『僕はフェニックスたちと遅れて行くから。
君はハングマンと合流して、朝イチは二人で過ごすんだぞ』
テーマパークに行く当日、マーヴェリックが組んでくれた作戦は、あまりに見え透いていないか心配だった。
朝一番からいきなり二人きりにさせられるなんて、ハングマンは嫌がるんじゃないだろうか。
だけど前回も、マーヴェリックの作戦に従って買い出しにいったら、おうちの修理デートもできたし。
安直そうな作戦に聞こえても、わりと的を射ているのかもしれない。
だからマーヴェリックの指示とおりに、集合場所であるはずの、パークの大きなゲートに一人で向かった。
目印の位置も決めておいたから、人がたくさんいてもすぐにハングマンを見つけ出すことができたけれど。
もしかしたら、そんなのがなくても、彼を見つけれたんじゃないだろうか。
そうおもうほどに、私服のハングマンは存在感があって。
しっかりとした体格と、朝の太陽の光を吸い取るような髪色と。
黙っていると(といえば本人は怒るだろうけれど)ファッション雑誌に出てきそうな雰囲気さえある、典型的なルックスだ。
事実通りかかる女性は何人か振り返るし。
それもしょうがないと思う。
やっぱり事実、彼を目の前にすると、どんなに見え透いていていようが、マーヴェリックの配慮に『ありがとう』そういう感謝の気持ちが沸き起こってきて。
その姿をみるやいなや、先に天を仰いでしまう。
ハングマンは待っているからといって必死にスマートフォンを見るようでもなく。
こちらから声をかけなくても、周囲に気をくばっているから、いち早く気づくと視線を向けてきて。
ここだと示すように手をあげるけれど、心配しなくたってもう標的は確認してロックしている。
ただ速足にならないように懸念しながら歩み寄ると、小さく『モーニン』というあいさつをくれた。
おう、でも、よう、でもなく。
おはよう、なんていつも会っている感を覚えてしまうし、一言目からこんな調子で撃墜されていたら、今日1日、理性的にふるまえるかわからくなってくる。
身に着けているアイスグリーンのシャツは、どちらかというと柔らかい雰囲気の色合いで。普段は白とか黒のTシャツみたいに。
はっきりしたカラーが多いというのに。
今日の服は中間色のような、原色にホワイトを織り込んだようなおだやかな色調で、瞳の色とよくあっている。
襟元はいつもなら、それなりには禁欲的に詰まっているのに。
今日は無防備に開いていて。
首元からは、ドッグタグのボールチェーンが見えている。
ずっとつける主義なのか聞きたいけれど、会うなり服の中身を見ていると、宣言するようなものなので軽率には言えない。
「おはよう」
ユールックグッドを、言い控えるのに懸命だった。
サングラスをかけていてよかったと思えるぐらいに。
ちょっと見られちゃいけない視線を向けてしまっていたかもしれない。
みんなはこのテーマパーク作戦に協力的で、計画にはすぐのってくれたし、一番の難所だった、ハングマンの参戦も無事こうして達成してくれたのだけど。
こんな調子で1日ハングマンを浴びたら、今の自分にはまだ刺激が強すぎるだろうか。
合流して早々からそんな弱気な思いにかられる。
確かに朝から始まる〝二人きり計画〟には感謝しているけど。
こんなだと、正直、みんなが早く来てくれないと、やばいとも思えてきてしまう。
「マーヴェリックは?一緒に来なかったのか?」
周囲をきょろきょろとして、当然のことながら一緒に来ると思っているようだ。
この間の修理の日にも思ったことだけれど。
ハングマンは一体、マーヴェリックとの関係をどういう風にとらえているのだろう。
今日はアトラクションの待ち時間もあるだろうし、食事をしたりもするし。
その中で、二人で話せる時間もとれるはずだから。ゆっくり調査して。
もしなにか違う理解をしているのなら、訂正したいとおもっていた。
「マーヴは、フェニックスたちと一緒に来る」
「そうか」
「先、中入ってろって連絡あった。
道が混んでるんだって」
マーヴェリックの作戦通りにそう告げるけれど、ハングマンは少し迷うような表情で。
「二人で入ってもさ」
「なに?」
「お前とおれだぞ?」
ハングマンは口ごもって、
「なんかだめなの?」
そう聞き返すと。
「二人で入ってもなんの意味もないだろ。
おれたちだけでなにすんだよ。
ここでみんなを待ったほうがいいだろ、絶対」
ハングマンはいきなり言葉数が多くなって、二人じゃだめだということについて、必死に言葉を探している様子だった。
「だっておれ、腹減ったしさ」
そういうと、やっと顔をあげてくれて。
「んだよ、ついたばっかりだろ?」
「いいだろ?なんかくおうぜ」
そういうと、しょうがないやつだな、といって、ちゃんと一緒にゲートに向かってくれる。
少しずるい手法だったかと思いはしたけれど。
ハングマンを先に歩かせてゲートに入る列に一緒に並ぶと、前にいるのも女性の3人グーループで。
後ろも同年代の女性たち。
左右の列も全部、女性に囲まれてしまう。
変に周囲の客に当たらないように、逃げ場がここしかないハングマンの体が接近してくる。
話に夢中になっている、前に並ぶ女性が一人、あとずさるとその分、ハングマンもこっちに下がってくるから。
体がすぐに触れる距離になると、背後を気にするハングマンが。
背中がぶつかってしまわないように、寸前で止まった。
もうちょっとこっちによれば、なんて、言って腰なんか持ったら怒られると知ってるけれど。
「ちょっと!うしろきをつけなきゃ、だめだよ」
前の客のグループのうちのしっかり者の一人が、下がり気味の友人の手を引いて、すいません、といってくれる。
笑顔を返せば、そこからはきちんと距離を保って、こちらに迷惑がかからないようにしてくれるけれど。
別にいいのに、なんて、ばかげたことを思ってしまう。
だって、広がってくれてれば、ハングマンはここに逃げるしかないから。
あまりに近距離になったハングマンの、耳というか首のあたりを。
見すぎないようにするけれど。でも嗅覚だけはどうしても。
「今日さ、匂い、違う?」
香水なのか、シャンプーなのか、アフターシェーブか。
とにかく普段と違う香りがするので、近い距離で香ったそれに、そのまま聞いてしまったけれど。
ハングマンはとおざけるように身を引いて、首のあたりをおさえて後ずさってしまう。
今度はハングマンが、となりの列の女性にあたりそうだったので、腕をひきよせてしまう。
「ごめん、今の質問、ナシ」
あんまりにも自然に聞いてしまったけれど、問いかけの質がよくない。
普段から、ハングマンからどういう香りがしてるのか知ってるとか、自分でばらしてどうするんだ。
なんだか自滅しているようで、早々からやらかしている。
後ほど、このことをマーヴェリックに話せば、きっと説教されるに違いない。
最初は背中を向ける形で密接していたけれど。
今度は、警戒したハングマンが背中をとられないようにするから。
正面で向き合う形で。
だけど普段よりは体の間の距離が保てない空間だった。
耳元が赤いハングマンをそのまま抱きしめてしまいたくなって、これは紛れもなく引き返せない感情の度合いになっていることを改めて知る。
まだ首元を手で隠したまま、はずかしがって赤面していて、そんなぐらいで、今どき女の子だってそんな反応しないだろ?
「いつもと…、ちがうやつだから」
恥ずかしがったままのハングマンが、それでもちゃんと教えてくれる。
「そうなんだ。休日用?」
「まあ、そんなとこかな」
「ちょっと待って、おれ、その匂いあてれるかも」
どこかで覚えのある香りは、シャワールームでだれかが使っていたのか。
台紙につけた、サンプルを手渡されたことがあるのか。
定かではないものの、答えを知っているような気がしてならなかった。
「わかるわけない」
ハングマンはそんな風に断言する。
こういう商品に無頓着だと思われているのだろうか。
だから知りもしないだろうといいたいのかもしれないけれど。
「おれだって、けっこういろいろ使ったりするし」
「まあ、すぐ飽きるみたいだけどな」
ハングマンからそんな答えが返ってきて。
「え?」
思わず聞き返してしまう。
すぐに香りに飽きてしまいがちなのは自覚していることだった。
周囲にいる人間は一度使い始めれば、香りをつけることが目的のアイテムでも、スキンケアでも制汗剤でも、たいていの場合は使い続けることが多いけれど。
自分だけはどうしてもすぐに、商品や香りをころころ変えてしまっている。
そんなこと、ハングマンが知ってるとは思えない。
だけど彼も、言ってしまった、なんて顔をいまさらみせる。
だけどハングマンが知ってるという意味あいは、自分と同じようなそれじゃないだろう。
誰より、身に付けるものに対する審査が厳しい、という範疇をこえないものだろうから。
いっそう、ちゃんとしないといけない、なんて。
ハングマンのことを好きだとかいうのなら、こんなの基本中の基本だ。
ふとしたことでもセンスを見抜かれて、これはないわ、とか思われるわけにはいかないのだ。
勝手に嫌われたくない気持ちがむくむくとおおきくなってゆく。
「無頓着でさえなければ、セーフ?」
そう問いかけると、少しほっとした表情のハングマンが、
「別にいちいちチェックしてるわけじゃないから」
と注釈をつけるように言ってくれた。
おれの場合は、いちいちチェックしてるんだけど、そういったら絶対に怒られるような気がした。
というよりも、ハングマンに対して気になるのは、香りだけじゃない。
髪型が変わっても、サングラスがいつもと違っても。
逐一気になるのだけど。
そのあたりは言い控えて。
「お前の選んでるやつって、わりと好きな系統の匂いだ」
ハングマンは恥ずかしがりながらもそういってくれた。
「そう?」
誤解するのはよくない、だめだ、だめだ。
わかっているのに、くらくらしてきてしまう。
別にハングマンにとっては雑談で、あくまで香りをほめただけで、別にその香りをつけている本人が好きだという話じゃないけれど。
ハングマンからの〝好き〟ワードは、なにもかもを焼き尽くすような威力をはらんでいる。
そんなタイミングで、ずっと一番香りが濃く出ているのだろう首元を隠していた手を離して。
こんな近いのに、無防備に首のあたりをさらして、視線は斜め下にむけている状況で。
まるでそのあたりを差し出すように。
「いいぞ」
「え?」
「当てるんだろ?」
ごくり、と息を飲んでしまったのがばれてしまっただろうか。
それは、この無防備でエロいともいえる首元に、顔を近づけていいという意味だろうか。
深呼吸をして、まるでそこにキスでもするようなやり方で顔を近づけていこうとしているのに。
「次の方どうぞ~!
シックスフォックスにようこそ~」
入り口のスタッフの元気な声は、全部を中断させるそれで。
お待たせしました!どうぞどうぞ、おはいりください。
なんて。
今が一番大事なところだったのに。
ハングマンはもうチケットを手に先に進んで、ゲートを楽しそうな足取りでとおりぬけていく。
もう香り当て調査の話は終わってしまったようだった。
ゲートを抜けて中に入るやいなや、きつねの耳をつけた女性4人組に、スマホのシャッターを頼まれているハングマンは。
「もちろん、いいよ。
かして」
その笑顔は反則だろう?
そう思えるぐらいの、あまりにキラッキラの笑顔で。
彼女たちを1枚撮影して、この映りでいいか確認するように見せに行っている。
「大丈夫?OK、じゃあ、楽しんで」
なんてさわやかでかっこいいハングマンが、彼女たちに次は一緒に入ってくれなんていわれるのは当然のことだ。
一人が手を伸ばして、インカメラでの撮影に、テンションがあがっている女性たちのど真ん中で、全然違和感がないハングマンはどう考えてもすごすぎる。
礼を告げる女性たちに手をあげて見送っている無防備な背中に近づいて、不意打ちで後ろから両肩をもったのは。
『におわせて』なんて宣言してからやると、ハングマンは逃げてしまうとわかっていたので。
ほかのことに意識を奪われている隙に首元に顔を近づけると、硬直してしまって。
確認した香りを、耳元で。ブランド名と商品の名前を。
しかもそのシリーズの中のどの香りなのか伝えると、『すごい』のかわりに、『こわい』と言われてしまった。
「香りを覚えるのは得意なんだ」
「だけどさ」
「よく似合ってる」
肝心なことをまで伝えてから体を離す。
要するに言いたかったことをちゃんと言っておかないと。
ただのにおいフェチ、のような認識を与えたのみで終わってしまう。
後ろから触れたハングマンの両肩をから手を離すときも。
ハングマンの体は、あまりにこわばっていた。
これ以上は警戒させないように。執着を殺して、なるだけあっさりと距離をとって。先を歩くようにする。
ひっつきつぎるとよくない気がしていたけれど、ハングマンは、しばらくは放心していたものの、タイミングが遅れで、ちゃんと追いついてきて。
ちょっとだけ、距離はとるけれど、ちゃんと横並びに歩いてくれる。
「服もよく似合ってる」
フェニックスからもらったアドバイスは的確だった。
『あいつのことは、なんでもかんでもほめてやったら大丈夫』ちょっと投げやりな言い方のように聞こえたけれど。
フェニックスの言葉の通りに、ことあるごとほめてみる作戦を、この日を迎えるまでにも堅実に実施しているけれど。
実際、ハングマンには効果てきめんだった。
毎回、想像以上のレスポンスだったし、そんなこと改めてアドバイスしてもらわなくても、こんな風に意識する前から、そういうやつだって知ってるのに。
だったらこんなぐらいのこと、惜しまずにさっさとしていればよかった。
いつも順調だった、褒める作戦は。だけど今日ばかりは少しリアクションが違って、ほめたのに、少し複雑そうな表情になってしまう。どうも率直に喜んでいる雰囲気ではない。
なにか言い淀むような雰囲気があって。うしろめたさというかなんというか。
ハングマンはそういう表情をしてしまったので、理由がわからないまま見つめれば。
「実は自分で決めたんじゃないんだ」
決意したように言ったハングマンは、人混みの中で、いきなり立ち止まりさえしてしまう。
まるで大きなカミングアウトをするように言った。
たまにハングマンは『お前はおおげさに言いすぎ』とか人のことを笑うけど。
ハングマンだってそうじゃないか。
意を決したように、そんなこと。
「そうなの?」
「まるで自分が選んだみたいにして、手柄にするのもどうかと思って」
「手柄?」
「そう。今日の服をほめてもらっても、おれの実力じゃない」
言ってることが可愛すぎて、服ひとつに正攻法じゃないと、きっちり伝えてくるなんて。
「実は買い物につきあってもらった」
「今日の服選ぶのに?」
こくりとうなずいて、こればかりは言わなくちゃいけないという使命感に燃える表情は、とてもかわいらしいものだった。
「だから、おれのセンスじゃないから」
「そうなんだ」
笑顔だけを返すと、
「そう」
ハングマンは小さくそう言った。
「でも着こなしてるのはお前の実力なんだからいいだろ?」
「実力…」
「今度はおれも誘えよ、選ぶとき」
そう伝えると、やっと最初の元気な足取りになって。
真横に並んでくれる距離は、最初よりもなんとなく近い。
「呼ばない」
そういって笑って、悪そうな笑みを見せてくれる。
「なんだよ、けち」
「全部アロハになるから」
「そんなことない」
「ある」
「ないよ」
「じゃあ、証明するか?」
「いいよ、いつ行く?」
なんて。
周囲の客はみんな浮かれているような雰囲気だったけれど。
自分たちの間には一等、その空気が漂ってしまっていたかもしれない。