もう保安検査を通らないといけない時間帯だった。
乗るべき飛行機がすぐで、今戻れば乗りのがす旨を伝えるも、『航空会社に搭乗拒否されたいか?』なんて、権力をほのめかしてくるので、そこから離脱せざるを得ない。
マーヴェリックからは、サイクロンはよく怒ってると聞いていたものの、実際、直接は感情的になっている様子を見たことがなかったし、その時にも、『マーヴが怒らせるんじゃないの?』と冗談を言ったりもしたけれど。
ドでかい命令違反を侵した任務の後でさえも、こんな声色はきかかなった。
言わなくちゃいけないから、命令違反については言及したものの、本質的には軍部として言わなくちゃいけないからといった要素に過ぎなかった。
マーヴェリックを救ったことを、正当に評価してくれていた。
だからこれが初めての、マーヴェリックもいっていた、怖いサイクロンとの遭遇でもあった。
仮に彼が中将というような、おそろしいポストでなかったとしても、一階級でも上の誰かがこうまで怒っているなら、もう戻るしかない。
結局、ノースアイランドの海軍基地に、急いで向かうことになる。
空港を出てすぐのタクシー乗り場には、ベースまで入れるものがなかったので、すぐに乗れた車両では、エントランスで降ろされることになったものの。
門をくぐって、舞い戻ってきた建物内に入ると、どうしてもため息が出てしまう。
もう、何度出ていこうとしていることか。
結局そのまま、シンプソン中将の執務室に向かうしか選択肢はない。
たどりついたものの、部屋の中は無人だった。
先程空港で受けたのはおそらく本人の直通の番号なのだろう、スマートフォンをとりだしてその番号に書け直そうとすれば、ちょうど通りかかった、ベイツ少将に医務室だと伝えられた。
そうなれば、当然、嫌な予感しかしない。
途中、走るようにしてたどりつくと、滞在中に世話になることはなかったものの、オリエンテーションで紹介をうけた、担当の医師がそこにいて。
『2番めの部屋にいるよ』と、なにもかも事情を知ったように、穏やかな笑顔でそう教えてくれた。
指定された通りに部屋にはいると、ベッドに横たわるマーヴェリックの姿があって。
最初にわかるのは眠っていながらもわかるぐらい、泣きはらした目と、シーツの上に乗っている手には、明らかな拘束の跡と。
首元にも乱暴なキスでついた数々は、全部自分がつけたものだと、わかる。
翌朝になって出てくるものだとわかっていても、反省しか起こらなかった。
マーヴェリックの名を呼んで、駆け寄って。
すっかり弱ってしまっている手を取る。
ドアを開けたときからマーヴェリックのことしか見えていなかったので、やっと室内に、呼び出した張本人である中将の姿があるとわかっても。取るべき態度もきちんと取れなかった。
マーヴェリックの姿を見れば、何を言いに連れ戻したか、明白に理解できた。
「臨時的とはいえ、教官として勤務させている。
こんな姿で、生徒たちの前に出せるか?」
すっかり腫れてしまった目元は、あのあとからも、きっとたくさん泣いたのだろう。
「朝にたまたま顔をあわせたら、こんなことになってる。
本気でレイプされたと思ったぞ。
どうなってるんだ、ブラッドショー。
本人は君と一緒だったと言うから」
「そうです、おれが一緒でした」
「そのまま講義に出ようとするから止めた」
シンプソン中将は呆れた言い方をしていたものの。
「止めてくれて、ありがとうございます」
このまま知らないまま、飛び立っていたことを思うと、恐ろしくてしょうがない。
「すみませんでした」
マーヴェリックを見つめたまま、ベッドの横に座り込んで。
その手をとって額にあてる。
ごめん、マーヴ。ごめんね。
と繰り返すと、中将はため息のあとに、部屋を出て、二人にしてくれるので、結局、彼はマーヴェリックのことを、彼なりに大事にしているのだろうと、わかる。
そうじゃなければ、空港から呼び戻しはしなかっただろう。
しばらくそうしていると、マーヴェリックが目を覚まして。
「ルースター?飛行機は?」
「ごめん、マーヴ。
こんな風になってるなんて」
泣き出したくても、本当に泣きたいのはマーヴェリックなのだから。
ただ手を握って、どう謝罪したらいいのかを考えていた。
「ルースター。
これも、朝になって出てきたものだし。
僕だってこんな風になってるって気づかなかった」
拘束してる状況で、確かにマーヴェリックは快楽に震えながら、体をねじらせていたし。
手も知らずにほどこうと、動いてしまっていたのかもしれない。
「体、辛いよね?」
そう問いかけると。
マーヴェリックは赤くなった目元で、でも幸せそうに笑うから。
抱きしめずにはいれなかった。
まだ熱を持つ目元に触れる。
「こんな風にしてしまうくせに、好きだとか。
ほんと、どうしようもないよね」
「ルースター。
昨日の夜のことは…、僕が誘ったし。
君に責任はないよ」
「でも、ただ好きだって伝えたかっただけなのに」
「大丈夫、全部、よくわかったよ」
マーヴェリックの言葉があって、抱き返してくるけど。
しばらくすると、少し反省するように、ごめん、といって手を離してしまう。
「なんで?」
「君は忘れようと頑張ってくれてるのに。
こういうのも終わりにしないと」
「だけど、もうおれは基地に戻るし。
物理的に会えないから。
その間に、きっちりと片付けるから。
今は、抱きしめさせて」
「ルースター…」
「こんな風にしちゃったのに、優しいね。
マーヴェリックは。
考えてみれば、好きにならないわけなない」
そう伝えると、またみるみるうちにマーヴェリックの瞳に水分がたまってしまう。
「マーヴ、もう泣かないで」
「ごめん」
「本当に、こんなふうにするのが目的じゃなかったんだ。
泣かせたくもなかった」
「わかってるよ。わかってる。
ルースターのしてくれることは、本当に、全部優しかったし。
あんなに夢中になってくれて、どんなに好きでいてくれたか。
全部、ちゃんとわかったよ」
「マーヴ……」
「ごめん、こんなこと言ったら、余計に辛くさせるだけなのに」
マーヴェリックはそういって謝ってばかりだった。
「ねえ、マーヴ。
埋め合わせさせて」
「え?」
「マーヴのこと、こんなふうにして。
仕返ししてよ」
「仕返し?なんか物騒だな」
やっとマーヴェリックが笑って、だけどたまに物騒になるのがルースターらしいといっている。
「だって、これじゃ、フェアじゃない。
おれののぞみまで叶えてもらって、こんな風にまでしちゃったし」
「じゃあ、貸しひとつってことか?」
「そうだね」
「じゃあ僕のお願を、いつか、聞いてくれるのか?」
マーヴェリックは楽しそうに言って。
それに期待をふくらませてる。
こんなことがなくたって、マーヴェリックのお願いならなんだって聞くのに。
この想いをあきらめてくれ、という願いさえ、聞いたんだ。
人生をかけたこの恋愛の、拒絶さえも。
マーヴェリックのためなら受け入れることができる。
「当然、聞くべきだし。
もう、本当に無茶な頼みの時に使って」
こんなことを代償できるようなことは、ほとんどない。
そう思えるぐらいに、肌に残った跡と、きっと欲望を受止めた部分だって、辛いに決まってる。
「例えば?」
マーヴェリックが想像つかないように言うので。
「うーん、ハードデックで支払えない時とか?」
冗談めいて言うと、
「あのときはたまたま。
あんなシステム知らなかったし」
マーヴェリックが一生懸命説明するので、やっぱり可愛いいし、愛しいし。
手に入れられないことも、理解できてしまうぐらいだった。
「嘘、冗談だよ。
そんなの、普通に行ってあげる。
ほんとに、命がけやつとか。
そういうレベルの借りだから、ちゃんと回収して。
マーヴのためになんでもする」
「なんでも?」
「うん、なんでも」
きっとそうはいっても、マーヴェリックの想像していることはかわいくて。
こっちは命をかけてもいいと思っているけれど。
温度差はすごいことだろう。
「じゃあ、そのカード、大事に持っとくよ」
マーヴェリックは満足そうにいって、最後の抱擁なのだろう、抱き返してくれた。
「おれが、ちゃんと心の整理つけて、マーヴェリックと向き合うようになったら、きっちり全部回収して」
「それまでは、会えない?」
「うん、会わないほうがいい。
だけど、それがちゃんとできたときには、マーヴェリックが望むおれになってるから。
気持ちも片付けて。
ちゃんとした大人になって」
「ブラッドリー」
「だから、時間が欲しい」
腕の中でマーヴェリックが小さく頷いた。
このまま、おいていっていいのかわからないけれど。
でも、マーヴェリックが、比喩ではなく肉体をささげて、埋め合わせを履行してくれた約束を、簡単に破ることはできなかった。
今はただ精一杯、壊れそうな体を抱きしめることしかできないでいた。
END
こういうやりとりをしたし、そのあとからの電話でも。
きっちりとこの距離をとる時間の意味を伝えたので。
さすがにマーヴェリックも、よくわかってくれたとおもっていただけに。
次に向うことになる、雪山の補給任務に、まさかマーヴェリックが自らのぞんで乗り込んでくるなんて思いもしなかった。
これは二人だけで、1ヶ月、雪に閉ざされた補給基地で過ごさなくてはいけないような性質のもので。
リモア基地から同年代の大尉が来るはずだったというのに。
そんな任務が始まるのは、当然のことながら、心の整理なんてついているはずもない、すぐのことだった。
終わったかのように見えた、二人の物語が、簡単には片付かないことを実感として知るのは。まだこれからだった。
END(BATTERYへ続く)